2 / 11
今日も推しに飼われています。
午後16時。シーシャバー「BLACK SWALLOWTAIL」にて――。
開店1時間前にも関わらず、ミカはうわのそらだった。
フィンランド系のクォーターの儚げな容姿と物腰に対して、彼は仕事にソツがない。
だが、さすがに自分の彼氏が“推し“だったという事実はにわかには信じがたい。
(だって、あのけいくんと慧さんが……同一人物……?)
彼氏のほわほわとしたかわいい笑顔が浮かぶ。
身長は自分とそう大差ない。
ラベンダーアッシュのふわふわの髪に、大きなアイスグレーの瞳は、さながら、犬のようだ。
一方、「音無慧」の公式プロフィールは二十代半ばの男性アイドルである。
年相応の包容力で、絶賛、ガチ恋勢量産中。
彼に関しては大人の男の色香という言葉がよく似合う。
ミカは、グラスを磨きながら、ひとりで悶々としていた。
「ミカっち。その顔やめた方がいいっすよ。せっかくの美人なのに愛想なさすぎ」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
同期の綾月の言葉で現実に引き戻される。
……開店1時間前。
開店時から来る客といえば、けいくらいのものだが――仕事には手を抜きたくない。
「何か業務連絡だった?」
「そうじゃないけど……ミカっち、接客業なんだからさー、もう少し笑ったらって。彼ぴっぴが来たときみたいににこにこしたらって話」
「……俺、人見知りだもん。それにけいくん以外に笑顔なんて振りまいたら……怒られちゃう……」
綾月は、ぞっとした。
ミカの彼氏の「けいくん」のことは知っている。
というか、「BLACK SWALLOWTAIL」の常連客だ。
明らかにミカを目当てに毎日、来ている。
恐らく、ミカだけが気づいていない。
24歳という年齢のわりに童顔だが……何というか、オーラに凄みがある。
とにかくミカへの執着心が強い。
綾月は来る度に監視され、厳重に警戒されているので「けいくん」が怖かった。
「自分、好きな人いるんすけどねー」
ここにはいない「けいくん」にぽそっと言ってみる。
「え? そうなの? アヤってモテるから付き合ってる人がいるのかと思ってた」
(盛大なブーメラン……)
悲しきかな、綾月はその他大勢にはモテても、本命には振り向いてもらえない。
一方でミカ目当ての客も多いというのに彼はその事実に気がついていない。
正しくは、「けいくん」が牽制し、綾月のフォローでことなきを得ていると言った方が正しいか。
だが、この鈍感な同期には教えない方がいいだろうとこっそりと綾月はため息をついた。
ともだちにシェアしよう!

