7 / 7

絶望

「……殺した……だって……っ⁉」 「そうだ。こんなにも優しい俺に向かって、貴様を城になどやったら『奴隷のように働かせられるに決まっている』と、ほざきやがった。俺は貴様を妃に迎えてもいいとまで言っているのにな? 馬鹿な両親だ」 「あんた、何言って……嘘だろ……!」  父さんと母さんが殺された。その事実を飲み込む前に、ノアの世界から一瞬で音が消えた。新緑がそよ風に揺れる音も、家畜たちの鳴き声も。その代わりに、村人たちの苦しみ耐える呻き声が聞こえてくるようだった。  どんなに奥歯を食いしばっても、全身の震えが止まらない。頭が貧血になったかのようにクラクラとして、少しでも気を抜くと意識を失ってしまいそうだ。  そんなの嘘だ……そう思いたいが、先程聞こえてきた両親の悲鳴を思い出し、強い不安が押し寄せてくる。  ――二人は、本当にこいつに殺されたのか?  その言葉の意味を少しずつ理解していくうちに、どんどんと呼吸が速くなり、心臓が破裂しそうなくらい激しく拍動を打った。酸素を吸おうと一生懸命呼吸を繰り返すのに、息苦しさが消えることはない。意識が朦朧としてきて、滝のような汗が全身から流れ落ちた。それなのに、不思議と指先は凍えるように冷たい。 「どうだ? 俺の妃になるか? まぁ、貴様に拒否権などないがな」  片頬を持ち上げ厭らしい笑みを浮かべる国王陛下を目の前に、ただ震えることしかできない自分が情けない。 「村の、人達は……? まさかあんた……っ!」 「あぁ、殺した。所詮、平平凡凡な花生みが何百人集まったところで、貴様の能力には到底及ばないだろう。だから殺した」 「……嘘だ。だって城に作物を授ける代わりに、この村には一切危害を加えないって……この村を守ってくれるっていう約束をしたんだろう……っ?」 「だからどうした? 俺はそんな約束をした覚えなどない。身に覚えのない約束を、俺が守る義理はないだろう?」  その言葉を聞いた瞬間、ノアの中で張り詰めていた糸がプツン、と切れたのを感じた。まるで世界が、ガラガラと音をたてていく感覚に視界が真っ暗になる。  全てが信じられなかった。あの優しかった両親と、小さい頃からずっと一緒だったみんなが殺された……。一体それをどう信じろというのだろうか? 「たかが……。たかが、俺一人の能力のために、そんな惨いことを……?」 「たかが、ではない。今のクルゼフ王国には、貴様の能力が必要だ」 「だからって……みんなを殺すなんて……」 「貴様が大人しく言うことを聞いて城へ来ると言うならば、貴様の命だけは助けてやる」 「……なんだと?」 「何度も言わせるな。俺には決して歯向かうな」 「…………⁉」 「大人しく城へと来い。あまり手こずらせるな」  頭に血液が一気に集まり、髪の毛が逆立つ感覚に思わず身震いをした。これが武者震いというやつなのかと、ノアは頭の片隅で、そんなことを冷静に思う。 「城へ来るのか? 来ないのか? はっきりしろ」 「馬鹿が……行くわけないだろう?」  イヴァンの片眉が、ぴくりと動く。 「国王に向かって『馬鹿』とは……気が強いところもなかなかに魅力的だ。だが、そちらがそう出るなら、こちらも好きにさせてもらう」 「は?」  ノアは突然、イヴァンに抱き寄せられた。抵抗する間もなくイヴァンの腕の中に深く捕らえられる。それでも逃げ出そうと必死にもがけば、低い声で耳打ちされる。ノアは背中に悪寒が走るのを感じた。 「おい、貴様はタッピングの経験はあるのか?」 「……タッピング……?」 「そうだ、今日は特別に花食みである俺がタッピングをしてやろう」  嫌な予感がする。何をされるのかわからないのに、ノアの身体中は、イヴァンを拒絶していた。 「い、嫌だ。やめてくれ……」 「ほう、その反応からして、貴様はタッピングの経験がなさそうだな。実に初々しくて可愛らしいではないか」  目の前のイヴァンが艶っぽく微笑む。ノアは全身に力を籠めて抗った。 「ほら。キスをしてやるから目を閉じろ」 「嫌だ……嫌だ……」 「俺の体液はきっと美味いぞ?」 「嫌だぁ‼」  ノアは勢いよくイヴァンの体を突き飛ばし、咄嗟に近くの果物が入っていた籠に手を伸ばす。そこには鋭い果物ナイフが入っていた。偶然にも今イヴァンの近くに護衛の者はいない。  ――今がチャンスだ。  果物ナイフを震える手で握り、「わぁぁぁ‼」と喉が張り裂けんばかりに叫びながら、そのナイフをイヴァンの首に突き立てようと勢いよく床を蹴った。  ――許せない、こいつだけは‼  ノアは無我夢中だった。突進してくるノアに向かいイヴァンが身構えた、その時……。  腹部に鈍痛が走り、ノアは倒れ込んだ。  ノアの口から短い悲鳴が零れ、苦い胃液が一気に口内に込み上げてくる。 「駄目だ、いけない……」  ノアの耳元で誰かがそっと囁いた。  ――……誰だ? 近くに誰もいなかったはずなのに……。   鈍い痛みと共に、意識が少しずつ遠退いていく。最後の力を振り絞り、自分に危害を加えた人物の顔を見ようと体を起こした。 「勝手に手を出すな」 「申し訳ございません。つい反射的に手が出てしまいました——」  目が霞んでイヴァンと話す人物の顔を見ることはできなかった。 「父さん……母さん……」  小さく呟いて、ノアは意識を手放す。最後の瞬間、瞼の裏に優しく微笑む両親の姿が浮かんだ。 「すまない、ノア」 「……え……?」 「すまない……」  薄れゆく意識の中で、涙に揺れるような、小さな呟きを聞いたのだった。

ともだちにシェアしよう!