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エピローグ
俺とカインがカスパダーラへ発つことになったのは、それから三か月ほど後のことだ。
この三か月は、俺が生まれて初めて本気で政治というものに向き合った時間だった。
俺とカインはまず、防衛意見書を作成して宮廷議会に提出した。
作成にあたっては、父上や兄上、軍事や外交に詳しい学識者だけでなく、辺境軍に在籍経験のある騎士や、さらにはクラウス翁からも意見を聞いた。
意見書で訴えたのは、カスパダーラを攻めて領土とするのではなく、正式な安全保障条約を結び、ルヴァール帝国と接する国境をフィアリスとカスパダーラの両国で守ることだ。
条約に基づき、カスパダーラ王国の了承を得たうえで、フィアリスの騎士団の一部を同国内に常駐させる。
もちろん、カスパダーラをフィアリスの領土にするわけでもなければ、カスパダーラ国王を辺境伯扱いするわけでもない。あくまで対等な同盟関係だ。
駐屯軍の運営費については両国で負担し、カスパダーラ側の財政負担を補うため、同国に眠る鉱脈について民間レベルで開発を支援する案も盛り込んだ。
フィアリスの商人たちが出資し、採掘技術を持つ職人や道具を送り込む。現地の者を雇用し、得られた利益はカスパダーラと出資した商人たちとで分配する。
国が豊かになれば、カスパダーラ自身の軍を育てることもできる。
そのため、安全保障条約の期限はひとまず十年とした。
隣国が軍事力を増すことは、我が国にとって危険なことでもある。
その対策としては、カスパダーラから積極的に留学生を受け入れ、文化交流や交易を通して両国の絆を深めていく。
そして、もし本人たちの意思が合えば、王女である妹とカスパダーラの王族との婚姻も、両国の関係を強める一つの方法になるだろう。
この話をしたとき、妹のサラは最初こそ泣いて嫌がったが、条約が成立した暁には俺も外交官としてカスパダーラへ赴任するつもりであることと、カスパダーラの王子はかなりの美形らしいという噂を話すと、「国のためなら考えないでもない」くらいのところまでは譲歩してくれた。
「結局、軍を送り込むことに変わりはないではないか」
宮廷議会ではそう反論された。
当然、カスパダーラからも同じ疑念を向けられるだろう。守るという名目で軍を入れ、いずれ国を乗っ取るつもりではないのかと。
だから、条約にはいくつもの条件を加えている。
駐屯させる兵の数や場所をフィアリス側だけでは変更できないこと、駐屯軍にはカスパダーラの行政や徴税に介入する権限を与えないこと、現地の民を強制的に徴兵しないことなど。
もっとも、これはまだ叩き台に過ぎない。
最終的な条件は、カスパダーラとの交渉によって決めることになる。
意見書には書かなかったが、条約が締結された暁には、条約期間の十年間、俺自身を外交官としてカスパダーラに赴任させてほしいという希望も議会で伝えた。
向こうからすれば、フィアリスの王子が国内に滞在することは、ある意味、人質を預かるようなものだ。こちらに侵略の意図がないことを示す、多少の安心材料にはなるだろう。
意見書に基づき、カスパダーラへ特使団を送ることが決まり、俺は王族代表として、カインは特使団を護衛する護衛隊長として同行することになった。
出立の日。
城門前には、馬車と騎馬隊が長い列を作っていた。
「随分な大所帯になったな」
いつの間にか隣に来ていたカインが、隊列を眺めながら呟いた。
新しい軍装を身につけた彼の胸元には、銀の徽章が輝いている。
銀の徽章は、副団長級の地位を示すものだ。トーナメントでの優勝とこれまでの功績が認められ、カインはその地位へ昇進した。
今は俺の側近だが、条約締結後の駐屯軍の司令官は、彼をおいて他にいないだろうと目されている。
「仕方ないだろ。兵だけ連れて行ったら、本当に占領しに行くみたいじゃないか」
今回の特使団には、鉱山を視察する商人たちも同行している。
そのせいで大所帯になったが、その分、馬車には我が国のありとあらゆる産物を手土産として積み込んでいた。
「もういっぱしの外交官らしいことを言うようになったな」
「やめてくれ」
即座に顔を顰めた。
「今でも政治なんか嫌いだ。俺は十年頑張ったら、隠居して田舎でのんびり読書三昧するって決めてるんだ!」
カインはただニヤニヤと頬を緩めるのみで、何も言わない。
――そんなことを言って、どうせまた色んなところに首を突っ込むんだろ。
そう言いたげな訳知り顔にむかつき、腹に軽くパンチを見舞ってやった。
腹筋が鋼鉄の男は、当然、痛くも痒くもなさそうだったが。
「殿下、そろそろ」
オトマーに声をかけられ、俺は「あぁ」と返事をした。
騎馬で行くカインとは、しばし別れることになる。
「エド。俺はどこでもいいぞ」
馬車へと足を向けようとしたところで呼び止められ、俺は「ん?」と顔を上げた。
「カスパダーラでも都でも、田舎でも、どこでもいい。お前がいるところに、俺もいるだけだから」
耳元で囁かれ、顔が熱を持つ。
二発目のパンチを見舞おうとしたが、カインはひらりと身をかわした。そのまま俺から離れ、馬車の前に控えていた馬へと歩み寄ると、軽やかに跨った。
その姿を見て、「やっぱ俺の推し、かっけー」と心の中で歓声を上げるくらいには、まだ「恋人」という関係に慣れていない。
馬車へ乗り込む直前、俺はなんとなしに城を振り返った。
『守りたい者が生きている間は、貴方にとってこの国は、まだ守りたい国であるはずだ』
いつか自分がクラウス翁に言ったことを思い出した。
大好きだった物語の世界は、もうここにはない。
大好きな人たちがいる世界。
それを守れる立場にいることを、今は嬉しく思っていた。
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