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襲撃

 リリス村は変わらず自然に恵まれており、爽やかな風が村の中を駆け抜けていった。  もうすぐ春に植えた種が実をつけ収穫できる季節になる。大きく成長した人参は丸々としていて立派だし、小麦がまだ青い穂を実らせてずっしりと垂れ下がっていた。真っ赤に熟れたトマトも艶々としている。きっと今年も豊作だろう。  そんな光景を見れば、「作物が獲れない」といった話など、別世界のように感じられる。しかし、こうしている間にも飢えで苦しむ人々は確かに存在しているのが現実だ。 「わぁぁぁ! 何をするんだ⁉」  突然聞こえてくる耳をつんざくような叫び声に、ノアは読んでいた本から視線を外す。咄嗟に恐怖を感じたノアは息を潜めて辺りの状況を窺った。  それはいつもと変わらない、穏やかな午後のことだ。 「……なんだ?」  耳を済ませれば大勢の足音と、馬の嘶く声が聞こえてくる。 「一体……何が起きて……?」  胸騒ぎを覚えたノアはそっと窓に近寄り、カーテンの隙間から外の様子を覗き見た。 「ノア! 出てくるな‼」 「逃げて、ノア‼ キャァァァ‼」  今まで聞いたことのない父親の悲痛な叫び声と同時に、母親の悲鳴が聞こえてくる。  ――これは、ただ事ではない……。  恐怖を感じてサッと血の気が引き、全身がカタカタと震え出す。呼吸がどんどん浅くなり、足に根が生えてしまったかのように身動きがとれなくなってしまった。  父親が言うように、きっと今の自分には危険が迫っているのだろう。本能的にそう感じた。そう頭ではわかっているのに、体が思うように動かない。どこかに隠れなきゃ——。そう思い息を殺しながら部屋の中を見渡した瞬間。  大きな音をたてて、突然家の扉が開いたのだ。ビクンと全身が跳ね、心臓が止まりそうなほど驚いたノアは、恐怖のあまり腰が抜けそうになるのを必死に堪えた。  ――誰かが家に入ってくる? ……父さんと母さんは……?  必死に思いを巡らせても頭の中が真っ白になってしまい、考えなんてまとまるはずもなかった。ようやく動き出した足で、音をたてないようにそっと後ずさっていく。  本能が警笛を鳴らし続けている。  ――逃げなきゃ……。 「待て‼」 「ヒィッ‼」  勝手口に向かい走り出そうとしたノアは一人の男に捕らえられ、いとも簡単に動きを封じ込まれてしまった。 「せっかく貴様に会いに来てやったというのに、逃げ出すとは随分と無礼な態度ではないか?」 「は、離せ……」 「ははっ。それは無理な願いというものだ」  その筋骨隆々な男は、ノアの腕一本を掴んでいるだけなのに、まるで全身を縄で縛られてしまったかのように身動きをとることができない。  激しく抵抗をして腕を振り払うことも、大声を出して助けを求めることさえできずに、ノアは目をギュッと瞑った。恐怖のあまり顔を上げることすらできない。奥歯を噛み締めて必死に恐怖と戦った。 「久しぶりだな? ノアよ」 「…………!」 「俺は新国王のイヴァンだ。久しぶりと言っているのだから、俺の方を向け」 「……嫌だ……」 「何度も言わせるな。こちらを向けと言っているのだ」  ゾクッと背筋が凍るような冷たい声に、これ以上抵抗する気力さえも奪われてしまう。このまま抵抗を続ければ殺されるかもしれない……。  強い恐怖を感じたノアが恐る恐る瞼を持ち上げ、顔を向けると、そこには見覚えのある男が立っていた。歯がカタカタと震えて言葉を発することのできないノアを、威圧的に睨みつけてくる。ノアはその視線から逃れるために黙ったまま再び頷いた。 「近くで見ると想像以上に可愛らしいな。見た目は気に入った。体の相性が良ければ城に住まわせて、妃に迎えてやらないこともない」  男の大きな手が、ノアの顎を捕らえて強引に上を向かせる。視線を逸らそうとしても、そんなことが許されるはずなんてなかった。 「お前の花生みとしての能力が必要だ。今すぐ城に来て作物や花を育てるのだ。これは国王からの命令だ、背くことは許されない」 「な、なんで……?」 「前に会った時に、決して俺に歯向かうことは許されない、と言っただろう? だから、貴様は俺の命令に大人しく従えばいいのだ」 「……意味がわからねぇ。あんた何言ってんだよ? 俺はあんたの召使いにも、奴隷になった覚えもない……!」 「今すぐクレーア城に俺と共に行き、その抜きん出た花生みの能力で作物を育てるのだ。もう一度言う。これは王からの命令だ」 「命令……?」 「そうだ。貴様も知っているだろうが、この国はかつてない程の食糧難に陥っている。もはやこの村からの援助だけでは、補うことはできない程にな。もうすぐ城の作物も、底をついてしまうだろう。国民がいくら死のうが俺の知ったことではないが、我々王族が満足な食事をとれないことは、我慢ならない」 「な、何を言ってんだよ? あんた、めちゃくちゃだ……!」 「何を言う。当然のことだ。我々には貴様のその秀でた花生みとしての能力が必要なのだ。それなのに貴様の両親はお前を差し出すことを拒否した。生意気にも俺に歯向かってきた。だから殺した」

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