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第2話 それはハーレム

式が終わって、従者に連れられて正妃用のだだっ広い部屋に通されてすぐ、装束もそのままに天蓋のついたベッドにぼふん、と沈み込んだ。 左の薬指に嵌められた指輪をじぃ、と見つめる。 ホントに結婚しちゃったよ、俺。 しかも、男と。 何だったらキスまでされちゃったし。 ふぅー、と長いため息を吐いてぼんやりしているとがちゃ、と音がして扉が開いた。 慌てて顔をあげると少しだけ装束を着崩した篁がいた。 「お疲れさま、花嫁」 「冬野です。冬野凪音(とうの なお)。あと入る時はノックくらいしろな」 「それは失礼。でも婚礼の儀式が終わったから冬野じゃないね、凪音」 くすくすと笑いながら歩み寄ってくる篁。 起き上がるのも疲れてるけど旦那様がくるんだからと疲れた身体を持ちあげて篁の方に向き直った。 「凪音あのね」 「はい」 「俺、妃二十人いるのよ」 「なにそれ、すげえ数」 正妃として、って言われるくらいだからまぁ他にも妃がいるとは思ってたけど、数が桁違いだな。 まぁ関係ないけど。 「凪音は男だから、世継ぎの事とか何も考えなくて良いから、ここで好きに過ごしていいよ。政略結婚なのはお互い理解してるでしょ」 「話が早くてありがたい事で」 思わず素の返事が出た。 それにしても二十人って何。村でも作る気なの。 ドロドロの愛憎劇に巻き込まれるのは御免だけど、篁の口ぶりからするに、俺をその面倒な輪の中に放り込むつもりはないらしい。 俺は正妃という名のお飾りとして、この広い部屋で自堕落な生活を送っていいと保証されたようなもんだ。 実家も救えて、自分も干渉されずに自由に暮らせる。 ……あれ?最高の条件じゃない? 昼間のあの強引なキスの意図は測りかねるけれど、とりあえず契約上の夫婦という事だ。 安心した。 ベッドの上に座ったまま、俺は装束の袖をいじりながら小さく安堵の息を吐いた。 「必要なものは使用人に言えば良いから」 「猫飼って良い?」 「……お好きに」 「やった。じゃあお互い余計な詮索はナシってことで」 「話が早くて助かるよ」 「愛しい旦那様のためだからな」 「よく言う」 篁はくすくすと肩を揺らし、本当に満足したように俺から一歩、足を引き戻そうとした。 「なぁ篁」 「宵。奥さんなんだから苗字は無いでしょ」 あ、そう、下の名前で呼ばないといけないのか。 まぁ、今日から俺も篁だし、そうか。 気恥ずかしさで若干吃りながらその名前を呼ぶ。 「よ……宵」 「なに?凪音」 改めて呼ばれる名前を意識してしまう。 さっきのアレのせいだ。絶対。 「さっきの式の時、なんで、その、口に……」 「あぁ」 契約成立のご祝儀のつもりだったんか。 疑問をストレートにぶつけると、宵は立ち去りかけた足を止め、ゆっくりと俺に振り返った。 その瞬間、彼の綺麗な目の奥の温度が、すぅと引き締まるのが分かった。 「言ったでしょ。お前は『正妃』だって」 「いや、だからお飾りで――」 「お飾りだからこそ、周囲に俺がちゃんと正妃を愛してるって見せつける必要があるでしょ。同性だし、なおさら」 宵は再び歩み寄り、今度はベッドのシーツに深く腰を下ろした。 どさ、俺の身体がシーツへと押し倒される。 「え、ちょっと待って、何」 「妃が二十人もいるとさ、みんな自分が次の正妃になろうと必死で、陰湿な足の引っ張り合いが絶えないわけ」 覗き込んできた宵の顔は、相変わらず息を呑むほど端正で。 これはモテるわ、うん、多分。 「俺が凪音に惚れてて、片時も離したくないみたいな既成事実を作らなきゃ、お飾りだってバレちゃうし……まぁその他にも、諸々」 「ふぅん、なるほどな」 なるほどなんだけど、今この二人の空間で俺を押し倒す必要あった? 腕の力だけで俺の身体をシーツに縫い付けたまま、宵は顔を近づけた状態で、ふっと視線を落とした。 唇が、小さく弧を描く。 「じゃあ、俺からも質問」 「なに?」 見上げる俺の視界の中で、篁の白い指先が、シーツに散らばった俺の髪にそっと触れた。 長くて綺麗な指先が、金の毛束をすくい上げ、熱を確かめるように滑らかに弄ぶ。 「これは、地毛なの?」 「あー、うん。そう……生まれつき。なんかマズいなら、黒く染めても良いけど」 相手は厳かな一族の王だしな。 こんな奇抜な色、嫌悪されてもおかしくない。 実家のために合わせる覚悟くらいはあるぞ、と伝えたつもりだったのに。 「いや、いい」 宵は即座に否定すると、すくい上げた金の毛先にゆっくりと顔を近づけ、そこにちゅ、と音を立てて唇を落とした。 「——え」 予想外の場所に触れられた感覚に、首筋の裏側がぞわぞわと粟立つ。 驚きで固まる俺の耳元に、宵の気怠げで酷く甘い吐息が吹きかけられた。 「きれいだから」 囁きながら、宵はゆっくりと顔を上げる。 ぱち、と至近距離で視線が噛み合った。 夜の暗がりのなか、その眼が俺の顔をじっと見つめてくる。 