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第1話  唇に誓いのキス

愛も恋も情もない結婚を俺がするとは思わなかった。 次男とはいえ一応、一丁前に王子様として生まれてるし、まぁそれはそれは小さくてちょっとだけ胸の大きい可愛い声の子と結婚して、可愛い女の子でも生まれて、猫とか犬とか馬とか羊に囲まれた幸せな生活をすると思ってたんだ、俺は。 なのに現実はどうだ。 両国の和平を確かなものにするための婚姻――なんて聞こえはいいけど、要するに俺は隣国の若き王のもとへ嫁ぐことになった。 家のため、国のため。 王子一人を差し出せば丸く収まるなら、それはきっと大層めでたい話なんだろう。 そんなわけで俺は今、隣国の王家から贈られた白銀と金に彩られた装束を身に纏い、花嫁のようにヴェールで顔を隠している。 どうやら俺は、隣国の若き王様への供物になったらしい。 同性同士の結婚なんて別に珍しい事じゃ無いんだけど、それでも相手はあんまり良い噂を聞かないからタチが悪い。 まぁ俺は会ったことはおろか顔すら見た事ないんだけど。 カタカタと馬車に揺られながら目を閉じる。 視界を覆ったヴェールを捲られた時、篁は一体どんな顔をするんだろうか。 まさか俺が男だって知らない事無いよな? そう思うと急になんか緊張までしてきた。 一応正妃の立場で迎え入れられるらしいけど篁の女遊びの激しさは多分この辺に住んでるなら知らない人間はいない。 妃って何人くらいいるんだろうな。 やだな。 俺、閉鎖空間の陰湿な空気は好きじゃない。 ため息と一緒に、窮屈なヴェールの隙間からそっと外を窺う。 気がつけば馬車の速度が落ち、重々しい音を立てて完全に停止した。 「お待ちしておりました」 案内役の低い声と共に扉が開かれ、差し出された男らしい大きな手に、俺はおそるおそる自分の手を重ねる。 ヴェールのせいで足元がよく見えない状態で、エスコートされるがままに歩を進める。 重々しい雅楽の音色と、地を震わせるような大勢のざわめきが聞こえる。 扉が開いて、多分参列者は全員こっち見てる。 ヴェールで覆われた視界からは薄ぼんやりとしか確認できず、手を引かれるまま一歩ずつ慎重に歩く。 エスコートの手が離れ、代わりにひとつ、影が俺の前に立ちはだかった。 ——この男が、篁宵(たかむら よい) 白い手袋がヴェールの隙間から覗いて、手袋越しでも長くて細い指先が分かる。 緊張で生唾を飲み込みながらその細い指先に触れる。 その手に導かれて数段の段差をのぼり、神官らしき人の前で歩みを止めた。 そこから神官の祝福があって、肩を掴まれて、向かい合う。 いよいよヴェールに手がかかり、視界がふわりと明るくなる。 俯いたままぺこ、と一礼すると、かすかに篁が息を呑む音が聞こえた。 「……金」 ——そう、ごめんね。 俺の髪、金色なんだよ。 生まれつきこの色だから仕方ないじゃん。白と金の厳かな装束には致命的に似合ってない自覚はあるけど、こればっかりは生まれ持ったもんだから諦めてほしい。 呆れられたか、不躾だと怒らせてしまったか。 恐る恐る顔を上げると、目の前に立つ男――篁は、目を見開いたまま、硬直していた。 俺も大概男だと色白な方だけど、篁はそれよりも白くて、雪みたいな白い肌をしている。 俺と同じような白銀を基調に金の装飾のある装束に身を包んだ篁は、気怠げな色気を纏っていながらも、その視線は射抜くように鋭い。 篁は捲り上げたヴェールを掴んだまま、じっと俺の髪と、顔を見つめてくる。 沈黙が妙に長くて、参列者たちのざわめきが大きくなったような気がした。 ——え、何、そんなに変? 突き返される? そこまでの不細工の自覚は流石に無いんだけど。 なんか急に不安になって視線を逸らそうとした瞬間、篁の薄い唇が綺麗な弧を描いた。 