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第1話 最後の光景
「被告人、リヒト・ブランシュ。慈善教育施設「希望の家」を爆破し、教員、生徒、客人含む17名を殺害した罪によって、斬首の刑に処す」
広い処刑場、多くの観客に囲まれたその場所に、処刑人の冷たく無機質な声が響いた。
処刑場の真ん中、短い階段を登った先の小さな壇上に、後ろ手に錠をかけられたやつれた男が立っていた。美しかったであろう長い白髪はざんばらに切られ、空のように澄んだ青い瞳は腫れきった瞼でほとんど隠されている。全身にアザが残る今にも折れてしまいそうな痩躯を、屈強な処刑人に支えられじっと地面を見て俯いている。
「はやく殺せー!この人殺しが!!!」
「あんなに優しい人たちを燃やすだなんて!人の心は無いの!?」
「聖人様を返せ!俺たちの神様を返せ!」
「稀代の悪の魔術師が!悪魔に魂を売ったのか!」
壇上の男に下された無慈悲な宣告に、周りの観客は大いに盛り上がる。血走った目で野次を飛ばす人々を、男は冷ややかな目で眺めひっそりと口元を歪めた。
(今から人が死ぬってのに、こんなに喜ばれるなんて。俺ってどんだけ嫌われてんだよ)
この国の人々は概ね善良だ。魔力が多い人間が生まれやすいこの国は、他国との争いが少なく生活水準も高い。穏やかな国民がここまで負の感情を露わにするのは珍しい。それだけ今回の事件は国民たちにとって許し難い事件だったと言える。
「希望の家」は、孤児や貧しい子供に無償で教育を受けさせることができる慈善施設だ。過去に治療院で多くの国民を病魔から救った高名な治癒魔術師が運営しており、信用に厚く寄付も絶えない。「聖人」と讃えられるその男もこの事件で命を落としており、国民の悲しみは深いのだろう。
ここにいる人たちは、何も知らない。だから俺を恨んで、殺したいと死んでくれと願ってもそれは仕方がない事だ。だって、知らないんだから。俺の苦しみも、悲しみも、何も知らないんだから。
「っ、」
汚い石の台に強く顔面を押し付けられる。頬が冷たい、鼻血が出た気がする。石に残るシミを見て、これって今まで死んだやつの血かなーとか考える、きたね。
「言い残したことはないか」
「……」
俺を両脇から押さえつける処刑人の一人、右側の無骨な男が静かに尋ねる。稀代の大量殺人犯相手に冷静に仕事をこなす男に、少し驚く。捕まって数日、人間扱いされる事の方が少なかったから。
でも別にそれが嫌だったわけじゃない。気を失うまで続く暴力も罵倒も、欲望のまま貪られる体も、全部罪を犯した俺への罰だから。それはある意味救いだった。
全てを受け入れてただ心を殺して、終わりが来るこの瞬間を待ち侘びた。
(言い残したことか……)
ってかこのタイミングで言い残した事って、どうせ死ぬのに何を言うんだろうな?命乞いとか俺は悪くないとか、そんな事を期待してんだろうか、過去の死刑囚は何を言い残したんだろう?
あまり働かない頭でぼーと考える。
その時ふと浮かんだ顔、ラブラドールレトリバーの子犬みたいなフニャッとした可愛い顔。
怒られない程度に少し頭を上げて、処刑台から離れ壁沿いに立つ男たちをじっと眺めた。
大量殺人犯相手に万が一にも間違いが起こらないように、この処刑場には騎士や魔術師が多数配備され厳重に警備がされている。その中でも一際目立つ黒いローブを纏った背の高い魔術師。黒い短髪、赤目の、賢いドーベルマンみたいに姿勢良く立っているその男。
歯を見せてにっこり笑う幼い頃の面影はどこにもない、その表情は険しく瞳は暗い、……増悪に満ちていた。
探していたその姿を視界に映して、満足げに息を吐く。
(本当に、大きくなった)
あの日、業火の中で俺は全てを壊した。自らの手で灰にした。
それ自体に後悔はない。俺がしなければならなかった、それは約束だった。
それでも全てを終えた俺が、最後に彼を一目見たいとそう願ったのは俺の我儘だった。その我儘のせいで彼は、過去の幸せな思い出と残酷な現実の狭間で苦しんでいる。
(でも、それも。もう終わる)
右側の男が、ゆっくり大斧を振りかぶった。
これが、本当に最後。
生まれてからここまで、いいことなんか何にもない人生だった。痛くて、苦しくて、早く終わりが来ればいいのにと、いつもそう思ってた。
それでもあそこで出会った彼らは、俺の全てだった。幸せにしたかった。まぁ、できなかったから今俺はここにいるんだけど。
この後悔を、俺は決して忘れない。
彼らと過ごした日々も、別れた日も、全てを壊したあの日も。
去り行く俺が、先を生きるお前に言えることなんて何もないけど。
(祈るくらい、いいよな)
目の前の男の赤い目を見て、
「幸せになれよ」
音もなく呟いた瞬間、斧が振り下ろされる。
目の前の男がどんな表情をしていたか、
俺にはもうわからなかった。
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