あ、まずい。これ、キスされる流れ……? 昼間の記憶が蘇り、思わずごく、と生唾を飲んだその時。 宵がまたあの意味深な笑みを浮かべる。 「じゃあ、ゆっくり休んで」 すっと俺の身体を圧迫していた重みが消え、宵は何事もなかったかのようにベッドから立ち上がった。 「はぇ」 拍子抜けして目を見開くと、宵はすでに着崩した装束を軽く整え、扉へと歩き始めている。 「じゃあね、俺の可愛い奥さん」 くすくすと楽しそうに喉を鳴らして部屋を出て行った。 パタン、と静かに扉が閉まる。 「……なんなんだ、あの男」 残されただっ広いベッドの上で、俺は一人で勝手に熱くなった顔を両手で覆った。 完全に翻弄されている。 キスされると思って身構えた自分が、なんか猛烈に恥ずかしい。 その後、規則正しいどこか機械的なノックの音が響き、静かに扉が開く。 「失礼いたします。本日よりお世話を仰せつかりました」 入ってきたのは、一切の感情を排したような無表情の男だった。 「あ、よろしくおね……って、え、何?」 男は返事もそこそこにベッドサイドへ歩み寄ると、躊躇いなく俺の装束のボタンに手をかけた。 「え?え?なに?」 この家の人間皆距離感おかしくない? 「お着替えの準備を。婚礼装束のままではお疲れでしょう。すぐにお脱がせいたします」 「わわ、待って待って!自分でやるって!」 「いいえ。正妃となられた方の手を煩わせるわけにはまいりませんので」 淡々とした、抑揚のない声。 それなのに、見た目からは想像もつかない力強さで、俺はされるがままに装束を剥ぎ取られていく。 実家でも身の回りのことはある程度自分でやってたから、突然至れり尽くせりを超えたお世話に頭が付いていかない。 「ご入浴の用意も整っております。どうぞこちらへ」 「あ、うん、ありがと……って、付いてこなくていいから!風呂くらい一人で入れる!」 「湯加減の調整や、お背中をお流しするのも私の役目でございますので」 「本当に大丈夫だから!!勘弁して!!」 感情の起伏がまるで見えない男をなんとか押し切り、浴室の扉を閉めてようやく一息つく。 豪華すぎる湯船に浸かりながら、俺は今日一日の出来事を振り返ってまた深くため息をついた。 変にぞくぞくした指輪の交換。心臓が止まるかと思った唇へのキス。そして、あの思わせぶりな髪への口付け。 「……考えんのやめよ。自堕落生活、満喫してやるんだ、俺は」 ぬるめのお湯でしっかり疲れを癒やし、柔らかな寝衣に袖を通す。 脱衣所へ戻るとそこにはすでに大きくて柔らかそうな布を手にした使用人が、まるで最初からそこに生えていた彫刻のように直立不動で待機していた。 「……まだいたのね」 「当然でございます。さあ、こちらへ」 促されるまま椅子に座らされると、使用人は俺の濡れた金の髪をそれで包み込んだ。 「だから、自分でやるってば」 「髪を濡らしたままお休みになれば、お風邪を召してしまいます。宵様の大切な花嫁に、そのような不調を生じさせるわけにはまいりません」 「大切な、って……あいつ俺のことお飾りって言ってたぞ」 「左様でございますか」 暖かい布が髪を乾かしていく中、使用人は鏡越しに一瞬だけ奇妙に目を細めた。 その顔にはやはり、何の感情も浮かんでいない。 「宵様が、あのような深い口付けをなさったのは、私の知る限り初めてのことにございますが……」 「……はぇ?」 初めてって、何が。あの男、妃が二十人以上いるって豪語してただろ。 ってかお前あいつのキス全部見てんのか。こえぇな。 色んな意味での恐怖に背筋を震わせている俺を他所に、使用人の男は相変わらず機械的な手つきで俺の髪を乾かしている。 これ以上キスの話を掘り下げるのも気まずいし、何よりこの無表情な男とこれ以上気まずい沈黙を続けるのは胃に悪い。 早くこの場を和ませたくて、俺はさっき篁と交わした約束を思い出し、急いで別の話題を振ることにした。 「あ、そうだ。あのさ、俺、猫飼いたいんだよね。篁にも許可は貰ったから」 「左様でございますか」 「もし、この家の近くとかで、行く当てのない子がいたら引き取って欲しいんだ」 使用人の男は布を取り、髪の乾き具合を素手で確かめると、一歩下がって深く頭を下げた。 「かしこまりました。早急に手配いたします」 手配って。 「どうぞごゆっくりお休みください」 音もなく部屋を出て行く使用人の背中を、俺はベッドの中から見送る。 パタン、と扉が閉まり、だっ広い部屋に完全な静寂が戻ってきた。 左手の薬指に残る、指輪の冷たい重み。 妃二十人のドロドロした環境、底の知れない旦那様、そして何を考えているか分からない淡白な使用人。 「……まぁ、なんとかなるか」 枕に顔を埋め、深く息を吐きながら目を閉じる。 とんでもない場所に嫁いでしまった自覚はあれど、長旅の疲労には勝てず、俺はすぐに深い眠りの底へと落ちていった。

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