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20.死闘

 とにかく、時間を稼がなければ。なぜならこの二人を相手に、僕ひとりで勝てるわけがないから。  情けないことに、恐らく二人とも僕より実力のある冒険者だ。それがどうして、ここまで落ちぶれたんだか。 「死ねェ!」  ギルが短剣を振りかぶって襲いかかる。防御壁を張ると、ミカがそれを上書きして消そうとしてくる。  術式の上書きを上書きする間に、またギルが体勢を立て直して襲いかかった。咄嗟に杖を振り、小石のつぶてを放つ。だけど、僕の脇腹を刃が抉った。悲鳴を噛み殺す。 「いってぇな、オイ」  野卑な声をあげてギルが笑う。ミカは変わらず、僕の足を引っ張るように魔術への干渉をしていた。  杖を回す。二人を煽るように、大きく声を張った。肩と脇腹が、はやくなった鼓動と一緒に熱く痛む。 「二人がかりなのに、僕ひとり簡単に倒せないの? やっぱりあんたたち、大したことないな!」 「その『大したことない』にやられるンだよ、お前は!」  ギルが切り掛かってくるのを、杖で間一髪いなす。さっきより、動きが雑になった。防御壁に隠れつつミカの様子を窺うと、顔色が真っ白だ。握った杖の先端が震えている。魔力切れだろう。  対するこっちの魔力は、まだ余裕がある。クリスタルはまだ砕かなくていい。  ギルの攻撃をしのぐんだ。しばらくしたら、ドラゴンと一緒にフェリたちが来る。  そうなったらさすがに、こいつらも引くだろう。 「ねえ、引いたら!? あんたたちよりずっと強い連中が、もうちょっとで、ドラゴンを連れてくるよ!」  というか、引いてくれ。ドラゴン狩りの邪魔だし、こいつらだけじゃなくて僕たちの命も危なくなる。  切られた傷がじくじく痛んだ。応急処置したところが開いて、また血が出てくる。  これまで死にかけたことはそれなりにあるけど、こんな酷い状況は初めてだ。  まさか、冒険者から襲われるだなんて。 「ハッ! ドラゴンが怖くて冒険者ができるか!」 「そうだよね、あんたが怖いのは、フェリだもんな!」  派手に火球をぶっ放す。防御魔法で弾かれるけれど、少し装備が焦げたみたいだ。僕へ蹴りを入れながら、ギルが罵声を響かせた。 「おいっ、ミカ! 真面目にやれ!」 「やってるわよ!」  ミカが髪を振り乱して叫ぶ。敵ながら、ちょっとかわいそうになってきた。  魔力切れは本当にキツい。それなのに魔術の使用を強いられるのは、相当しんどいだろう。  それを理由に、手加減なんかするわけないけど。  ギルが至近距離に来たのをいいことに、風を起こして火を巻き込む。激しく火柱が上がって、壁になった。  炎は、人間に本能的な恐怖を与える。怯んでくれ。  そんな僕の願いも虚しく、ギルが炎の壁の向こうから現れた。舌打ちをして、クリスタルを砕く。咄嗟に防御壁を張ろうと呪文を紡ぎ、杖を振り上げた。  だけど相手は、本職のファイターだ。防御壁を張るより早く、脇腹の傷を抉るように蹴りを放つ。重たい一撃に、僕は悲鳴をあげた。  意識を保て。倒れるな。唇を噛みすぎて血の味がする。  だけどふらついたところを、ギルが見逃すはずもなかった。  僕の足を払って、倒れたところに覆い被さる。拳を咄嗟に杖でガードするけど、まずい。防御壁は張れたけど、ジリ貧だ。  このままじゃ、殺される。人に殺意を向けられるのは初めてだ。恐怖で思考が鈍る。  どうする。どうする。考えろ、考えろ、考えろ! 「ね、ねえ、ギル。そのままじゃ、こいつ、死ぬわよ……!」  ミカの震えた声が聞こえる。ギルは「殺さねえよ!」と笑った。その甲高さに、身体の末端が痺れるように強張る。 「こいつを殺してやるって、フェリを脅すんだ。おいミカ、計画通りにやれ! 魔術で拘束しろ!」 「無理よ! 私、もう魔力切れしてるの。クリスタルの残りもないわ!」 「うるせえ、やれったらやれっ!」  仲間割れを始めた。チャンスだ。でも、防御魔法を唱え続けることしかできない。  ふと、後頭部に振動が伝わる。それは規則的に、絶え間なく響き、だんだん大きくなる。  咄嗟に詠唱を中断して、叫んだ。 「逃げろ! ドラゴンが来る!」  このままじゃ、僕が死ぬだけじゃない。ギルもミカも死ぬ。  だけどギルはどかなかった。僕のはったりだと思ったみたいで、バカにしたような笑みを浮かべる。  ミカだけは状況を理解しているみたいで、立ち上がって逃げ始めた。だけど、足がもつれて転ぶ。 「てめえ、逃げるな! 腰抜けが!」 「あんたみたいな間抜けに付き合ってらんない! 私は逃げるわよ!」  ドラゴンの咆哮が聞こえた。いよいよ危険だと、ギルも分かったみたいだ。顔色を変えて、洞窟を見る。  ミカは恐怖で腰が抜けたみたいだ。座り込んだまま震えている。 「どけ! 