14 / 33

3 美貌の画家(4)

「きみに似た天使を知っている。『柘榴の聖母』の一番右端にいる、(よだれ)の出そうな美少年だ」  思いがけなくうぶな反応を見せた相手をついいじりたくなって、そんな言葉を発していた。 「…ボッティチェリは好きではありません」  不躾にからかわれて不快を感じたのか、氷の声がさらに冷たさを増す。 「へえ? 珍しいな。きみはルネサンスの申し子じゃないのか? ボッティチェリが今に生きていたら、必ずきみをモデルにして『聖セバスティアヌス』を描くだろう。あの裸体の善がり具合が、どうもね。いろいろと感じるものがあって、いいね」  エドアルドの度を越した悪ふざけに、眉間に皺を寄せたサンティが黙りこむ。  勢いの止まらなくなったエドアルドは、さらに悪辣に絡んだ。 「きみほどの美青年を放っておくならトリノの女はよほど野暮というものだが、あちらに恋人を残してきたのか? それとも、きみの相手は男?」  図星だったのか、侮辱ととったのか、サンティの頬がさっと上気する。  エドアルドは目ざとくその変化を捉え、わざとらしく驚いたそぶりを見せて眉を上げた。 「ほう、きみはそんな顔もするのか。…すまないな、アンドレア。俺は躾のなっていない男でね。気を悪くしたのなら許してくれたまえ。――――もっとも、そのルックスは計算ずくとまでは言わないが、きみほどの芸術家なら、自分が他人にどう見られるかくらい百も承知なんだろう?」  だから、その美しい容姿にはかなりの自信があるんだろう――――?  言外の意味をきちんと理解したらしき男は、外した視線をきつくエドアルドへと戻した。  傷つけられて怒気さえ含んだそれは、さっきよりもいっそう美しい。それは思いがけなく、エドアルドの癇に障った。  ガナーと離れたばかりの今、エドアルドは誰彼かまわず突っかかりたい気分だった。そのうえ、サンティの見る者を圧する美しさは、その完璧さゆえにそれだけで誘惑を受けているような気分になる。  だが、サンティにしてみればいわれのない非難だ。 (さすがに最悪な挨拶だな)  依頼主としてまったくなっていない自分に呆れ、醜悪な笑いが口元から洩れた。  不意に物音がして、翼廊奥のドアから、上背のあるひょろりとした修道士が大きな荷物を抱えて入ってきた。そのドアの向こうには、狭いポーチをはさんで修道院に通じる回廊がある。  修道士は彼らがよくやる挨拶の仕方で片足を後ろに引き、腰を低くしてエドアルドに一礼した。この古臭い挨拶一つからして、中世に生きている奴らとしかエドアルドには感じられない。 「失礼いたします、エドアルド様」  修道士はそつなくエドアルドの名を口にしたが、かたやエドアルドのほうは相手の名前が出てこない。バルトロ司祭はいつも何人かの修道士達をひき連れているが、灰色の僧服に全身を包んだ彼らは誰もが同じに見えた。  修道士はエドアルドの困惑を察してか、自分から名乗る。 「ニコロ・スフォルツァと申します。バルトロ院長よりサンティ様の身の回りの世話をするよう申しつかっております。わたくしとサンティ様は歳が同じだということで…、気兼ねなくなんでも仰せになっていただければとの、お心遣いでございます」  語る間にも、ちらちらと、サンティに視線をやっている。その頬は薔薇のように赤い。それを指摘するのも野暮だと思い、エドアルドは気付かないふりをして返答した。 「そうか。よろしく頼む。なにしろ壁画を描いてくださる当家の大事なお客様だ。丁重にお世話してくれ」 「はい。承知しております。今、彼の寝具を修道院からお持ちしたところです」  へりくだった声でそう言って、会堂の隅に設置した折りたたみ式の簡易ベッドの上に荷物を置く。  エドアルドは確認のためにサンティを見やった。 「本当にこんなところで寝起きするつもりなのか?」 「ここがいいんですよ」  サンティはにべもなく答え、視線を逸らした。その理由をあなたになど分かってもらう必要はない、とでも言いたげな冷ややかな仕草だった。 「サンティ様は本当に素晴らしい才能をお持ちです。エドアルド様」  寝具を整えたスフォルツァが不意に声をかける。 「こんな壁画のわずかな残痕から、以前、何が描かれていたのか言い当てられたのです」  スフォルツァの発する感嘆に、サンティが彼へと軽く視線を送る。スフォルツァの薔薇色が首元まで広がった。

ともだちにシェアしよう!