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21. すれ違い
ちかちかと瞬く。まぶたを閉じても世界がまばゆくて涙が出る。
それでも視界が、開ける。
青が見えた。それは空だった。
ものすごい、断末魔が頭に響いた。次いで重たくて大きな何かが落ちるどつどつという濡れた音がして、横たわった僕の身体を地響きが揺らす。
「エル」
リーフェさんの声がした。身体を起こされて、揺さぶられる。
「もう大丈夫だ。しっかりしろ」
目しか動かせない。視界のど真ん中には、ドラゴンの身体。喉に大剣が刺さって、ぐったり倒れてる。生きてはいなさそう。それからあの剣は、フェリの武器じゃなかったか。
手がじんじん痛い。顔もぴりぴりする。
「貴様ら、何をしたのか分かっているのか……!」
遠くで、人の言い争う声がした。次いでギルの悲鳴と、フェリの怒声。フェリってこんなに怒るんだ。他人事みたいに思う僕の手に、杖はなかった。そこらへんに、炭化した木っぽいのが転がってる。
なるほど。文字通り、燃え尽きてしまったらしい。
「生きてるな。一緒に帰るぞ」
リーフェさんは、涙まじりに呪文を唱えた。みるみるうちに、僕の傷は癒えていく。
「……ミカ、は?」
掠れた声しか出ない。リーフェさんは顔をしかめた後、「生きてるよ」と苦々しく吐き捨てた。
「きみよりよっぽど軽傷だ」
よかった。僕が息を吐き出すと、リーフェさんは微笑んだ。なんだか、何かを悔やんでいるように見えた。
まぶたを閉じる。身体が重たくなった。
目を開けると、知らない天井が目に入った。視線だけ走らせて、周りを見る。ベッドに寝かされていた。
どうやら、ここは病院らしい。わざわざ個室へ入院させてもらったのか、他にベッドはない。
「いきてる」
驚いた。いきなり景色が変わったことにも、生きていることにも。
身体は鉛みたいに重たい。指一本動かすのもしんどい。
部屋の扉が、ゆっくり開く。床を打つ金属板の音が耳についた。
「エル」
フェリの声だ。視線だけそちらへ向けるよりはやく、彼がベッドの柵へ手をかける。
僕の顔を、のぞきこんだ。緑の瞳が、真っすぐにこちらを見ている。
死ぬ前に見たいと思った顔だ。もう治癒魔術で治してもらったのか、もちもちの肌には傷ひとつない。髪はところどころ焦げているけれど、元気そうだ。
よかった。うれしい。ほっと力が抜けて、自分でも微笑んでいるのが分かる。
「ふぇ、り」
なのになんでか、彼は全然嬉しそうじゃない。それどころか、悲しそうに顔を歪めた。
褒めてほしいのに、と思った。笑ってほしいとも思った。僕たちは生きてかえってきた。フェリはまた僕を助けてくれた。やっぱりフェリが好きだ。
僕がもう一度名前を呼ぶと、「エル」と強引に遮られる。
一呼吸置いて、彼は口を開いた。その歪んだ目元ばかり見ていた。
「どうして、あんなことをした!」
怒鳴り声に、頭が真っ白になる。どうしてとも聞けない僕へ、フェリはまくしたてた。
「お前みたいな弱い奴を、パーティーへ入れ続けた、俺が間違っていた。お前は冒険者になんか、全然向いていない」
「え、なん、で」
「辞めてしまえ、冒険者なんか。お前は弱い。俺に、ついてこられない。だから、だから……!」
フェリの顔が、視界から外れる。ベッド横にしゃがみこんだみたいだった。
僕は、フェリの言葉を反芻する。
褒められるまではいかなくてもさ。
優しい言葉を期待した、僕が間違っていたんだろうか。
「お前みたいな奴は、前線にいるべきじゃない。……引っ込んでいろ」
僕が街へ放り出されてから築いたものを、全部否定するみたいな言葉。それを、きみが言うのか。
