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22. 悠々自適の引退生活※R-18
支払われたドラゴン狩りの報酬は、全部実家への仕送りに回した。
これが最後の仕送りだと、手紙も添えて。
一度に、ざっくり二十年分以上のお金を振り込んだんだ。これで足りないようなら、自分たちで稼いでくれ。
そして残った貯金の中からお金を出して、とあるちいさな街の郊外に、家を買った。古い一軒家で、狭いけど庭付き。
ここが、僕の終の住処だ。
朝起きだして、いちばんにするのはパン屋へ並ぶことだ。焼きたてのパンを朝ごはんにして、食べ終わったら本を読む。
これまで必死で生きてきたから、趣味らしい趣味がない。目下、楽しめることを探している最中だ。
お腹が減ったらご飯を食べて、眠くなったら寝る。物足りなくなったら、ひとりで身体をいじった。
誰かとそういうことをしようと思って、酒場へ相手を探しに出たことはある。だけど最後の最後で勇気が出なくて、結局、えっちどころか、誰かとキスをしたこともない。
「ん……」
まだ日の高いうちから、ベッドの上で身体をまさぐる。乳首をつまむと、腰の奥がじんと痺れた。
香油の瓶を開けて、掌へと出す。四つん這いでお尻へ手を伸ばして、後ろの穴へ指をいれた。
気持ちよくなる一点を探して、指を動かす。
つい最近になってとうとう、お尻をいじるのに手を出してしまったのだ。
「……あっ」
変な声が漏れた。腰が跳ねる。指を奥へと進めて、ナカを広げる。呼吸がはずんで、枕へしがみついた。
激しく手を動かして、お腹のなかをかきまぜる。ひどい水音が立って、膝裏に力が入った。いきそう。
「っう、う~……っ」
身体が跳ねる。全身が熱い。股間はびしょびしょに濡れて、精を吐き出していた。
呼吸を整えるように、深く息を吐く。また吸う。
ベッドの上に寝転んで、くったりと全身の力を抜いた。頬を枕へ擦りつける。じっとりと、腰周りの肌が湿っていた。
どろどろの身体を起こして、浴室へと歩く。冷たいシャワーを浴びて、またベッドへ戻った。
このままの生活は、さすがにまずい気がする。
本を読んで、自慰行為をするだけの日々の繰り返し。
自分の中の何かが、腐っていく感覚があった。
僕が夢見ていた早期リタイアって、こんなんだったんだ。思ったより、いいものじゃなかったな。
仕事でも趣味でもいいけど、これ以外に何かしないと、いよいよ人間としてダメになってしまう。
衣服を整えて、昼食を食べがてら求人を見に外出する。
もう冒険者に戻るつもりはない。それなりに長く使っていた杖はもうないし、万が一にもフェリと顔を合わせたら気まずい。というか、顔を見たくもない。
彼と再会してしまったが最後、手放したはずの思いが復活しそうで、怖かった。
求人の張り出された掲示板をのぞく。食堂のウェイターの募集に、パン屋の店員を求める張り紙。冒険者ギルドの事務職は、給料がいいけど論外。いくつか厳選した求人のちらしを自宅へ持ち帰って、ゆっくり吟味する。
リーフェさんに声をかければ、孤児院の手伝いという選択肢もあるだろう。それも悪くないけど、あそこはフェリに知られてしまっている。
もしフェリが現れたら。現れて、くれたら。
どうやら僕は、この期に及んでまだ、フェリが追いかけてきてくれないか、なんて期待しているらしい。
あの時、病室に残っていたら。ちゃんと話し合っていたら。そんなどうしようもない後悔が浮かんでは消える。
フェリとはもう二度と、会うことはないだろう。しばらく経ったら、ちゃんと思い出になってくれるはずだ。僕もフェリの中に、思い出として残っているだろうか。
我ながら依存しすぎで怖い。このままでは、ろくなことにならない。
気持ちが重たすぎる。
気づけば、夕方になっていた。夕食を食べに外へ出る。
行きつけの食堂で配膳を待っていると、隣に座った男たちが何やらにぎやかに話していた。
「おい、聞いたか。あの『閃光のフェリ』がこの街に来るらしいぞ」
「へーぇ。あれだろ、ソロでめちゃくちゃ強い奴」
ぎくり、と身体が強張る。フェリは今、誰とも組んでいないのか。
それにほっとしてしまった、浅ましい自分がいた。
「何。そんな強い魔物でも出たワケ」
「向こうの山に、ドラゴンが出たんだと。それを狩りに来るんだってさ。しかも単騎で」
「え、単騎で? マジ?」
