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3.羽振りのいい男

 (ホー)家は門閥氏族の分流、御史を輩出する名族(ホー)氏に連なり、当主は三留(アンリウ)、その息子索相(スオシアン)。  城市において令史の官職を帯び、暴利を貪る悪漢、高利貸である。  つまりその取り立てをおこなうのも、田介(ティエンチエ)の役目であった。利息を払えず逃げ出すもの、首を吊った主人のかわりに残された家族は、勿論無事ではすまない。 「破産した店や貧乏人の多くは外道何家の番犬を恨むもの数知れず、その悪辣な手段には皆口をつぐむばかり……」  田介はぷらぷらと澄んだ青空の下を歩きながら口遊む。  先ほどの口上は最近出回っている短い読み物の一節らしい。ひらりと降ってきたそれを手にして田介は、「はは」と笑みを含んで読み上げていた。  全く、ここに描かれている何家の番犬はなんて狡猾な男か。  著者はそれほど有名ではないらしい。流行ってもいなさそうだ。ちぎれた紙片が風に舞っていても誰も欲しがろうともしない。しかしこんな作り話をせっせと書いて、何家の報復が怖くないのだろうか?  肝の据わった男とみえる。几帳面な字を見る限り、やけに生真面目な男に違いない。 「実質、私も働かねば利子の払えない貧乏人、しかも自由を奪われた身の上だというのに。弱ったものだ。酒楼などという魔窟があるせいで一向に金がたまらない」  ――よくいう。  いるはずのない成皿(チョンミン)の声がなぜかすぐ背後で聞こえたように思えた。  思わずぶるりと身震いして振り返る。高らかな呼び声や歌声の交じる雑踏にあの巨漢の姿はない。ほっと息を吐くが、その胸に一抹の不安が過っていた。  大事にしまい込んだ虎の子の存在を、まさか彼に知られたわけではないだろうな?   何家も気づかない厳重なところに封をして隠しているから、そんなはずはない。けれど田介は少し心配になった。二年間、成皿と計画を練ると同時に内緒で溜めていた金品だ。まだ、見せびらかすにははやいだろう。  賑わう正午の通りを若干気がかりに思いながら進み、田介はのんびりと暖簾の下を潜る。 「(リウ)さん、雑炊を頼むよ」  藍家では朝食もでなかった。腹にたまらない小さな果物と、絞りたての柘榴の飲み物だけ。  しけた藍家の机より、ここの飯屋の方がどれほどましだ。  そう言い終わらないうちに一杯の冷たい水が顔にかかる。襟まで濡れたそれを拭う間もなく恨みがましい声でネチネチと詰る声が聞こえた。 「貧乏神め。毎度毎度、入ってくるなり安い物を頼みやがって」  外に田介の姿を誰よりも早く見つけた柳は咄嗟に近くにあった茶碗で水をすくい、田介が入ってくるなり勢いよくそれをぶっかけたのだ。  挨拶のようなもので、通い始めて四日目にして田介が恥ずかしげもなく雑炊か白湯しか注文しないことに気づいた柳が、最初は追い払うつもりで始めたもの。それがいつの間にか習慣になってしまっていた。田介がお構いなしに店に入って図太く大きな声で「雑炊が食べたい」と頼むせいだ。 「柳さんの雑炊は盡州をとび超えて今や天下にその名を知らしめるほどうまい。さすがは一流の料理人だ。ここで燻っているのは自ら名を挙げずとも勝手に名が広まってしまうからだろう。私が今後百年修行したって到達できない味を、見事に作ってしまうんだから」  田介は柳の肩を愛想良くもみほぐしながら、構わず椅子に腰掛けていた。  我が意を得たりとしたり顔の田介を、柳は忌々しく睨み付けていう。 「口だけはよくまわる」  厨房へ入っていく呆れた声だった。田介は「ふん、それが私の取り柄だから」と機嫌良く答えておきながら、ふとぼんやりと藍虧玉に掴まる直前のことを思い出していた。  最後に引っ張ってきたあの男――  どうも気になる。  一週間も酒浸りだったから昨日は目もほとんど開いていない。けれどあの男の不穏な気配と違和感ははっきりと覚えていた。  田介が酒をおごらせる相手はいつも決まった特徴がある。金払いの良さそうな、それでいて後腐れなく気の弱そうな男。そして何度か見かけたことのある顔。大体の住処も把握している男でないと、面倒が起こったとき、後日挨拶にいくのが大変だ。  だがあの男の顔はどれほど頭を捻ってみても思い出せない。どうやら自分で引っ張ってきたと思っているのも怪しいようだ。  腰に吊した剣をしきりに触りたがっていた。それに、どんなに気が弱くても散々金を払い続けるのは嫌がるもの。  それなのにあいつ、際限なく呑ませやがったな。  めずらしくこちらが危機を覚えるほど。  ――いや、違うな。  田介は卓に置かれた粥を手に取って、匙を手にくるくると遊びながら眉を寄せる。  触っていたのは、肩や腕だ。それに、蹌踉めいたときも…… 「私の正体を、まさか探ろうとしたのか?」  まるで確かめるような手つきだったと今になって思う。役人か。もしそうならますます成皿に面目立たない。  そのとき、田介が顔を上げると同時だった。向かいの酒楼で何か騒ぎがあったらしく、ドスンッ――という激しい音に続いて鈍い振動が地面を伝い、こちらの建物がしばらく揺れた。  喧嘩か乱闘か、物見に集まって店の入り口を塞ぐ人垣を上目に傍観しながら、ぬるい粥を必死にふうふうと息を吹きかけておっかなびっくり口に運んでいた。

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