篁の手袋に包まれた長い指先が、俺の顎をくい、と持ち上げ上を向かせた。 ぱち、としっかりあってしまった目線。 あぁ、めちゃくちゃキレーな顔してんのね。 そらモテるわ。女遊びが激しいってのも納得。 まぁ俺、そう言う目的でここに来てないし、男同士とかよく分かんないし篁もそんなこと俺に求めてないだろうからそこはどうでも良いんだけど。 「続けて」 篁に促された神官が、少し緊張したように喉を鳴らし、婚礼の儀を進め始める。 「それでは、互いの不変の愛の誓いとして、指輪の交換を」 差し出された指輪台には、細微な彫刻が施された一対の指輪が載っていた。 篁は無言のまま、自分の左手の白い手袋を、指先を軽く摘んでゆっくりと引き抜いた。露わになった彼の素手を見た瞬間、思わず小さく息を呑む。 その手はまるで美術品みたいに滑らかで美しい。 その綺麗な手が、迷いなく俺の左手を取る。 篁の長い指先が、俺の薬指の根元へと滑り込むように指輪を嵌めていく。 ただそれだけの行為なのに、皮膚が擦れ合う感触が妙に生々しい。 なんだこれ、ただ指輪を嵌められてるだけなのに、なんでこんな、全身の毛穴が粟立つみたいにぞくぞくするんだ……? 動揺で呼吸が浅くなる俺を置いて、篁は平然と、今度は俺に指輪を嵌める事を促すように手のひらを差し出してきて、俺を見て、小さく微笑んだ。 やばいな、なんか、うん。やばい。 俺は震える手で台からもう一つの指輪を取り、篁の指へ手を伸ばした。 あんまり触れないように、って意識すればするほど手元が狂う。 彼の薬指の節に、俺の指先がほんの少しだけ触れた。 ぞくり、と。 さっきよりも明確な電気のような刺激が、指先から脳髄へと跳ね返ってくる。 待て、おかしい。 ただ男の指に触れただけだろ。 正気か、俺は。 自分の身体の過剰な反応にパニックになりながらも、なんとか銀の輪を彼の指の根元まで押し込む。 ……ぴったりと収まった鈍い輝きを見つめながら、俺は必死で荒くなる呼吸を整えようとした。 「それでは、誓いの口付けを」 ——男同士の婚礼における、誓いの口付け。 互いの敬意を示すため、相手の手の甲か、今指輪を嵌めたばかりの指先に触れるだけというのが、この世界の一般的な礼儀だ。 俺ももちろんそのつもりで、指先を差し出そうとした。 なのに。 篁は差し出した俺の手には目もくれず、指先で俺の顎を再びくい、と持ち上げた。 「え」 拒む間もなかった。 篁が驚きで見開いた俺の視界を至近距離で塞ぐ。 それから柔らかくって温い唇が俺の唇に触れる。 「――っ!?」 会場全体が、水を打ったように静まり返る。 指先どころか、何百人もの参列者の目の前で、篁は普通に唇同士のキスを交わしていた。 待て待て、男だぞ俺は。 触れるだけなんて綺麗なもんじゃない。 俺の唇を少し角度を変えながら深く吸い上げてくる。 あまりの強引さと、吐息の濃密さに頭の芯がじわ、と痺れる。 指先が触れたとき以上の熱が、一気に身体の奥へと突き抜けていった。 「……ふ、っ」 ほんの数秒のはずなのに随分と長く感じられたキスが終わる。 唇が離れた瞬間、静かだった会場内は一転してざわめきに包まれた。 そりゃそうだ、完全な礼儀違反だし、何よりあの女遊びの激しい王が、男の花嫁にいきなりこんな真似をしたんだから。 俺もびっくりだ。 呆然として唇を押さえる俺を見て、篁は満足そうにくす、と喉を鳴らして笑った。 「……っ、何して、」 「静かに。みんな見てるよ、可愛い花嫁さん」 誰にも聞こえない声で囁きながら、篁は俺の腰をそっと抱き寄せ、何事もなかったかのように平然と前を向く。 男相手に何を求めてるんだよ、え、もしかしてお前、そっちなの? 事前にそんなこと確認はしてなかったけど、だとしたら俺、とんでもないとこに来ちゃったかもしれない。

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