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第29話 成就の時*

 身体の奥に熱がともる。  その熱が、これは現実だと教えてくれる。  何か言いたいのに、言葉がうまく出てこなかった。詩鸞(しらん)はくちびるをわななかせる。  想いは涙になってあふれこぼれる。  こちらの肌に移った(あざ)は、じんわりとにじみ、やがて鳥のかたちに成った。  プゥルゥグィ、プゥルゥグィ、と、(ほほとぎす)()く。  不如帰(かえるにしかず)、と、ひたすらに繰り返す。  帰るに如かず、帰るに如かず――……なによりも、帰りたい、と。なによりも、帰ってほしいのだ、と。  胸が熱くなって、詩鸞は令雅(れいが)の背中を抱いた。  ぎゅう、と、力を()める。必ず帰ってきて、と、そう願う。  応えるように、口づけは深くなった。 「ん……んぅ、っ……」 「……泣くな」 「だって」 「泣かないでくれ」 「……ん……」  泣き濡れた詩鸞の(まなじり)に口づけながら、令雅は詩鸞の身体をまさぐった。  節ばった指が肌を()う。なにかを確かめるように、ごく丁寧にふれる。  令雅の痣が詩鸞の全身に移って、肌のそこここが、どうやら赤黒く染まっているらしい。令雅はそのひとつひとつにくちびるを這わせ、指でなぞっているようだった。 「ん……ぁ、っ」  触れられたところが熱くて、思わず声が()れてしまう。背中がぞわぞわした。このまま、とろりと()けてしまいそうだった。  頭の中が、ぼう、と、(かす)む。  視野がぼやけるのは、熱に眸が潤んでいるせいだろうか。 「あ……あ、んっ」  詩鸞は経験のない甘い熱に侵され、すこしこわくて、ぎゅっと目を(つむ)った。  気付いた令雅が伸び上がって、詩鸞の眦にそっとくちびるを触れさせた。青銀の房がまじる前髪を、その手指がやさしく()いた。 「ごめん」  額と額をあわせるようにして、間近で見詰めあいながら令雅が言った。  詩鸞は、ふるふる、と、ちいさく(かぶり)をふった。腕を伸ばして令雅の首の後ろにまわし、相手をやわらかく抱き込んだ。 「……あやまら、ないで……これは、わたしが、選んだこと……」  詩鸞は、ふ、と、口許をゆるめて言ったが、令雅は眉を(ひそ)めていた。  それでも、やがて相手が詩鸞の足を抱え上げる。濡れたあわいに、固く張りつめた熱を押し当てられた。 「……ぁ……ゃ……」  ゆるゆる、と、こすりつけられる。  ぬく、と、先端がもぐりこむ。 「あ……あ……っ」  味わったことのない感触に、詩鸞はまたきつく目を瞑ってふるえた。 「わるい、詩鸞……すま、ない」  また()びの言葉を口にする掠れた声は、どこか泣きそうなそれにすら聞こえる。詩鸞がうっすらと瞼を持ち上げると、眉根を寄せた令雅の、(だいだい)まじり金茶の眸が詩鸞を間近から一心に見つめていた。 「ふ、ぅ、っ……あ、あやまらなくて、いい、から……ちゃんと、奥、まで……き、て」  言葉を継ぐ途中で、令雅がこちらに、ぐぅ、と、体重をかけた。令雅をくわえ込んでいる詩鸞のそこが、相手の熱のかたちに押し広げられたのがわかった。 「っ、あ、ぁ――……っ」  思わず腰が逃げをうつ。  でも、やめてほしいわけではなくて、だから令雅の背に腕を絡めて、ひし、と、抱きついた。 「詩鸞……詩鸞……っ」  熱っぽく耳許に名を呼ばれる。  そういえば、名前を呼んでめいっぱいかわいがって、大事なものは大事にできるときにそうしないと、と、そんな話をしたことを思い出した。 「れい、が……」  詩鸞もまた応えるように相手を呼ぶと、令雅は一瞬だけ息を詰めた。そして、ずる、と、彼のたかぶりが更に詩鸞の奥まで入り込んだ。  腹の中に、他人の熱を感じる。  深く、深く。奥までいっぱいに。  でも、そうやっていっぱいに満ちているのに、一方で、詩鸞の身体からは、何かが、すとん、と、抜け落ちたようだった。  奇妙な虚脱感がある。どこかたのみないきもちになる。  でも、後悔はしない。  じっと令雅を見つめると、応えるように、相手は詩鸞に口づけをくれた。  いま霧散したのは神気(じんき)だろうか。(やくそく)を破った代償だ。  でも、それでもいい。それで守れるものがあるなら、大切なものを諦めずにすむなら、もう、それで、構わなかった。  令雅はこちらに深く重ねる接吻をしながら、ゆさ、ゆさ、と、ゆっくりと腰を揺らめかせる。 「あ、あ、あぁ、あっ」  令雅のものが抜き差しされるたび、その律動に合わせるのように、詩鸞の口からは声が漏れた。 「ひ、あんっ……あっ、アァッ」 「っ、詩鸞、詩鸞……っ」 「あぁ、あ、んぁ、令雅っ、令雅っ、あ、ア、ッ、ふぅ」  ぐちゅ、くちゅ、と、淫靡(いんび)に濡れた音が、身体を通して響いてくる。あつい。あつい。たまらない。  詩鸞はふるえた。はっ、はぁ、と、熱い吐息を漏らしたところを、足を抱え直され、ぐぅ、と、深々と貫かれる。ずく、ず、と、熱く(たぎ)った令雅のものは、詩鸞の奥を(あば)きたてた。 「ぁ……ぁ……っ」  きゅう、きゅう、と、微細な(ひだ)が令雅の熱に絡みつく。相手の呼吸もまた、いつになく乱れて荒かった。 「っ、詩鸞……」  とちゅん、と、奥まで入れられる。 「詩鸞、詩鸞」  熱っぽく名を呼ばわりつつ、令雅は詩藍の腰を掴んで、詩鸞の中を幾度も掻き混ぜ、繰り返し突き上げた。 「あっ、あん、あっ、あぁっ、あっ」  奥をつかれると、そのたびに、頭の中が真っ白に塗り潰されるようだった。ごちゅ、とちゅ、と、固い熱に突かれ、ぐりぐりと捏ねられると、瞑った(まな)(うら)で、ちかちか、と、光彩が弾けるようだ。  未知の感覚がこわい。  怖くて仕方がない。  それなのに、ずるりと退かれると、突然の空虚に不安になるのだ。  だから、再び(ひだ)をこすりたてながら最奥へと入り込む令雅の熱いものを、詩鸞は、きゅうぅん、と、引きとめるように締め付けてしまっていた。 「く、ぅ」  令雅が切なげに息を詰める。 「も、う……っ」  (うめ)きつつ、ぐ、ぐ、と、奥へ押し込んで、(たく)しい胴震いをする。  中が熱い飛沫(しぶき)に濡れて、詩鸞はとろりとなった。ちかちかして、くらくらして、ぼう、と、なった。  身体の奥が熱い。  ()けて、ぜんぶが()い交ぜになって、我と彼とがいっしょくたになってしまったようだ。  そのぼんやりとした意識の中で、詩鸞はなぜか、大きな羽ばたきを聞いた気がした。  二頭の赤い巨鳥が互いに羽を打ち交わしている。(くちばし)を寄せあっている――……そんな幻想的な光景を見た気がした。

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