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《第5話》愛しのカレイドスコープ④

「おまえ、来週誕生日だろ。何か欲しいものがあるなら言え」  少し遅めの朝食のあと、今月の仕事のスケジュールを確認していた千夏は、手帳に並んだ日付を見て、ふと思い出す。  6月21日。  夏至の日。一年でもっとも昼が長い日が、真白の誕生日だ。 「え? チカちゃんがオレの誕生日を気にするなんて珍しいね」 「そりゃ、恋人の誕生日なら気にするだろ」 「そっか……恋人かー……」  いまだに実感がわかない、みたいな反応が返ってきた。  こいつはほんとに……と呆れつつも、はにかんだような笑顔が可愛かったので、言い返す気がそがれる。 「今まで、ろくに祝ってやれなくて悪かったな。今年はちゃんとする」  真白は今年、二十二歳になる。  ということは、十八歳の誕生日の翌日に既成事実を求められてから四年。千夏だって、成長したのだ。 「それなら、チカちゃんが『大好き♡』って言いながら優しく抱いてくれたら、それだけでいいよ」  ダイニングテーブルの上の食器を片付けながら、真白が言い出した。 「…………」  さっきもだいぶ甘やかしてやったつもりだが、まだ甘やかされ足りないのか、こいつは。 「その日は予定をあけてある。芝居でも観にいくか?」 「それはイヤ。誕生日は、オレのことだけ見ててほしいもん」  真白は芝居を観に行くのが好きだが、基本的に一人で観に行きたがる。  もともと一人で集中して観るのが好きなタイプのようだが、どうやらそれだけではなく、千夏が舞台上の役者を熱心に目で追っているのを見るのが嫌だから、千夏とは一緒に行きたくないらしい。  変なところで嫉妬深いやつだ。 「……USJでも行くか?」  ちょうど翌日、大阪での仕事の予定が入っている。前乗りして遊ぶのもいいだろう。 「えっ? いいの? 行きたい!」  こっちの提案は、予想以上に食いつきがよかった。 いかにもデートスポットみたいな場所の方がいいのだろうか。 「チケット取っとく」 「やったー!」  飲みかけだったコーヒーを飲み干して、キッチンに片付けに行く。  真白は食器を洗ってくれているところだった。  ふと、耳に触れてみたのは、気まぐれだった。 「そのピアス、まだ使ってるんだな」  赤い、丸い石が、白い耳元を鮮やかに彩っていた。  はじめて真白を抱いてあとにくれてやったピアスだ。  もともとは、色が気に入って、自分でつけるために買ったものだ。  小ぶりな石のわりに存在感があり、千夏がつけるとどうもしっくりこなくて使っていなかったのだが、真白がつけると、雰囲気の華やかさと相まってか、不思議とよく馴染む。 「お気に入りだもん」 「はずしてみてもいいか?」 「いいけど……なんで?」  手に泡がついている真白は、動きを止めてじっとした。  右耳だけ、赤い石をはずす。  前に見た時――つまり四年前に見た時に比べると、当たり前だが、ホールはしっかり安定しているように見えた。  ピアスホールというのは、最初はただの『傷』だ。  それを、穴を塞がないまま治癒させることで、耳たぶを貫通する通路となる。  自分があけてやった穴が、傷として塞がることなく、今は真白の体の一部として定着しているというのは、思いのほか気分がよかった。  妙に愛しくすら思えて、ピアスホールをぺろりと舐めてしまう。 「ひゃぁ」  びっくりした様子の可愛らしい声があがった。 「なに、いきなり」 「なんとなくだ」  そう、たいした意味はない。可愛いからやってしまっただけのことだ。 「もう血が出ることはないんだろ?」 「さすがにね。あけたの、何年前だと思ってんの?」  そう答えたあとでなにか思いついたらしく、「あ」と言ってから真白が急いで手を洗い出した。 「チカちゃん、そのピアス、ちょっと貸して」  しっかりタオルで手を拭いたあとに、掌を差し出される。  言われた通り渡してやると、真白は少し背伸びをしながら、千夏の左耳に手を伸ばした。  千夏の耳にもピアスホールはあるが、今はなにもついていない。  そこに、先ほど真白の耳についていた赤い石のピアスが差し込まれる。  きちんとキャッチまでつけたところで、「えへへ」と真白は満足げに笑った。 「お揃い」  赤い石がついたままの自分の左耳を触りながら嬉しそうな声で言われて、千夏までくすぐったい気分になった。 「今日は、これで一緒に買い物行こうよ」 「バカ。これじゃ、どう見てもバカップルだろ」  確か、右耳だけにピアスをつけると同性愛者という意味になるんだっけ?  いま、二人とも左にピアスをつけているのでそれには該当しないが、だからといって問題がないというわけでもない。 「これぐらいいいじゃん。チカちゃんもそのピアス、似合ってるよ」 「お揃いにしたいなら、もっと目立たないようにさり気なくデザインが似てるやつとか、色違いのとかにした方がいいだろ」  別に、お揃いが嫌なわけじゃない。しかし二人とも、公に顔を出す仕事だ。露骨な匂わせは避けたい。 「そんなちょうどいいやつ、持ってたっけ?」 「今日、買ってやるよ。だからこれは外せ」 「もー、しょうがないなぁ」  真白は不満げだったが、しぶしぶといった様子で千夏の耳につけたピアスを外し、自分の耳に戻した。  かわりに、ちゅっと音を立てて耳たぶにキスされた。 「お揃いの、買ってくれるの嬉しい。ありがとう、チカちゃん」  甘ったるいけど、媚びているというより素直で無邪気な声が、耳元で囁いてきた。 (あ―――っ、もう……)  心の中で、千夏は盛大なため息を吐き出す。  可愛すぎて、出かけるのもやめて家に閉じ込めておきたくなった、という本音を口にすることはできずに、無言で抱きしめるだけにとどめる。 「……おまえは、どんだけオレの心を掻き回せば気がすむんだ」  いっそ、憎らしさすら覚える。  よく考えたら、十代後半のあたりから十年以上、こいつに振り回されっぱなしな気がする。 「そういう台詞はさぁ、もっと甘ったるい声で言ってよ、チカちゃん。ここは舞台の上じゃないんだよ? 愛ゆえに人を殺しそうな声で言わないでよ」  さすがにそこまで物騒なことは考えていない。  それに、舞台の上でないならなおさら、甘ったるい声を出すのは難しい話だった。 「……そういう男が、好きなんじゃないのか?」  顔を覗き込んで、わざと、脅すような、怖いくらいの低い声音で言ってやる。  真白は一瞬息を呑んだあと、挑発的に見つめ返してきた。 「大好き」  きっぱりと言い切られたあとに両頬を掴まれて、唇を奪われる。  いくつになっても子供っぽくて。時々、驚くほど大人びていて。わがままで、無茶な要求ばっかりしてきて。そのくせ臆病で、愛されることに慣れていなくて。素直で扱いやすいかと思えば、手に負えないほど掴みどころがなくて。  腹の内を、暴いてやったはずなのに、まだ底知れないなにかを秘めている。  唯一無二の、万華鏡みたいな魅力を持つ男。  魅了されて、いいように振り回されているオレは、道化みたいだろうか。  ――ま、それもいいか。  腰を抱き寄せて、耳を飾る赤い石にわずかに唇を触れさせる。 「オレの方が、怖いくらい、おまえのことを好きだ」 「え……っ!?」  こいつを掻き乱す魔法なら、オレも少しくらいは使える。    第5話・END

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