聞いたって仕方ないことなのに、意識がそちらへ向いてしまう。そっぽを向きながら、彼らの話へ耳を傾けた。
「マジマジ。もう単騎で、ドラゴンを三体も狩ったらしいぞ。バケモンだよな」
「ええ~、信じらんねぇ」
随分と無茶をしているらしい。信じられない。指先が冷えていく。
そんな戦い方をしていたら、本当に死んでしまう。誰か止めてあげてよ。仲間になってあげてよ。
「いやぁ。そんだけ強かったら、どれだけ儲かってんだろうな」
呑気に言ってくれる。
ちょうどその時、食事が運ばれてきた。それをかき込んで、お金を払って、足早に店を出る。
いてもたってもいられなくなって、魔術道具の売られている市場へ行った。新しい杖を買う。小型で取りまわしやすいやつだ。
「毎度あり~」
店を離れて、冒険者ギルドを目指して歩きだして。ここになってやっと、我に返った。
僕はもう、冒険者をやめたんだ。それに今、現場に戻ったって、もう勘と身体は鈍ってしまっている。
フェリについていけるはずがない。
それにフェリが、辞めろって言ったんだ。フェリは、僕なんかのこと、いらないんだよ。
「馬鹿だな、僕」
頭を抱える。もういらないって言われて、自分で逃げたのに、フェリのもとへ戻ろうだなんて。
そんな図々しいことしたって、どうにもならないのに。
もう帰ろう。それで、さっさと寝よう。
家へ帰ろうと、足を大通りへ向けた。
「エル」
聞き馴染みのある声だった。
目が真っすぐ、声の方向を向いた。
フェリが、立っていた。あの頃と同じように大剣を背負って、目を見開いて、立っていた。
その彼が、一歩踏み出した。端正な顔が歪んで、口を開く。
何て言われるんだろう。怖くなって、僕は大通りへと飛び出した。
「待て!」
よく通る声だった。必死で走る。なまった身体はあっという間に呼吸が苦しくなって、足がにぶる。
フェリは、すぐに僕を捕まえた。
「捕まえた」
その低く掠れた声に、心臓が激しく脈打った。顔を見られなくて俯くと、「エル」と咎めるような声で呼ばれる。
「どうしていなくなったんだ」
え、と間抜けな声が漏れた。顔を上げる。
フェリは顔を歪めていた。怒っているように見える。
「俺に何も言わずに、紙切れひとつだけで、どうしていなくなった……!」
「え。でも、きみが」
きみが、あんなことを言ったから、僕は冒険者をやめたんだ。
きみの隣にいることを、諦めたのに。
そのフェリは、今、僕が勝手にいなくなったことを怒っていた。
「……なんできみが、僕を責めるんだ」
ぽつりと呟く。フェリは怪訝な顔をして、「え?」と聞き返す。
だんだん腹が立ってきた。いきなりいなくなった僕が悪いのは、そうだけど。
きっかけは、きみの一言だったんだぞ。
それが今更になって、やたらと、痛かった。
「きみが『辞めろ』って言ったんだ。きみが『引っ込んでろ』って、あの時僕に言った」
低い声で呻く。フェリは「は?」と、ぽかんとした表情で僕を見た。
「どういうことだ」
きつく目をつむった。
買ったばかりの杖を懐から取り出す。まぶたを開けて、フェリを見た。
顔色は、ちょっと悪い。でもそれ以外、元気そうだ。怪我もしていない。
元気そうで、よかった。
「きみが僕に、『冒険者を辞めろ』って言ったんだ。そのきみが、どうして僕を責める」
こんなこと、言っちゃダメだ。優しいフェリは、絶対に傷つく。
でも彼の傷跡にならせてほしい。こうでもしなければ、フェリに必要ない僕は、彼の中に残れない。
僕はやっぱり、ダメな奴だ。こんなに自分勝手な理由で、好きな子を傷つけるんだから。
転移魔術を唱え始める。フェリは焦ったように僕を呼んだ。
「エル。待ってくれ。話をしよう。俺たち、まだ」
呪文を唱え終わる。魔力が走り、僕の周りを風が取り囲んだ。
「話すことなんて、何もない」
せいぜい、微笑んでみせた。
僕のことを嫌ってよ。忘れられるよりも傷になった方が、まだマシだ。
「じゃあね、フェリ。だいっきらい」
転移がはじまった。フェリは僕の腕を掴もうとしたけれど、その手は空を切る。
目の前が真っ白になる。気づくと僕は、自室に立っていた。
「……っふ」
魔力が抜ける。身体がだるい。立っていられない。
ベッドへ倒れ込んで、ひとり、しばらく泣きじゃくっていた。
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