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第1話 一杯の水

 強情に口を割らなかったリュノ。  散々気をやらされて、疲れ果てて、気を失ったように眠っているけれど、俺は知っている。  いつも、どんなに丁寧に体を開いても、どれほど真夜中まで奥を暴いたとしても、  翌朝にはけろっとした顔で寝台を降りて、穏やかな事務官の顔になって、ここを出ていってしまうことを。  それから。  明日の朝ここを出たら、  リュノが、もう二度とここに戻ることはないことも。  俺は知っている。   「リュノ……」  ルベルが小さく名前を呼ぶと、眠るリュノの口元が、ほんの少しだけ和らいだ気が、した。  ろうそくの、光の加減だったかもしれないけれど。  柔らかく弛緩した体。  引き寄せると大人しくすり寄ってくれるところも、  口元に指を添えると、無意識でも薄く口を開いてキスを誘ってくれるところも。  騎士団の、他の誰にもみせたことのないはずの姿を、  今夜、これで自分も見納めなのだとおもったら、  眠ることなんて、できるわけもなかった。  このまま、この場所に縛り付けておけたらよかったのに。  できるわけもないことを考えて、少し喉が鳴った。  はじめは、些細なことだった。  こんなに好きになるなんて、  想像もしていなかった。    ◇ ◇ ◇ 「——一人?一緒にどう?」  カウンターにグラスを置きざま、リュノの腰にそっと手を回しながらささやいてきたのは、  目の端にできた皺も柔らかく微笑むおじさまだった。  身なりは及第点。  品よく清潔感があって、年齢は少し上だけど、役に立つならそこは気にしない。  スタイルも悪くない。  ただ、——引き締まった体つきと、潤沢にあふれる魔力がひっかかる。    騎士か、団の関係者かもしれない。 「一人ですけど、……今日はもう帰ろうと思ってます」  手元のグラスを少し持ち上げて、そのつもりはないことをアピールする。  誰かが声をかけてくれるのを待ってはいたけれど、団の関係者とワンナイトするような迂闊なことはしない。  もっと粗野でギラギラした男なら、傭兵の可能性が高いけれど、こんなに品の良い傭兵はいないから。 「おや、残念だな。……かわいいなあって思ってたのにな」  顔を寄せられてささやかれた言葉に、少しだけ距離を取る。  わかっているふうにみせてはいけない。  でも、全くわかっていないフリも、良くない。 「はは。もしかしてそういうお誘いだったりしました?  ごめんなさい、僕そういうのはちょっと」  少し困った顔をしてみせると、おじさまはリュノから少し距離を取った。  不粋な断り文句に、少しつまらなさそうな顔をしたおじさまは、  いや、別に。と一歩引いてグラスを掲げ、  帰るところを邪魔したね。などと言いながら歩き去った。  これで一丁あがりだ。  だけど、その気はないと言った手前、これ以上声をかけられるのを待っているわけにもいかなかった。  グラスをあおって、残った酒を流し込む。  まだ氷が溶け切っていなくて、思っていたよりも少しばかり濃い酒は、  リュノの喉の奥をカッと焼いた。 「……っ、けほっ、ん、——っけほ」 「大丈夫?」  先ほどのおじさまとは反対側から、次は若い男性に声をかけられた。  少し涙目になったのを我慢しながら、誰が声をかけてきたのかよくわからぬまま頷くと、男性が「触るよ」と声をかけてきた。 「——え?」  背中をトントンと叩かれて、それからなでさすられる。  おじさまのようなソフトタッチではなくて、もっと、ちゃんと目的のある触れ方。 「ほら。つば出てきたら飲み込みな。水はまだ」 「っん」  少しの間背中をさすられて、随分と喉の痛みが治ってきた。  礼を言おうと顔を上げると、顔の前にグラスを差し出された。  グラスを持つ指を覆う柔らかな魔力の色。 「はい、お水どうぞ」 「あ、——ありがとう……」  目の前に登場したグラスを受け取ろうとすると、スイと遠ざけられる。  え?と目を丸くすると、横から店員がグラスを差し出してきた。 「お水ですよね。どうぞ」 「——え?あれ?ありがとう……?」  会釈して歩き去る店員を少しの間見ていると、男性がくつくつと喉の奥で笑った。 「ダメだよ。こういうところで人に出されたものほいほい受け取ったら」  手振りで飲むように促されて、おずおずとグラスを口に当てる。  確かに、迂闊だったかもしれない。  敵意も、悪意も感じなかったけれど。  口に含んだ水は、酒で焼かれた喉を柔らかく潤して、喉の奥へと滑り落ちた。 「ありがとうございます……」  

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