1 / 1
第1話 一杯の水
強情に口を割らなかったリュノ。
散々気をやらされて、疲れ果てて、気を失ったように眠っているけれど、俺は知っている。
いつも、どんなに丁寧に体を開いても、どれほど真夜中まで奥を暴いたとしても、
翌朝にはけろっとした顔で寝台を降りて、穏やかな事務官の顔になって、ここを出ていってしまうことを。
それから。
明日の朝ここを出たら、
リュノが、もう二度とここに戻ることはないことも。
俺は知っている。
「リュノ……」
ルベルが小さく名前を呼ぶと、眠るリュノの口元が、ほんの少しだけ和らいだ気が、した。
ろうそくの、光の加減だったかもしれないけれど。
柔らかく弛緩した体。
引き寄せると大人しくすり寄ってくれるところも、
口元に指を添えると、無意識でも薄く口を開いてキスを誘ってくれるところも。
騎士団の、他の誰にもみせたことのないはずの姿を、
今夜、これで自分も見納めなのだとおもったら、
眠ることなんて、できるわけもなかった。
このまま、この場所に縛り付けておけたらよかったのに。
できるわけもないことを考えて、少し喉が鳴った。
はじめは、些細なことだった。
こんなに好きになるなんて、
想像もしていなかった。
◇ ◇ ◇
「——一人?一緒にどう?」
カウンターにグラスを置きざま、リュノの腰にそっと手を回しながらささやいてきたのは、
目の端にできた皺も柔らかく微笑むおじさまだった。
身なりは及第点。
品よく清潔感があって、年齢は少し上だけど、役に立つならそこは気にしない。
スタイルも悪くない。
ただ、——引き締まった体つきと、潤沢にあふれる魔力がひっかかる。
騎士か、団の関係者かもしれない。
「一人ですけど、……今日はもう帰ろうと思ってます」
手元のグラスを少し持ち上げて、そのつもりはないことをアピールする。
誰かが声をかけてくれるのを待ってはいたけれど、団の関係者とワンナイトするような迂闊なことはしない。
もっと粗野でギラギラした男なら、傭兵の可能性が高いけれど、こんなに品の良い傭兵はいないから。
「おや、残念だな。……かわいいなあって思ってたのにな」
顔を寄せられてささやかれた言葉に、少しだけ距離を取る。
わかっているふうにみせてはいけない。
でも、全くわかっていないフリも、良くない。
「はは。もしかしてそういうお誘いだったりしました?
ごめんなさい、僕そういうのはちょっと」
少し困った顔をしてみせると、おじさまはリュノから少し距離を取った。
不粋な断り文句に、少しつまらなさそうな顔をしたおじさまは、
いや、別に。と一歩引いてグラスを掲げ、
帰るところを邪魔したね。などと言いながら歩き去った。
これで一丁あがりだ。
だけど、その気はないと言った手前、これ以上声をかけられるのを待っているわけにもいかなかった。
グラスをあおって、残った酒を流し込む。
まだ氷が溶け切っていなくて、思っていたよりも少しばかり濃い酒は、
リュノの喉の奥をカッと焼いた。
「……っ、けほっ、ん、——っけほ」
「大丈夫?」
先ほどのおじさまとは反対側から、次は若い男性に声をかけられた。
少し涙目になったのを我慢しながら、誰が声をかけてきたのかよくわからぬまま頷くと、男性が「触るよ」と声をかけてきた。
「——え?」
背中をトントンと叩かれて、それからなでさすられる。
おじさまのようなソフトタッチではなくて、もっと、ちゃんと目的のある触れ方。
「ほら。つば出てきたら飲み込みな。水はまだ」
「っん」
少しの間背中をさすられて、随分と喉の痛みが治ってきた。
礼を言おうと顔を上げると、顔の前にグラスを差し出された。
グラスを持つ指を覆う柔らかな魔力の色。
「はい、お水どうぞ」
「あ、——ありがとう……」
目の前に登場したグラスを受け取ろうとすると、スイと遠ざけられる。
え?と目を丸くすると、横から店員がグラスを差し出してきた。
「お水ですよね。どうぞ」
「——え?あれ?ありがとう……?」
会釈して歩き去る店員を少しの間見ていると、男性がくつくつと喉の奥で笑った。
「ダメだよ。こういうところで人に出されたものほいほい受け取ったら」
手振りで飲むように促されて、おずおずとグラスを口に当てる。
確かに、迂闊だったかもしれない。
敵意も、悪意も感じなかったけれど。
口に含んだ水は、酒で焼かれた喉を柔らかく潤して、喉の奥へと滑り落ちた。
「ありがとうございます……」
ともだちにシェアしよう!

