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22.再会の誓い

 田介(ティエンチエ)救出の口裏を合わせに来たのだと思ったのだが、藍虧玉(ランコイユイ)の後ろで油断ならない面構えをした武官が揃っているのを見れば、どうやらそういうわけでもなさそうだと成皿(チョンミン)は胸騒ぎがした。 「連行しろ」  と説明も無く突然、冷たい目を向ける藍虧玉に成皿は手荒く縛り上げられる。 「……本当に、俺を捕まえにきたのか?」  縄の痛みにただひたすら呆然としながらも、成皿はとても信じられない気持ちだった。 「五日後、竜鳴府(りゅうめいふ)に召喚し、お前の処分を決める」 「……五日? それまでは?」 「牢獄だ」  大立ち回りを演じて逃げきることなど成皿には到底できない。それにこれは田介脱獄計画の一環なのではないかとも疑っていた。ただ、自分に何の相談も無く、作戦の内容さえしらない。それが不安として胸に蟠り、むしろ藍虧玉にしてやられたのだとの思いが強くなっていく。 「どうして俺が牢獄に!」 「茶店の主人から訴えがあった。騙して部屋を借りていたそうだな」  成皿はハッと息を呑んで押し黙る。確かに言葉巧みに煙に巻いて居候していたが、なぜ今頃…… 「昨日までは見過ごしてやっていたが、乱闘騒ぎが起きたなら話しは別だ。関わり合いになるのは避けたいと訴えがあった」  胃が絞られるような焦りに成皿は自然と歯を食いしばっていた。 「兄貴のことはどうする? 盗賊の首領だぜ、首を刎ねられるに決まってる。あんたが、兄貴を見捨てるのか……?」  藍虧玉を信じすぎただろうか。感情を交えず淡々と告げる藍虧玉のことが成皿には何一つわからない。背中の皮膚が剥かれるような恐ろしい寒気に震えていた。  成皿は真っ直ぐ歩く事もままならず強く引き立てられた。市井の往来で罵倒する人集りの傍を通っていくとき、彼らがその中心に向かって投げつけている言葉さえ意識になかった。ただ心ここにあらずといった気持ちで、どこか藍虧玉の強硬手段には演技もあるのではないかと、一縷の望みに細々と縋ってもいたのだ。  牢獄の冷たい一部屋を前にしたとき、成皿はいよいよ彼が本気なのだとこの期に及んでようやく理解した。 「兄貴を、どこへやった。せめて同じ牢に入れてくれ……!」 「捕らえ次第、刑の執行が許可されていた」  踏みとどまって迫る成皿を藍虧玉は冷たく一瞥する。  牢の中に田介の姿はない。刑の執行とは――  ゾッとして掴みかかろうとしたとき、藍虧玉が素早く鞘を手に、成皿の向こう脛を激しく打ち叩く。うっと怯んだ隙に牢の中に押し込められてしまった。  重く閉ざされていく鉄格子に慌てて飛びつき、藍虧玉の背中を引き掴んでやろうとがむしゃらに手を伸ばす。 「藍虧玉……! もし本当に兄貴を見殺しにしたっていうなら、俺の事も殺せ!」  藍虧玉は行ってしまう。非情な後ろ姿のまま振り向きもしない。光の溢れるまっ白な地上に彼は消えていってしまった。  何か理由があるのか? わざわざ俺を牢に監禁しておくほどの理由が?  ……あるはずがない。  体の力がぬけていく。  何もできない惨めさを味わい、四日目の朝を迎えたとき、どこかぽっかりと、積み上げていたものが一気に崩れ落ちていくほどの虚無感を味わっていた。 「大物がさらし首になったらしい……」  同房の囚人がぽつりと漏らした言葉だった。  それを成皿はぼんやりと繰り返す。 「大物……?」  鎖を擦って糞尿にまみれた汚い体を近づけさせる男が、伸び放題になった髭の中から臭気を漂わせた。 「盗賊の首領って話しだ」 「さらし、首?」  さらし首だって? 盗賊の首領――  あ――、と成皿は胸がえぐられるほどの衝撃に愕然とする。 「……兄さん!」  肉を裂くほど激しく暴れ回る怫然とした激情にわなわなと震え上がる。  成皿はその日、気づくと空の下だった。雪の気配を含んだ黒い雲が連山の峰峰からもうもうと湧いていた。  どうやって罪を許されたのか、いつ牢を出されたのかも覚えていない。 ふらふらと道を彷徨って、ふとたどりついたそこで足を止めた。周囲の人たちは皆見飽きたようで、番兵の傍を駆け足で通っていく人さえ、誰も野ざらしになったそれを気に留めなかった。  意識が遠く消えかかるような気持ちで成皿は見ていた。あれが兄の首だというのを、成皿はよく分かっていた。日が経ちすぎて乾ききったその首は、成皿がよく間近で見てきたあの頭なのだ。  カラスの遊ばせるまま無残に形がくずれ、兄だったその人に誰も敬意を示すことはない。  これが絶望というものなのだと、成皿は凄まじい憎悪の中でどこか冷静に考えてもいた。  あそこにあるのは成皿が何よりも尊いと信じてきたもの。自分の肉体の一部とさえ思えるほど大事な、それが侮蔑されることの、忽然と魂が抜けきるような虚しさに身は裂けきったよう。  藍虧玉―― お前が兄の生を奪ったというのなら、お前の望んだ田介の孤立は一生手に入らないものになった。誰よりも田介を弔い、彼を死後の世界まで思い続け、決してお前の手になど、田介を譲ってやるものか。  決して兄さんを、お前ごときに……  地面に突き立てられた短剣が一枚の紙を貫いていた。風に打たれてひら、ひら、と波を打つ。そこに記された田介からの別れの言葉は色あせて、砂ぼこりに汚れ、誰にも読みとくことはできない。ただ藍虧玉だけが、綴られた文字を解読し、涙を誘う挨拶文などではないことを知っていた。  成皿はその紙の存在に、まだ気づいていなかった。                                   〈一旦・完結〉 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 林灰坡での張界と藍虧玉の話しへと続いてくのですが、とりあえず完結の形にさせていただきます。続きはそのうちちょこちょこと…… ここまでお付き合いしてくださった方がおりましたら、本当にありがとうございます。一人でも、もし楽しんで頂けたら嬉しいかぎりでございます。

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