1 / 29
1. 金欠の僕、求人を探す
今月分の家族への仕送りも、要求額ぴったりで送った。
「エルくん、今月もがんばったねぇ」
「えへ、ええ、まあ」
すっかり顔見知りになった銀行員さんが、手続き終了の証明書をくれる。僕は苦笑いを浮かべつつ、紙切れを受け取って銀行を出た。
田舎にいる両親と弟妹たちは、元気だろうか。最近は金の無心以外、音沙汰のない家族たち。心配半分、うらめしさ半分で思いを馳せる。
遠征帰りのくたびれた身体を引きずって、報酬の何割かを実家へ送金する長男だぞ。こんな親孝行な子どもを持ったんだから、せめて感謝の言葉とか、ないのかよ。
このままだと、早期リタイアのための蓄えに手をつけなければいけない。それだけは、絶対に避けたかった。
だってあれは、僕が必死に稼いできた、キャリアの結晶だ。
身の丈ほどもある杖を引きずりつつ大通りへ出れば、あっという間に雑踏へ飲み込まれる。この街はヒューマンが多いとはいえ、他の人種もちらほら見かけた。
エルフの行商人の呼びかけを躱し、酒盛りをするドワーフの喧噪に耳を塞ぐ。多種多様な髪と目と肌の色の人々を掻き分けつつ、ギルドへ向かった。お腹が減ったけれど、お金は残り少ない。夜にたらふく食べて満腹で眠りたいから、昼ごはんは我慢しよう。
とはいえ、朝から何も食べていないから、人混みにもまれて足元がおぼつかない。背中から誰かの荷物に押されて、前のめりになる。杖をつくのが間に合わず、足がもつれた。
ごつん、と、頭が鉄板へとぶつかる。
「ったぁ……!」
いや、鉄板じゃない。鋼の鎧だ。
まだ衝撃が頭蓋骨の中で響いているけれど、とにかく謝ろうと顔を上げる。途端に、僕は、見惚れてしまった。
そこに立っていたのは、驚いたように目を見張った美しい男だった。鼻筋の通った顔立ちに、太陽の光を受けて輝く金髪。ヒューマンなのだろうけど、瞳も緑色だし、エルフの血でも入っているのかもしれない。
体格もたくましくがっしりしている。僕が思い切りぶつかったというのに、彼はびくともしていなかった。
頬は、少し赤らんでいる。怒っているのだろうか。
「なんだ、お前。詫びも言えないのか」
その口から、いきなり横柄な口調が飛び出してきた。反射的に「すみません」と謝る。彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
たしかに僕が悪いけれど、なんだ、その態度。僕は無性にむかっ腹が立ってきて、唇を噛んで俯く。
「不満でもあるのか」
それを目ざとく、金髪の男が咎める。僕はまだじんじんと痛む額を押さえて、彼を見上げた。よく見ればまだ輪郭には甘さが残っていて、目元はやわらかい。きっと僕より年下だろう。下手したら、まだ十代だろうか。
「……いえ。なにも」
ふうん、と興味なさげに視線をそらされる。恐らく相手は子ども、と僕は自分自身に言い聞かせた。こんなところで怒ったって、なんにもならない。
ここはひとつ、僕が謝る場面だろう。営業スマイルってやつを浮かべてやる。見ろよ、十三歳から現場で培ってきた十年物の社交能力を。
追加で謝罪の言葉を出そうと、男……青年? の目を見据える。彼は僕の顔をじっと見つめて、惚けたように口を開けていた。
「なあ。お前」
「はい」
「パーティーには入っているのか」
「は、はぁ」
いきなりなんだ。彼の身なりへ視線を走らせれば、どれも上等な装備ばかりだ。どこぞの上級パーティーのメンバーだろう。
恐らくジョブはファイター。背中に背負った大剣からして、攻撃の主力を担っているに違いない。しかも、たぶん十代で。
そんなすごそうな人が、僕にパーティーへの所属の有無を聞いている。詐欺だろうか。
「入ってません、けど」
「俺のところへ来ないか?」
はあ? と、怪訝な声が漏れた。絶対、ぜったい、詐欺だ! 僕みたいな(経験と実力はあるといっても)安上がりな装備ばかりの、いかにも低ランクですという魔術師へ声をかけるだなんて。じりじりと後退する。
彼は続けて何かを言いかけたけれど、僕はさっさと雑踏へ飛び込んだ。詐欺師の相手なんてしてられるか。
僕はヒューマンの男にしては背が低いから、すぐに紛れて見えなくなったことだろう。お腹がきゅうと鳴る。無性にみじめになったので、屋台で串焼きを一本だけ買った。
串焼きを食べ終えて、ギルドの扉を開ける。大きな街なだけあって、多くの冒険者たちで賑わっていた。メンバー募集の張り紙を探せば、何枚もの求人がボードに貼られている。重なるように貼られたそれらを掻き分け、目ぼしいものがないか探した。
何年か前にえら~い人の色目をかわして以来、僕は特定のパーティーへ所属しにくくなってしまっている。だからこそ、単発で、単価の高い仕事がほしい。
夢中になって漁っていると、急に周囲がざわめき出した。有名な冒険者でも来たのだろうか。今の僕は、そんなことより職がほしい。
