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波沙楼風 2.旧交を暖める | 海原津子の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
波沙楼風
2.旧交を暖める
作者:
海原津子
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2.旧交を暖める
虓峰
(
こうほう
)
連山に囲まれた山の麓、霧の多い
盡
(
じん
)
州
虓台
(
こうだい
)
城、城市である。 東側を牛耳る
何
(
ホー
)
家の番犬、
田介
(
ティエンチエ
)
はいわゆる城市の鼠除けの一人で、特に容赦のない男と言われていた。そのくせごろつきを容易に侵入させるのは、かえって問題事が起こってからの方が依頼の報酬も格段に跳ね上がるためであり、
何
(
ホー
)
家への恩ももれなく折り紙付きで売れるためである。この時点で何家の当主でさえ
田介
(
ティエンチエ
)
の手綱は握れていない。 そんな我が儘な田介がちょっと厄介で面倒だなと感じるのは、幼なじみの佐吏、
藍虧玉
(
ランコイユイ
)
である。 「なあ藍、お前が私に内緒で弟と交わした約束をあててやろうか」 艶やかに輝く葡萄を口の中に含んで、田介は暇に飽かせてそんなことを言う。するとお湯も忽ち凍り付くほど冷たい視線を寄越して、肝の凍える低い声で籃虧玉が答えた。 「あてる必要はない」 けれど田介は足をぶらぶらとさせ、熱っぽい身体を持て余している。一週間も酒楼に入り浸って酒を無心していたのだから、一晩で酒気が抜けきるはずもない。生来欲には弱いと田介も自覚しているし、それを制御できるほど理性が強いわけでもない。寝椅子にたっぷりと寝転がって、田介は退屈だったのだ。 「それにしてもあいつ、私をお前に売るなんて何を考えている」 確かに藍虧玉の協力は目的のためをいえば必要不可欠ではあるのだが、佐吏といえども捕吏なのだから、盗賊稼業の兄弟とは相性が悪い。藍虧玉だってこのことが知られたらただじゃおかないだろうし、それこそ
成皿
(
チョンミン
)
はおそらく兄弟に不利なほどの好条件を藍虧玉に突きつけたはずだ。 薄々は田介だって勘づいている。盗賊団の首領を差し出すとかなんとか、そういうことに違いない。 ああ――胃が痛い 「結局、掴まるのか? だが、それが成皿の計画だというなら乗ってやる他にないが」 田介は天井を睨み付け、憂鬱に息を吐いた。 河川を荒らし、塩や貴金属をほしいがままに手に入れてきた田介だ。国庫におさまるはずの米に絹だって手当たり次第に掠め取り、部下が女を掠うのも許したのだ。自分たちのしてきたことをこの首と弟の身体で許されるのなら願ってもないこと。 実のところ田介は物覚えが悪く、口もゆるい、酒に酔って毛髪の数から、眉毛の位置、虫歯の有無、身体の体毛の色さえ全て包み隠さず話してしまうので、成皿からは一切計画の子細は聞かされていない。この針に糸を通せと言われたことだけをただ実行するだけなのだが、その実行さえも危ういときた。今回はたまたま場所が悪かっただけだと言い張ってみるが、田介もいい加減、我慢を覚える必要があるようだ。 成皿にいつまでも迷惑をかけてはいられない。彼の計画がなければ、自分はただ盗みをするしか脳のない人間なのだ。悲しい気分に浸っていると、ぱしっ、と突然、筆を置く強い音に目を上げた。 「そろそろ、目障りだ、出て行け」 歯に衣を着せない物言いで、優しい言葉は昔からなにひとつ言えない男だ。そこが藍虧玉の魅力でもある。田介は彼らしいなとにやりと笑った。 「藍、私を簡単に追い出しても良いのか? 折角盗人がここにいるって言うのに、随分消極的じゃないか」 「いつでも捕まえられる」 淡々として表情の冷たい藍虧玉に田介は「へえ?」と意味ありげに笑う。 「職務を放ってでも、私を見逃してくれるって? 随分愛情深いんだな。長い付き合いなのにそんな一面があったとは、知らなかったよ」 さて、藍虧玉は協力すると約束はしたが、どう見ても仲間と言えるほどの親しさはない。 さっと跳ね起きて、田介は躍り上がるように窓枠に飛び乗った。 雁の群が下っていく秋天の夕暮れ。冷ややかな秋雲を臨むこの窓が、夜遅くまで蝋燭の火影を零し、いつまでもひらいていることを田介は知っている。 「窓、閉めとけよ、不用心だ。私が夜中にこっそり入ってきたら、どうする」 怒りの孕んだ視線に睨まれて、田介もふっと不敵に笑みを残して飛び降りた。するっと庭木に掴まり、猿が木を渡るように枝から枝、そして築地塀へと飛び移る。 静まり返った藍家の屋敷を肩越しに見て、藍虧玉の部屋を見上げた。楓と葡萄の鮮やかな赤い葉が美しい時期だった。 もみじの葉を一枚摘み取る田介は唇を触れる。藍虧玉。彼が拾いに来なければ、少し厄介なことになっていた。その礼のつもりだった。風が吹き抜けていく一瞬、手を離した葉っぱはくるくるとあの窓の中へ飛び込んでいった。
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海原津子
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