必死で身体を起こした。魔力切れを起こした上に、治癒魔術を使われた後の倦怠感がひどい。
それでも、フェリの顔が見たかった。
「それ、本気で、言ってる……?」
声が震えた。フェリはずっと下を向いていて、顔が見えない。つむじが揺れた。頷いたように見えた。
「そっか」
僕の中で、ずっと張り詰めていたものが切れた。糸が切れた操り人形みたいに、ベッドへ横たわる。
寝返りを打って、フェリへ背中を向けた。
「わかった」
立ち上がる気配がした。ずっと長い間ここにいたみたいに、重たい気配だった。
何秒か、何分か。僕が息をひそめている間に、フェリが踵を返す音がした。
足早に病室を立ち去る足音。扉が閉じられてからも、僕は茫然と、自分の掌を眺めていた。
どうしてこんなことになったんだろう。
僕が何か、悪いことをしたんだろうか。
ただ、がんばっただけなのに。誰も死なせず、任務を乗り切ったのに。
何がいけなかったんだろう。
しばらく経って、また病室の扉が開く。一瞬、フェリが謝りに来てくれたのかと思った。だけど靴音が違った。
「エル。お父さんが来たよ」
リーフェさんが、僕の顔を覗き込む。僕は身体の向きを変えて、リーフェさんを見上げた。
なんでか分からないけれど、目元が熱くなった。しゃくりあげる。熱い液体が、目じりからあふれた。
「泣かないでくれ。きみは、よくがんばった」
ほしかった言葉、そのものだ。だけどリーフェさんより、フェリに言われたかった。
そんなことを考える自分が嫌になって、ますます涙があふれた。
リーフェさんは、あやすように頭を撫でてくれる。僕のかんしゃくが収まった頃、「報酬の話だよ」と静かに切り出した。
「ドラゴンの番を倒したから、それ相応の手当が入る。平等に山分けするけれど、今回の最大の功労者は、満場一致できみだ」
違う。首を横に振っても、彼は「きみだよ」と諭すように繰り返した。
「きみのおかげで、誰も死なずに済んだ。……きみはあのとき、誰よりも強かったんだよ」
違う。僕がもっと強かったら、ギルとミカを一人で倒せた。ミカはほとんど戦力になっていなかったから、僕がギルを倒せるくらい強かったら。
そもそも、僕が、彼らの恨みを買わなければよかった。
全部違う。それはギルとミカが悪い。僕は悪くない。
頭の中を、自責と他責がものすごい速さで行き来する。リーフェさんは、僕を抱きしめた。
「いろいろ考えることはあるだろう。きみには何よりも、休養が必要だ」
反射的に、「やめます」と言った。リーフェさんは顔をあげて、「何を?」と尋ねた。
僕は、迷いなく答える。
「冒険者をやめます。引退、します」
そうか、とリーフェさんは頷いた。悩むように唇を噛んで、表情を曇らせる。ゆっくりとした口調で、僕に尋ねた。
「そのことはもう、フェリクスくんには言ったかい?」
「……言ってません。言いたくもない」
エル、と優しく名前を呼ばれた。吐き捨てるように言う僕に、リーフェさんは何か、思うところがあるみたいだ。
しばらく、僕たちは黙りこんでいた。僕が目をそらすと、リーフェさんは「そうか」と呟く。僕の頭を、荒っぽい手つきで撫でた。
「きみが決めたことなら、僕が止めることでもない。……引退、おめでとう」
ぎゅっと目をつむる。まぶたを開けて、無理に微笑んだ。
「ありがとうございます」
その日のうちに、僕は病院を退院させてもらった。フェリには、契約解除の紙切れ一枚だけ残していった。
こうして僕は、愛用の杖と、相棒と、好きな人をいっぺんに失った。というか、手放した。
自由とお金だけが、手元に残った。
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