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最終話
大学入学数日前。
大荷物は既に引っ越し先にあり、綾太は最後の手荷物を持って青果店を出た。
時刻は夕方五時少し前、夜の営業が始まる前の林さん宴、それに木場の美容院、他にも世話になった店舗を回り、最後にClairに立ち寄ると岳が見送ってくれるというのでアーケードの出入口まで一緒に歩いた。
別れの時間が近付いていることを感じながらも綾太はいつもと変わらぬ口調で話す。
「俺結構パン買いに結に行ってて、加見結さんのお母さんともよく話するんですよ。それで、商店街離れる前に挨拶しときたいなぁと思って、加見結さんいつも他の店舗にいるから今日も居ないだろうなって覗いてみたら――」
綾太は話しながら商店街にあるパン屋「結」での出来事を思い出す。
「たまたま加見結さんが居て、あの人俺のこと見ると睨み付けてくるんですよ。だけど今日もお母さんに見つかって怒られてました。お客さんに対してその態度はなんだ! って」
思い返して笑うと岳が腕を叩いてくる。
「笑ってやるなよ。……しかし洋臣もいつまでお前のこと目の敵にすんだろな」
「目の敵にされるくらい全然構わないですけどね。岳さんは俺のだし」
岳の手首に触れ、するっと指を滑らせて手を繋ぐと岳がこちらを向くのが分かる。
「お前……日に日に堂々としてくるな」
「別にバレても構わないんで」
へへ、とはにかむと岳が呆れ顔のあとで手を握り返してくる。
夕方の商店街は人通りが殆どない。イベント以降休日昼間は賑わいを見せる日も増えたがやはり夜に向かうにつれ人は減る。
それなら次は大人限定の夜イベントはどうだろうかと考えながら握った手に力を込める。
「綾太がここに来てから毎日のように会ってたのに明日から顔合わさない日の方が多くなるなんてなー」
岳が繋いだ手をぶんぶんと振る。これならば誰かに見られてもふざけているだけだと思われるだろう。
「岳さん、寂しいですか?」
「別にー」
「寂しいんすね。俺も寂しいです」
「そう言うくせに随分と余裕そうじゃん」
岳が体ごとぶつかって来て綾太の体が揺れる。だけどそれくらいのことでよろけることはない。
横揺れの反動で岳の体を受け止めて二人して笑う。
離れ難いのは確かだ。でも休みの日には帰って来る。
岳も頻繁に訪れる予定だからと綾太の一人暮らしの部屋に自分用の歯ブラシから寝巻代わりの服まで置いていった。
不安はない。寂しさなら言葉に出した通りちょっとだけある。だからそれを埋めるように顔を合わせている時には沢山伝えると決めた。
「俺、日ノ入り前商店街に来て良かった。岳さんに出会えて良かったです。岳さん、大好き」
照れもせずに言って岳を見る。
「……俺もすげぇ好き。だから離れんのめちゃくちゃ寂しいよ。でもまた綾太がここに帰ってくんの待ってる」
「うん」
綾太から離れ再びアーケードの出入口を目指して一人歩き始めた岳は照れているのかこちらを見ようとはしない。
綾太は岳に追い付くよう歩き、彼の手を掬い上げて握る。
二人黙って歩いていると足元が段々と明るくなっていく。
商店街の中まで夕陽が差し込んでいるのだ。
「すげぇ……綺麗」
「ああ、日が落ちる前に来るとアーケードの中まで光が差してくんの。秋と今頃が一番綺麗に見えんだよ」
岳から聞いて「そうなんだ」と呟く。
この時間帯に意識して夕陽を見ることなどなかった綾太は知らなかった。日が暮れる前の光がこんなにも美しいことを。
「日ノ入り前商店街の名前の由来だよ」
隣に目を向けると岳の全身が淡いオレンジ色に包まれている。
呼吸を忘れるほどに魅入る。
綾太はこの日を一生忘れないだろう。
これから生きる未来でどんなことが起きようとも、今日、この時、美しい風景の一部となった岳を思い出せば何だって乗り越えられる。
例えひと時、繋いだ手を離しても夢を叶えてきっとまたここに戻って来る。岳の元に――。
「じゃあ行って来ます、岳さん」
アーケードから一歩踏み出す。夕陽は未だ二人を照らし続ける。
少し歩いて岳と商店街を振り返り見ると綾太は大きく手を振った。
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