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第23話 再会

 それまで悠々と空を巡っていた天翔(てんしょう)が不意に、ピィイィ、ピィ、と、啼き声を上げた。 「天翔、どうした?」  それはどうやら警戒音のようだ。令雅(れいが)が瞬時に表情を引き締めた。詩鸞(しらん)の手の中にあった手綱を取ると、鋭い眼差しで辺りを見回す。 「妖魔、ですか?」  詩鸞が後ろを振り向くようにして問うと、わからん、と、短く答える。その金茶の(ひとみ)は油断なく地上を見下ろしていた。 「すこし高度を下げるぞ」  言うや否や、手綱を引く。令雅のその動きに呼応するように、天翔が降下をはじめた。  (こずえ)の先近くまで下りると、その高度を保ったままで、そのあたりを飛ぶ。令雅は地上を探っているようだ。  ここは森の中とはいえ、京城(みやこ)を守る郭壁(へい)からそう遠くない。灌木(かんぼく)地帯との境目あたりである。もしも妖魔が出ようものなら、それは重大な危機になりうる事態だった。  令雅の纏う気配はひどく張り詰めたものになっている。  詩鸞もつられて身を固くした。  がさ、と、下草を踏む音がする。  令雅が息を呑む。腰の剣に手をかけ、ちら、と、詩鸞のほうを見た。  わかっている。詩鸞を伴ったこの体勢では、詩鸞が邪魔で、令雅は思うように戦えないだろう。かといって、いつ妖魔が現れるとも知れない森に詩鸞を降ろすわけにもいかない。それで令雅は厳しい表情をしているのだ。 「いったん郭壁まで戻るか」  このままここで戦闘状態に(おちい)るよりもそのほうがいい、と、令雅は結局、そう判断したようだった。再び高度を上げるため、手綱を引く。  そのときだった。 「…………令雅……?」  人の声だ。こんなところでどうして、と、詩鸞が思うよりも先に、令雅は(はじ)かれたように霊鳥をとめていた。天翔はその場を旋回する。 「……羽姫(うき)……? 羽姫なのか!?」  誰かの名を呼ぶように口にする。それとほぼ同時に、森の中から、ひとりの女性が姿を見せた。 「やっぱり、令雅なのね!」 「羽姫……」  令雅は信じられないというふうに彼女を呼んだ。  天翔を操って、ゆっくりと灌木地帯の地面へと降下させる。愛騎から降り、次いで詩鸞に手を貸して、天翔の背から降ろしてくれた。 「詩鸞、天翔の傍を離れるな」  そう言いおくや、令雅はすぐさま、森から現れた相手のほうへと駆け寄っていった。 「羽姫……おまえ、無事だったのか」 「なんとか、ね」  そんな会話が、すこし離れたところから詩鸞のもとまで届いてきた。詩鸞は無意識に、ふたりの交わす言葉に耳を澄ましていた。 「お前、いままでどうしてたんだ? みな、心配して……」 「ごめんなさい。太風(たいふう)の巣を見つけたんだけど、妖魔に襲われて……あなたの部下は、やられてしまったの。あたしも鳥を亡くしてしまって、それで戻れなかった」 「……それじゃあ……今日まで、森を彷徨(さまよ)って、徒歩で抜けてきたっていうのか」 「そうよ。時間はかかったけどここまで無事に戻ったんだから、褒めてちょうだいな」  令雅が羽姫と呼んだ女性は、えへん、と、胸を張った。  妖魔の跋扈(ばっこ)する森を単身で抜けてきたためだろう、着ているものも、肌も髪も、すっかり汚れてしまっている。けれども、それすら気にさせないほど、華やかな美貌の女性だった。  月光下にも、深紅らしいつややかな髪が美しい。年齢は、詩鸞と同じか、すこし上といったところだろうか。 「それにしても、こんなところであなたに会えるなんて……ううん、むしろ郭壁の外で()うなら、京城衛将軍のあなたをおいてほかにないかしら? ――それにしたって、令雅……あなた、その(あざ)はなんなのよ?」  彼女は怪訝(けげん)そうにした。 「ああ、これか。おまえが消息を絶ったあと、京城近くにに太風が現れたんだ。そのときに……」  令雅が自分の腕を見ながらそう説明しかけると、羽姫は、は、と、息を呑んだふうだった。 「まさかあなた……太風を倒したの?」 「いや、討ち損じた。返り血を浴びたらこうだ。どうも呪詛(ずそ)らしいが」 「ああ、そうだったの。――太風の血には、すごい力があるって言うものね」  羽姫は、ほう、と、吐息しながら言った。  相手のその言葉に、令雅は、ぴくり、と、凛々しい眉の片方を持ち上げたようだ。 「……どういうことだ?」 「あら、知らない? 皇家には言い伝えがあるじゃないの。――太風の血を得る時、鳳凰(ほうおう)を得る……鳳凰は、帝位の暗喩とも考えられるわよね。太風の血にどんな力があるのかはわからないけれど、生け捕りにした者は帝位すら得られるって、伝承……それもあって、太風を放置するわけにはいかないのよ。誰とも知れない者に渡すわけにはいかないから。――ちがう?」  問われた令雅は、しばし、不自然に沈黙した。  その間、詩鸞は天翔の(かたわ)らから、ふたりの遣り取りを眺めていた。  彼女はいったい誰なのだろう、ふたりはどんな関係なのだろう、と、思う。  令雅と羽姫とは、対等に、かつ、ごく親しげに会話を交わしているように見えた。その様子に、詩鸞はなぜか気後れするようなきもちになった。  たのみない気分のままに、無意識に、するりと天翔に身を寄せる。  ちら、と、令雅がこちらに視線を向けた。詩鸞の様子に目をとめると、女性に手を貸しつつ、ふたりでこちらに戻ってくる。 「詩鸞、ひとりにして悪かった」 「いえ……平気です」  言いつつ、詩鸞は女性のほうに、うかがうような眼差しを向けた。 「ああ、こいつは……(しゅ)羽姫(うき)だ」  どうしてだか一瞬躊躇(ためら)ってから、令雅は彼女の名を教えてくれた。 「太風を追って、そのまま行方(ゆくえ)知れずになっていた監察使のはなしをしただろう。それが、彼女なんだ」  令雅が先日、いとこなのだと言っていた相手である。女性だったのか、と、詩鸞はぼんやりとそんなことを思った。  そういえば令雅は、消息不明となっていた監察使の性別や年齢などには、言及していなかった。それなのに詩鸞は勝手に、同年代の青年監察使を想像していたのだ。  それが妙齢の女性だったものだから――……すこし、意外に思っただけ。  この胸のもやもやとした感じはそのせいにちがいない、と、詩鸞は己に言い聞かせるようにして、着物の(えり)のあたりをきゅっと掴んだ。

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