逃げろ! あんたたち、死にたいのかよ!」  必死に叫んだ。死にたくないし死なせたくない。ギルがこちらを見た。据わった目つきだった。 「じゃあ、一緒に死のうぜ。あのクソガキに一泡吹かせてやりゃあ、満足だ」  最低で最悪。舌打ちをしながら、渾身の力で杖を押し出した。  呪文を唱える。この瞬間に最大出力を出せ。僕もこいつらも死なないために。  こんな奴らでも、死なれたら、いやだ。 「エル!」  僕を呼ぶ声がした。洞窟の中で光がほとばしり、風が強く吹く。  目の前へ、大きな影が降りた。次の瞬間、ギルが宙を舞う。  彼の身体は弧を描き、地面に当たってバウンドした。  身体を起こす。剣を構えたフェリが、僕の前に立っていた。  その広い背中を見て、じわりと目元が熱くなる。 「貴様、エルに何をしている!」  こんなに怒ったフェリは、初めて見た。そのままギルへと切り掛かる。  ファイター同士の死闘が始まった。僕が身体を起こすと、いよいよ地面が揺れ始める。ドラゴンが、すぐ近くまで来ている。  パーティーメンバーたちも、洞窟から次々飛び出してきた。フェリと切り結ぶギルと、倒れ込んだ僕とミカを見て「何してるんだ」と誰かが叫ぶ。  もう、めちゃくちゃだ。ミカは逃げようとしているけど、足腰が立っていない。  僕は渾身の力を脚に込めて立ち上がった。簡単な治癒魔術で肩と脇腹の血を止めて、パーティーメンバーのもとへ走る。  振り向いて、フェリに向かって叫んだ。 「そっちは任せた!」  返事はなかった。だけどフェリなら、大丈夫だろう。  メンバーたちの後を追うように、ドラゴンが姿を現した。ファイアドラゴンの番だ。クリスタルを砕いて、魔力を補充する。 「あんたも逃げろよ」  ミカに言い捨てて、杖を構えた。  リーフェさんが呪文を唱えると、斥候の二人は弓をつがえる。その矢は真っ直ぐ二頭の額に向かって飛び、注意を別々の方向へ向けた。  僕も、動き回るファイターたちへバフをかけた。怪力の祝福、風の鎧。フェリの相手に比べれば、楽なものだ。同時に何人かにバフをかけるのは、久しぶりだけど。  熟練のメンバーたちだけあって、どんどんドラゴンは追い詰められていく。ブレスはリーフェさんの雪の盾に防がれ、僕のバフの乗ったファイターの刃が鱗を断つ。  傷の痛みも忘れるくらい、頭を使う。次々クリスタルを砕いて、魔力を補充した。たくさん持ってきておいてよかった。  とうとう、番の片割れが膝をつく。顎の下の逆鱗に、ファイターが鋭い一撃を加えた。巨体が轟音を立てて崩れ落ちる。重たい肉塊が地面を打つ振動に、僕たちは雄叫びをあげた。  あと、一頭!  番を失ったドラゴンが、吠える。肌を、身体を震わせるほどの咆哮だった。だけど歴戦の冒険者たちは、怯みもしない。  ドラゴンは怒り狂い、地面を踏み鳴らして前進する。  その先に、倒れ込んだミカがいた。  その怯えた表情が、僕からやたらとはっきり見える。  死ぬのが怖いんだろう。  気づくと僕は、そこに飛び込んでいた。 「エル!?」  リーフェさんの声だけ、切り取られたみたいに聞こえた。杖を回して防御壁を張る。渾身の力で、全身全霊で、魔力を尽くして。ドラゴンの体重を、押しのける。  鼻血が出た。こめかみが痛いほど脈打つ。視界がぼやけて、世界の輪郭が曖昧になる。  それでも。 「……ッだァ!」  杖を、振る。防ぎきった。  ドラゴンは一歩退き、息を吸い込む。風が吹いた。  たぶんブレスの前兆だ。気温が上がり、じっとりと汗ばむ。  絶望を、煽られる。  こんな至近距離のブレスは防ぎ切れない。やばい。ミカは必死に防御魔法を唱えているけど、彼女の残り魔力では無理だ。僕も無理。魔力消費がマシな雪の盾を出そうものなら、僕たちは氷漬けになるような距離だ。  パーティーメンバーの動きが、やたらゆっくりに見える。リーフェさんが飛び出してくる。他のメンバーはドラゴンに切り掛かって、体勢を崩そうとしている。  でもこれ、ダメかも! 理性が、あっけらかんと終わりを悟った。  なのに口は生き汚く防御魔術を唱える。杖を差し出して、お祈りの時間だ。  最後の魔力を絞り出す。杖と身体の限界を超えて、僕のいのちがほとばしった。  渾身の力で魔術を組み上げる。涙で視界がにじむ。てっきり、街で置いてけぼりになったとき、枯れたと思っていたのに。  死にたくない。死んでたまるか。  フェリの顔を、思い出した。  僕が死んだら、彼は悲しむだろう。優しい子だから。  フェリとキスもしてないのに、死んでたまるか。  腹の底から息を吐き出す。啖呵を切るように、叫んだ。 「全部持ってけ。――僕の、ありったけだ!」  轟音を立てて、ドラゴンの喉から、ブレスが放たれる。視界は、灼熱の白に染まった。

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