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波沙楼風 1.清襟の田介 | 海原津子の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
波沙楼風
1.清襟の田介
作者:
海原津子
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1.清襟の田介
翠
(
あお
)
い竹のように清々しい態度と性格の青年で、恭しく礼儀を尽くして多少は学があるらしい。それも貧乏書生のようななりをしているためで、飾り気のない口調で答えて言うには、一種の純粋さを感じさせる気持ちの良い若者。 その鮮やかな受け答えについ会話が弾み、気づくと自ら気持ちよく酒をおごっている始末。それがやつの手口だと気づいた頃には、妓楼でさえ使い込んだことのない金額が男の酒代に消えていた。 たった一夜にして湯水のように金を使わせ、まんまと連日酒楼に
沈湎
(
ちんめん
)
した
田介
(
ティエンチエ
)
は、上下左右ひっくり返ってもわからないほどの酩酊具合で、連れ合いの懐が素寒貧になったのをすかさず見逃さず、これまた丁寧に別れを告げてからよろよろっと斜めに歩いて新しい宿主を捕まえた。 「お父さん、私は生まれる前から両親がおらず……」と舌がまわらなければ思考も衰え、けれど両目から美しい涙をこぼしつつ、「実の親にできなかった親孝行を、果たさせてほしいのです……」 などと適当を言ってうまく懐に入ってしまうので、ついに見るに耐えないと訴えが飛び、
佐吏
(
さり
)
、藍家の若旦那にしょっ引かれる次第になった。 「……兄貴、」
成皿
(
チョンミン
)
はそんな兄の無様な姿に頭痛がした。 城市の東側を牛耳る
何
(
ホー
)
家の番犬という話しだが、泥酔して正体を失っている
田介
(
ティエンチエ
)
は、藍家の一室であほ面を晒して爆睡する残念な男だった。 ――情けない 入り口で固まったきり、成皿はしきりとため息を吐く。 酒豪と言いつつひどい顔で酔い潰れていることが情けないのではない。酒楼に向かわせたきり何日も帰ってこなかったことを詰っているわけでもない。
成皿
(
チョンミン
)
は思い通りにいかなかったので少し拗ねていた。 「わかってる。あんたが昔から俺より馬鹿で欲に目がないってことくらい。だが……」 まさか藍家の、しかも酒壺だけでなく料理酒までかき集め、浸かるように飲み干したとは思わなかった。これほど理性が欠如しているとは情けない。それも藍家に捕縛されつつ飲み漁ったというのだから、このだらしない兄がまたまた情けない。 「……藍家の若旦那、悪いがこの馬鹿をしばらく頼むよ」 派手な
田介
(
ティエンチエ
)
の飲みっぷりを、弟の
成皿
(
チョンミン
)
が予見できないはずもなかったのだが…… それが唯一、成皿の落ち度というべきだろうか。 例えば田介は毎回腰の高さほどもある酒壺を盃代わりに相手に持たせるのだが、片手ではどうしたって重いのだし、さらにはそれでは自分が飲めない。しかしこれが田介の狙いだった。 いざ酌み交わしたときになってようやく己の失態に気づき、これまた嬉しそうに「仕方がない」と言って自分がその酒をほとんど飲み干してしまうと、壺の底に少し残った雫を相手の盃にそそいで事を済ませたのだ。 そんなこともあったので、面倒な臭いを嗅ぎつけた
成皿
(
チョンミン
)
は藍家からやってくる再三の使者を交わして身を隠し、それとなく追い返しながらなんとかやり過ごそうとした。 しかし今回、意外にも
田介
(
ティエンチエ
)
に対しては非常に忍耐強い冷静な藍家の若旦那でさえ堪忍袋の緒が切れ、直々に剣を突きつけられてしまえば、行かないわけにもいかない。目を開けるのも難しいほど頭を悩ませ、
成皿
(
チョンミン
)
は部屋に入らずくるりと背を向けた。 「新しい兄貴を探すべきか……」 そんな憂いを零す
