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危険なキス

「なぁ、先生、起きてる?」 「え? あ、はい。起きてますよ。どうしたんですか? 眠れない?」  その時、寝室の扉がゆっくり開き大河がひょっこり顔を出す。 「入ってもいい?」 「……どうぞ……」  突然どうしたのだろう……。夏目が大河のことを目で追うと、布団の近くにしゃがみ込む。それから何をするでもなく膝を抱えて黙り込んでしまった。心配になって顔を覗き込めば、拗ねたような寂しそうな表情をしている。まるで子供みたいな態度に最初の頃は戸惑ったけれど、今は愛おしく感じてしまう。 「八神君、どうしたんですか?」 「…………」 「八神君?」  頭を撫でてやろうと手を伸ばせば、その手を勢いよく掴まれてしまう。あまりの力強さに思わず顔を顰めた。 「先生、眠れないからここで寝ていい?」 「え? ここで? でも布団一組しかないですよ?」 「別にいい。くっついて寝れば問題ないでしょう?」 「いや、問題しかないでしょう? 絶対に駄目です!」 「なんでだよ?」 「当たり前でしょう? 僕は教師で、君が生徒だからです」 「なにそれ、くだらない」  大河に食ってかかっても気にする様子などなく、夏目の布団の中に入り込んでくる。 『大河は一度言い出したことを絶対に曲げませんから』  宗次郎がよく言っていた言葉を思い出す。まったくその通りだ。力任せに押し出そうとしてもびくともしない。 (はぁ……困ったな……) 「先生あったかい」  大河は夏目に体を寄せて今にも眠ってしまいそうだ。今更何を言ってもこの部屋を出ていくことはないだろう……諦めた夏目が横になれば、大河がギュッと抱き着いてきた。 (ちょ、ちょっと待って! ヤバイ、これはヤバイ!)  男二人が一組の布団を使うのだから、寄り添って寝なければならないことはわかっている。  それにしても、この距離は近すぎだ。薄いトレーナー越しに感じる大河の体温や、首筋に感じる吐息。それに、隙間なく寄り添えば夏目も男だ……下半身が熱くなるのを感じる。口から心臓が飛び出してきそうで泣きたくなってしまった。  ドクンドクン……。  静かな寝室に響き渡る鼓動が、どうにかバレませんようにと祈ることしかできない。ギュッと目を閉じて全身に力を込めた。 「先生……目、開けて? 俺のほうを見てよ?」 「でも……」 「夏目……こっち見て?」  突然名前で呼ばれた夏目は、恐る恐る目を開く。「年上を呼び捨てにするなんて何事だ」そう指摘する余裕なんてない。  視線の先には今にも泣きだしそうな顔をした大河がいた。絹のようにきめ細やかな肌に、長い睫毛……赤く色付いた唇が妙に艶めかしく感じられる。恥ずかしくて思わず視線を逸らした。 「俺さ、夏目といるとホッとするんだ。夏目は優しいし、可愛い」  頬を大きな両手で包まれて強引に視線を合わせられる。色素の薄い綺麗な瞳に吸い込まれてしまいそうだ。 (なんて綺麗なんだろう)  改めて惚れ惚れしてしまう。 「夏目……」 (あれ……なんだ、これ……)  そう考える間もなく大河の顔が近付いてきて、夏目の唇にふわりと柔らかなものが触れた。 「え?」  一瞬の出来事に頭の中がショートしてしまった。今夏目が、自分自身に起きている状況を把握することは難しいかもしれない。なぜなら、自分の身に何が起きたのかが全く理解できないのだから……。 (は? え? もしかして僕、今、大河と……) 「おやすみ、夏目」 「おやすみ、なさい……」  自分の胸に顔を埋め眠りにつく大河を呆然と見つめた。  つい先程までうるさくて仕方がなかった鼓動が、止まってしまったような気がする。このまま死んでしまうのでないか……夏目はそんな恐怖を感じていた。 ◇◆◇◆  翌朝、夏目が目を覚ました時には大河はいなかった。室内に人の気配はないから、もう出かけてしまったのかもしれない。「朝食くらい食べさせてあげたかった」そう思いながら体を起こした瞬間……。 「あ、そう言えば……」  ハッと我に返り両手で口を押えた。昨夜もしかしたら大河と……カァッと全身が熱くなる。夏目は同性とキスをするのなんて初めてだったけれど、全く抵抗なんて感じなかった。初めてキスをしたときのようにドキドキして、叫びたくなる衝動を必死に堪える。  しばらくの間一人で盛り上がっていたが、少しずつ冷静さを取り戻していった。 (もしかしたら寝ぼけていただけで、あれは夢だったのかもしれない。それか遊び慣れている大河にからかわれただけとか……)  そう思えば、一瞬で心が冷めていくのを感じる。温かくて柔らかかった唇も全部、推しを目の前に舞い上がっていた自分が見た、愚かな幻想。 「あぁ、きっとそうだ。大河が僕にキスなんてするはずがない」  大きく息を吐いてから、重たい体を起こしリビングに向かう。やはり大河はすでに出かけてしまっているようだ。顔を合わすことに抵抗があった夏目はホッと胸を撫で下ろす。推しにくだらない妄想を抱いてしまったことで罪悪感に苛まれた。  そもそも夏目はゲイではない。今までお付き合いしてきたのも女の子だけだ。そう考えれば、やはり『推し』と『恋愛』は別物なのかもしれない。それでも、あのキスが夢の中の出来事で終わってしまうことが寂しくもあった。 (本当に、大河は僕にキスしたのかな?)  真実を知りたい自分と、このまま有耶無耶で終わらせたい自分がせめぎ合う。 「やっぱり苦しい」  夏目は洋服の胸元をギュッと掴んで蹲った。  

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