背後ではいくつかの足音がひしめき、やがて、床を打つ金属板の音が耳についた。
「おい、そこのお前」
肩を叩かれる。驚いて「きゃっ」と声を上げると、またギルド内がざわめいた。
「あの『閃光のフェリ』が直々に声をかけるだなんて……」
「今あそこ、パーティーメンバー募集出してたっけ? もしかしてスカウトか?」
「いや。また、任務直前で脱退者が出たって話だ」
恐る恐る振り返る。思わず、あっと声が漏れた。
「さ、さっきの……ぶつかった……」
そこに立っていたのは、先ほど頭をぶつけてしまった鎧の青年だった。詐欺と思っていたけれど、どうやら、その筋では本当に有名人らしい。僕がこの街から離れた数ヶ月前に、こんな冒険者はいなかった。
となれば、短期間で名声を上げた大型ルーキーだ。
「何か御用ですか?」
僕がとってつけたような笑みを浮かべると、フェリと呼ばれた彼は「御託はいい」と切り捨てた。社交辞令だよ、と内心毒づく。
「お前、魔術師のエルだろう」
そうして杖を指さされる。反射的に引き寄せると、先端を掴まれた。
一本の杖を引っ張り合う形になって、僕は彼を見上げる。彼は顔をしかめて、「言いたいことがある」とふんぞり返った。
「お前がほしい」
「はあ?」
慌てて口をつぐんでも、もう遅い。だけどあまりにも、唐突すぎる申し出だ。
背筋をにゅっと伸ばして取り繕おうとしても、フェリは「『はあ?』じゃない」と不機嫌そうに眉間へしわを寄せた。
僕はしどろもどろになりながら、「ええと」と口ごもる。ここらで名の知られている人にスカウトされるだなんて、一体どんな状況なんだろうか。
「ど、どこかで僕の話を聞いたんですか?」
「ああ」
彼は重々しく頷く。どんなことを吹き込まれたのか、聞いてやろうじゃないか。僕が促すように頷くと、彼は「その」と口ごもった。
「腕のいいヒューマンの魔術師がいる、と噂で聞いた。とび色の髪で、小男で、どんな動きをしてもついてくる、と」
「はあ。僕の他にも、とび色の髪の小柄な魔術師くらい、たくさんいますが……」
小男とはなんだ、小男とは。胡乱な目つきで彼を見上げた。
高速詠唱が得意で、身のこなしが素早い。どんな動きをしてもついてくる。
たしかに僕は、たまにそう褒められる。けれど、同じようなことができる魔術師くらい、わんさかいる。腕前への自負はあるから、現状もらっている評価は、適切だと思っているけれど。
僕の返事があまり色よくないのに、相手は肩をいからせた。だけど、不思議と威圧感はない。
「そのっ、……とにかく、お前がいいんだ!」
フェリは、顔を赤らめてそっぽを向く。思わずぽかんと彼を見上げていると、かえって恨めし気ににらまれてしまった。なんでだろうか。
首を傾げると、「とにかく」と彼は咳払いをする。
「そう聞いている。お前、うちに来い」
「え、はい。はあ……」
僕の怪訝な反応に、彼は顔をしかめた。唇もとがらせて、不満だと言わんばかりの顔である。
負けじと睨み返すと、「とはいえ」と彼はまた咳払いをした。急に声がおごそかになる。
「うちは高ランク帯パーティーだ。受ける任務も危険なものばかりになる。その分、報酬は弾むが……」
「はぁ、なるほど。どれくらいでしょうか」
彼が口にしたのは、僕の年収を三倍にしたくらいの金額だった。
しかも、これが単発の仕事の報酬。くらり、と目眩がする。
「とにかく、これくらいは出す。しかし危険も伴うから……」
「話を聞かせてください」
噛みつくように即答する。まさに、僕が受けたいと思っていた条件そのものだったからだ。
多少怪しいからってなんだ。話をしっかり聞いて、ダメそうだったら契約書へサインしなければいいだけの話だ。
フェリはといえば驚いたような顔をして、僕をまじまじと見ている。
「……いいのか? これまでお前が受けていただろうものと、危険度は比にならないぞ」
この男、これまでぐいぐい来ていたくせに、案外心配性らしい。僕は「大丈夫です」と杖を軽く掲げてみせた。
「ちょうど、そんな感じの条件で求人を探していたところなので」
にこり、と笑ってみせる。このギルド内の雰囲気と装備を見れば、彼の実力のほどはなんとなく察せられた。きっと彼は、お金になる仕事を持ってきてくれるだろう。
彼はやっぱり頬を赤くしたまま、右手を差し出した。
「よろしく頼む。俺のことは、フェリと呼んでくれ」
僕が頷いてその手を握れば、ギルドのあちこちでため息が漏れる。大きくて、熱くて、少し汗ばんだ掌だった。
フェリは、しっかり僕の手を握り返す。何度か掌を上下させた後、「仲間たちのもとへ案内する」と歩き出した。
注目を浴びる居心地の悪さと、新しい挑戦への高揚感。僕は胸が高鳴るのを感じながら、フェリの後についてギルドを出た。
ともだちにシェアしよう!