成皿
(
チョンミン
)
に、
藍虧玉
(
ランコイユイ
)
が荒々しく机に腰を下ろす。手口なら他にもあるのだと言うように茶器を唇に運んだ。 「帰ってもいいが――酒に酔っているお前の兄貴に、私がどんな約束をとりつけても文句は言うなよ」
藍虧玉
(
ランコイユイ
)
が無関心にも見えるほど冷ややかな顔で
田介
(
ティエンチエ
)
をつま先で転がす。 使えるものなら兄貴さえ惜しくはない
成皿
(
チョンミン
)
だが、けれどまだ
藍虧玉
(
ランコイユイ
)
などという男に
田介
(
ティエンチエ
)
をやるつもりはなかった。 幼なじみとはいえ、昔から気に食わない朴念仁の
籃虧玉
(
ランコイユイ
)
に
成皿
(
チョンミン
)
は苦々しく言った。 「俺が許した約束はたった一つだけだぜ。それなのに他にも約束を取り付けるつもりかよ。仮にも俺の兄貴だ。礼儀を欠くっていうなら、最初からなかったことにさせてもらったっていい」
藍虧玉
(
ランコイユイ
)
の切れ長な目がぎろりと
成皿
(
チョンミン
)
を射貫く。その鋭さにぎくりとした成皿は、ふと足元で転がっていた
田介
(
ティエンチエ
)
が酒に焼けた喉を唸らせ、真っ赤に腫れた目で鬱陶しそうに成皿を見上げているのに気づいた。 「仮、だと……?」 春宵のように上気した顔は白面の書生よろしく弱々しい容貌に花を添えるようだ。少しすると媚びるように身体を気持ち良さそうに伸ばす
田介
(
ティエンチエ
)
に、
成皿
(
チョンミン
)
は目を逸らした。 「おい……
成皿
(
チョンミン
)
、礼儀がないのは、どっちだ? 私を馬鹿だといったな」 ふらふらと危なっかしく立ち上がり、
田介
(
ティエンチエ
)
が身体に染みついた動きのまま剣を引き抜く。ぶらぶらと床をなぞりながら
成皿
(
チョンミン
)
に詰め寄った。 「ああ、危ない、危ないよ、怪我をする」
成皿
(
チョンミン
)
は慌てて剣を持つ白い手を遠ざけて
田介
(
ティエンチエ
)
の腕を掴み上げる。けれど
田介
(
ティエンチエ
)
はとまらない。素早く
成皿
(
チョンミン
)
の足を蹴り払って体勢を崩すと、尻餅をついて倒れる弟の胸元にとんと足を乗せて踏みつけた。
成皿
(
チョンミン
)
は体は大きいが武術はたしなまない。酔っ払いの
田介
(
ティエンチエ
)
相手でさえ反撃の術をもたなかった。かくなる上は兄の足の裏で彼の落ち度を声高に突っつくことだ。 「兄貴! 言わせてもらうが、あんたにたらふく酒を飲ませるために酒楼に送ったわけじゃない。俺たちの計画は? 目的を、忘れた訳じゃないだろ? それなのに欲に負けてこのざまだ。あんたのせいで酒楼は出禁になっちまった……」
田介
(
ティエンチエ
)
は「ははっ!」と軽やかに笑った。大口を開けて笑うので、足元で制圧された
成皿
(
チョンミン
)
は少し不愉快だ。 「おいおい、私を誰だと思ってる? 確かに欲には弱いし繊細な人間だが、お前のことは信じている。計画だって忘れちゃいない。第一最初の目的は果たした。酒楼の息子と某の娘の仲は、私が確り取り持ったのだからな!」 おおっ、と
成皿
(
チョンミン
)
が目を輝かせたのも束の間、それは酒楼の親父の目的だろ、とがっくりと肩を落とす。 「藍の若旦那、馬鹿な兄貴をしばらく頼む……」
田介
(
ティエンチエ
)
は冗談だよと言いながら剣をおさめ、横たわる
成皿
(
チョンミン
)
を引っ張り上げた。 冗談だと言いながらも、おかしいな、これが目的ではなかったか? と少し不安な
田介
(
ティエンチエ
)
だ。成皿は頭を掻く兄の姿に何度もため息を吐いて部屋を出て行った。その背中に田介の不満そうな声が暢気に届いた。 「憂いの多いやつだな。ひょっとすると私より繊細だ」
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