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推しに秘密を知られて

 艶っぽい声でそっと耳打ちされれば、全身の毛が逆立っていくような感覚に襲われる。甘い雷に打たれたかのように全身を電流が駆け抜けていって、耳が焼けるように熱くなった。 「僕、知ってるんです。先生が僕たちのぬいぐるみを抱き締めて寝ていたのを……」 「……え? じゃあ、あの時僕の部屋に入ってきたのは……」 「僕です。勝手に入ってすみません」   ──全てが終わった……。GAME OVER……。  目の前が真っ暗になる。一番知られたくなかった推しに、真実を知られてしまった。  きっと「キモイ」「ウザい」と失望されてしまう。アラサーの男がぬいぐるみを抱いて寝ていたなんて……白い目で見られても仕方がないだろう。わかっているからこそ、知られたくなかったのだ。  足が小刻みに震え出す。このまま宗次郎を突き飛ばして逃げ出してしまいたかった。そんな夏目に、宗次郎が更に追い打ちをかけてくる。 「先生は僕たちのファンなんでしょう? 前にスーツのポケットに、ファンの間では入手困難って言われているボールペンが刺さっていましたし」 「あ、あれは……」 「あのレアグッズを持っていて、僕たちのぬいぐるみを抱いて寝ていた。これって偶然なんですか?」 「…………」  夏目は何も言い返すことができず、宗次郎を見つめた。あまりの恐怖から今すぐにでも視線を逸らしたいのに、それができない。まるで催眠術にでもかかってしまったかのようだ。目の前が涙でユラユラと揺れて、宗次郎が滲んで見える。 「先生は僕と大河、どっちが好きなんですか?」 「え? 何言って……」 「だって、先生は僕たちどちらかのぬいぐるみじゃなくて、僕たち二人のぬいぐるみを抱いていた」 「そ、それは……」 「両方好きっていう回答はなしですからね」 「ぼ、僕は……」 「先生、僕のほうが好きだって言ってください」 「ちょ、ちょっと、待って……あッ」  首筋に熱い唇を押し当てられた瞬間、ピクンと体が跳ね上がる。宗次郎が触れた部分がジンジンと熱を持っていった。 「先生は本当に優しいです。ご飯を作ってくれたり勉強を教えてくれたり。今日だって先生のほうが疲れた顔をしているのに、僕の為に料理まで作って待っていてくれた。僕、めちゃめちゃ嬉しかったです」 「本宮君……」 「もし僕のファンならば……」  微笑みながら夏目の髪をそっと撫でてくれる。その手つきは、まるで宝物に触れるかのように優しい。宗次郎の顔が少しずつ近付いてきて、温かな吐息が頬にかかる。夏目はただ何もできず、肩で息をしながら宗次郎を見つめた。 「お礼は体で払います」 「体、で……?」 「僕、男とエッチなことしたことないけど、先生は可愛いから大丈夫そう。ううん、むしろ先生とエッチなことしてみたい」  腰に腕を回されて骨が折れてしまうのではないか、というくらい強く抱き締められる。窒息しそうなくらいに苦しくて、心臓が張り裂けそうなほど痛い。動悸がして目の前が霞んで見えた。 「先生の体に触っていい?」 「あ、あ……ヒャッ!」  首筋をペロッと舐められただけで腰が抜けそうになる。その場に崩れ落ちそうになるのを宗次郎が支えてくれた。 「可愛い」 「あ、あぁッ。嫌だ、やめてください!」 「なんで? 先生気持ちよさそうですよ」  ゴツゴツした男らしい指が、夏目の体を探るかのように這い回る。こんなこと絶対に駄目なのに、許されるはずがないのに……体に力が入らず、されるがままになってしまう。 (なんでこんなに手慣れてるんだよ? 僕の推しはエロ過ぎるだろう……)  全身に力を込めてギュッと目を瞑る。  駄目だ、流される……そう思った時、リビングの扉の開く音がして誰かが入ってくるのを感じた。弾む呼吸を整えながらその人物に視線を移す。涙で視界がぼやけているが、明らかに激昂した大河が立っていた。 「八神君……」 「何やってんの? 宗次郎」  顔を真っ赤にして目を吊り上げている。「ふーふー」と荒い呼吸を繰り返し、今にも殴り掛かってきそうな雰囲気だ。そんな大河を見て夏目は思わず息を呑む。  大河は我儘で口は悪いが、こんな風に感情を露わにすることはない。夏目は、こんなに怒り狂う大河を初めて見た。 「何をしているか聞いてるんだよ、宗次郎」 「なんだよ、もう帰ってきたのか」 「うるせぇよ。夏目に何してたか聞いてんだよ? 泣きそうな顔してんじゃん」  怒気をはらむ大河に宗次郎は全く動じる様子などない。大きく息を吐いてから名残惜しそうに夏目から体を離した。 「特に意味はない。ただの悪ふざけだよ」 「悪ふざけ?」 「そう悪ふざけ。今は、ね」 「はぁ? お前、殴られてぇのかよ?」 「そんなにイライラすることないだろう? 夏目先生はお前の恋人じゃないんだから。嫉妬深い男は嫌われるよ」 「うるせぇよ! さっさと夏目から離れろ!」 「はいはい、わかりましたよ」  クスクスと意味深な笑みを浮かべながら、宗次郎は夏目の傍を離れていく。 (怖かった……)  安堵した途端、体に力が入らなくなってしまう。深呼吸を繰り返して荒い呼吸を整えた。  (落ち着け、落ち着け、僕……)  ふと我に返るとグツグツと鍋が沸騰する音に、何かが焦げる匂いが鼻をつく。夏目は一気に現実に引き戻された。 「あ、親子丼忘れてた!」   慌ててクッキングヒーターのスイッチを止めたのだった。

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