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第3章 ラトゥリオとアントス 第3話

 意識を取り戻したラトゥリオは、中央地域の王宮に戻っていることを知った。自分の部屋のベッドに寝ている。恐ろしく体が重いが、動けるようになっていることに驚いた。赤い光は消えている。部屋に異変の痕跡は見られない。 (あれから、どうなった……皆は……アントスは)  扉が開いた。両親だ。父は、母に支えられゆっくりと歩み寄ってきた。二人はベッドのそばに置かれた椅子に座った。目を覚ました息子を見て、父は頷き、母は涙ぐんでいる。 「父上……お体がお悪いのですか」  何日眠っていたものか、声が出しにくい。 「まさか……あの時におけがを?」 「そういうわけではないが……」  母は、ラトゥリオに水を飲ませ、王の分もグラスに注いで脇のテーブルに置いた。 「いろいろ、聞きたいことがあるだろう。言ってみなさい」  それに答える形で話すから、ということらしい。 「では……あれから、どのくらいの時間が経ったのですか」 「一週間だ」 「今はどのような状況ですか」 「安定したよ。空間の裂け目も塞がった。地や海、河川の乱れは、大地の力や水の力を持つ者、それに中和の力を持つ者たちが元に戻した。ほかの者たちも助力してな。丸二日かかったが、皆、普段の暮らしに戻っているよ」 (助力……それで、か)  頑健な父が、魔力を使いすぎたことによって衰えている。母も、気丈に振る舞ってはいるが相当苦しいはずだ。二人は、持って生まれた風の力と中和の力を使い果たしたのだ。  中和の力は魔力の暴走に対抗するためのものだ。日常で使われることはない。幼い頃に「この子は中和の力の持ち主である」と確認されれば、それっきりだ。人によっては、ほかの魔力も併せ持つ。  王家の慣習として、国王夫妻のいずれか一方は中和の力の持ち主であることとされ、受け継がれてきた。どの種類の魔力にも効果が生じるわけではなく、相性がある。ラトゥリオは風・火・水・大地のすべての資質を備えており、発動は控えているが稀に見る強力な力を秘めていると言われてきた。暴走と相互作用が生じた場合の対処法は、未知の領域であった。  もしも自分の力が暴走したら、何をもって止めればよいのか。王子は古今東西の文献に当たり、対策を探った。古い伝承の中にその記述を見つけたのは、十五の時だった。   伝承といっても、その部分は荒唐無稽な物語としか思えなかった。四種の魔力を授かった者に対し、力の相性がよい親子の関係ならば、通常の発動と同じ要領で効果を発揮する。それ以外の場合は、中和の力を肉体をもって受け取るほか方法がない。異性ならばこう、同性ならばこう、と詳細な記述があり、刺激が強すぎて閉口した。苦笑と共に書棚の奥深くにしまい込んだ。読んだ内容は、誰にも言わなかった。  結局、自分が気を付けてさえいれば抑えることはできるはずだ。王子は心身を鍛え、魔力を徹底的にコントロールした。アントスに対して芽生えた想いを自覚すると、時々、あの文献の行為が頭を掠めた。彼以外とそのような行為に及ぶことは考えられなかった。 (俺は、もっと調べるべきだった。暴走を抑える術だけではない……何によって暴走が引き起こされるのかを、知らなくてはならなかった。それを怠った結果がこれだ……)  たとえ、この世のどこにも書かれていないとしても、探し続けるべきだったのではないか。激しく自分を責めた。 「父上……母上」 「そんな顔をする必要はない……と、言ってやりたいがな。見ての通りだ。私たちに残された時間は少ない」  どれほど詫びても、世界が落ち着きを取り戻しても、流れ出てしまった命を食い止めることはできない。今は繰り言を述べず、事態を把握することが王子としてやるべきことだった。 「皆は……どうしていますか。死傷者は……」 「私たちのように限界に達して、時を待つばかりの者もいれば、わずかに魔力が残った者もいる。魔力を持つ者の割合は、人口の五割から……そうだな、三割ほどに減るだろう。崩壊を直接の原因とする死者は確認されていない。負傷者は多いが、いずれも軽傷だ」  悲惨だ。世界を安定させるためにと、常とは異なるやり方で力を用い、命を縮めた者たちがいる。ラトゥリオは、最も気にかかっていることを口にするのが恐ろしかった。 「死者は……今は、まだ出ていない、と?」 「そうだ」 「行方知れずの者は……」  両親は顔を見合わせた。これが、「確認されていない」の意味するところなのだろう。未確認とは、どこにいるか分からないというだけのことだ。既に死んでいる可能性もある。 「空間の歪みに巻き込まれ、姿を消した者が一名報告されている」  名を問うと、代々王家に仕えてきた家の出で、ラトゥリオにもアントスにも兄のような存在だった、ある騎士だった。 「彼が……」 「ああ。その直後、空間の崩壊は徐々に終息に向かい始めた。この先、彼が見つからなければ……中和の力を持つ者はこの世にただ一人、我が娘にしてお前の妹である、アリシアのみとなる」  妹はまだ十二歳だ。それ以前に、例の文献にあった手段を肉親相手に行使できるはずもない。父の言葉は、ほかの者たちが中和の力を使い果たしたことを示していた。ラトゥリオを止められる者は、もういないのだ。

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