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第2章 帰れない、帰らない 第2話
長い道のりを、時々馬を休ませながら東へ進む。リナといろんな話をした。彼女は十六の時、騎士と伝令の役割を与えられたのだという。今は十九だと教えてくれたけど、僕よりずっと大人だ。
「これから行くところは、もともと私の家族が暮らしていた町なの。私が二歳の時、両親がお城勤めになってね」
「それで引っ越してきたんだね」
「レオは、前にどんなところにいたのか聞いてもいい? 別の世界から来た人なんだってことだけは知ってるけど」
それが周知の事実だということに最初は驚いたけど、もう慣れた。ラトゥリオ様と同じで、誰一人疑っていない。僕が、異世界からやってきた人間だということを。すんなり受け入れてもらえたのは嬉しいけど、これもまた大きな謎だ。
「そうだなあ、ここと似ている点が多いんだ。一日は二十四時間だし、食べ物も気候もそっくり。もちろん、違う点もたくさんあるよ。向こうは、空に浮かぶ衛星が一つだけだとか、世界が二百近くの国に分かれているとかね。あ、あと森にドラゴンはいない」
「一匹も?」
「物語の中では大活躍しているけどね。妖精も同じ」
「じゃあ、王様の念を込めた特別なマントなんていうものも」
「うん、現実には存在しない。あ、そうか。君は」
「ええ。私も魔力を発動できるタイプの人間なの」
だから、僕のマントがどういうものか、感じ取ることができるんだ。
「そっかぁ。でもきっと、こっちにはない素敵なものがいっぱいあるんでしょうね」
ドラゴンたちがいないのには残念そうな顔をしたけど、彼女の声は優しい。故郷を離れた僕を思いやってくれるのが伝わってくる。向こうでの僕の日常や、車や飛行機などのことも話した。リナは驚いたり感心したり、鈴を振るような声で笑ったりした。ラトゥリオ様が彼女と一緒に出かけるように言ったわけが、何となく分かる。元の世界について誰かと話すのも、僕にとって大切なことなんだ。
同じように時間が流れているのなら、僕はもう十日も向こうを留守にしている。家族はどうしているだろうか。心配させてるだろうな。元気だっていうことだけでも、伝えられるといいんだけど。こればっかりはなぁ。
空を見上げて、ふぅ、と小さく息を吐く。リナはお姉さんみたいな顔で僕を見ている。
「ねえ、レオ。陛下のこと……好き?」
「……うん」
伝えてはいないけど。
「好きってこういうことなんだなぁ、って……思ってる」
膝を抱えて、姉に甘える弟のような気持ちで白状した。尊敬とか、人間的にとか、それはもちろんだけど、それだけじゃない。恋愛という意味で、あの人が好きだ。こんな風に人を想ったのは初めてで、よりによって難易度が最上級だ。
「素敵ね」
「うん。ラトゥリオ様には感謝してる」
突然現れた僕をつかまえて、居場所をくれた。道に迷ったり、一夜の宿に困ったりすることもなく、初めから安全なところに置いてもらって。絡め取られた心。一生のうち、恋をする分量が決まっているとしたら、僕のは全部彼のものだ。そのぐらい惹かれているから、僕からも求めた。だけど彼にとって、あの行為は……。今も毎日くれるキス、抱きしめてくれる温かい腕……熱が引いたあとも朝まで閉じ込められて……それは、世界を守るためのもの。
「魔力にも、相性があるのかな」
「ええ、そうね」
「そっか……それだけでも、よかったよ。僕が役に立てることがあるなら」
あの人の近くにいられる理由が、ひとつでもあるなら。
舗装されていない街道。土と樹と、花の香りを含む風。信号も電線も見当たらない。電気は地中の設備によって送電されている。どこか牧歌的な風景の下に、ハイテクが詰まってる。僕の以前の感覚で言うなら、中世と現代が融合した景色。今は日常になりつつある。この先も、これが僕の日常であってほしいと、願ってしまっている。彼のそばにいたいから。片想いだとしても。
「……ん?」
リナが首を傾げた。
「レオ、あなた……いえ、あなたたち……」
「うん……。あ、そろそろ行こうか。日が暮れる前に、あと半分走らないと」
「え、ええ」
「大丈夫。ラトゥリオ様を困らせるようなことはしない。僕の務めをちゃんと果たすよ」
自分の言葉が胸に突き刺さる。好きだと口に出したことで、現実に直面した。彼女のせいじゃない、僕の気持ちの問題なんだ。
「話を聞いてくれてありがとう、リナ」
「いつでも聞くわよ。……ほんと、アリシアが言ってた通りね」
「え?」
「陛下の妹で、私のお姉さんみたいな人よ。今は遠くへお嫁に行ってしまったけれどね」「そのアリシア様が、何か言ってたの?」
二人とも再び馬に乗り、視線を合わせる。
「『お兄様はかっこつけてばかり』って、呆れてたわ」
「は?」
「行くわよっ」
僕の頭に新たな謎を吹っかけて、すみれ色の女騎士は軽やかに走り出した。
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