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第27話 時空と記憶

  「悪い子だね、シム」 「……キンド様?」  そこにはキンドが立っていた。  別れから7年は経っているはずだが、あまり老いは感じられない。以前は常にあった張り詰めた空気がなくなり、まとう空気が柔らかくなった気がする。   「神聖な女神像を魔術の触媒に使うなんて、バチが当たるよ」 「なっ!結界を壊したのですか?」    (礼拝堂の女神像か……!)  キンドをはじめ、たくさんの生徒たちが何年も祈り魔力を貯め続けた女神像。特に俺たち兄弟の魔力は膨大だ、何年も吸収し続けた像は強大な触媒になる。  結界を見て女神像が触媒であることに気づき、破壊してここまで来たんだろう。   「こんなところでみんな勢揃いかい?同窓会でもあったのかな?」  まわりをゆっくり見渡して、落ち着いた声色で話し始めるキンド。シムの様子から、キンドとの繋がり断たれていたのは確かだ。  コイツの目的はなんだ……?  我に帰ったシムが、キンドに向かって転がり出る。 「キンド様!見てください!クロノスを見つけたんです!」 「シム」 「これできっと、あなたの願いも叶います!だから」 「シム」 「僕、」 「だまれ」 「!」  冷たいキンドの声に、空間が凍る。シムが叱られた子供のように泣きそうな顔をする。 「俺は言ったはずだ、希望の家は閉鎖だと。余計なことをするな」 「僕も言いました、いやですって!キンド様が幸せになれない世界なんて、僕は許せない!」 「だからそういうのが迷惑なんだ、俺はもう静かに幸せな記憶だけを辿って生きていきたいんだよ」 「そんな、……もう僕は、いらないってことですか」 「そうだ」 「お前が欲しいと言ったことなんて、ただの一度もないだろ」  キンドの容赦ない言葉にシムの瞳に涙が浮かぶ、堪えきれずにポロポロと落ちていく。 「………………俺たちは、何を見せられているんだ」 「さっきまでめっちゃ緊迫の瞬間だったくない?何これ?」 「う~ん、こういう恋愛小説あるよね~?」 「片思いの辛さ、わかるぞ」 「何勝手に共感してるの」 「なんだこいつら」  突然始まった舞台に、兄弟たちは困惑している。  そして舞台はまだ続く。 「お前の人生はお前のものだ。俺に依存して生きていく必要はない」 「僕がそうしたいと思っているんです!これは僕の意思だ!」 「だからそれが迷惑だって、……そう思ってたんだけどね」   (あれ、なんか雲行きが?) 「希望の家を出たその日に、家に帰ったんだ。もう何年振りになるか、覚えてないくらい久しぶりだった」  キンドがシムの前まで歩み寄っていく。目の前で向かい合う距離まで近づくと、シムが涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げる。   「それなのに家が、俺が出た時と何ひとつ変わらなかったんだ。埃ひとつない家に、思い出の品がすべて、記憶の中の状態のままで残されていた」 「……」 「君が残してくれていたんだろ」  キンドがハンカチを取り出して、優しくシムの涙を拭っていく。 「君の俺への感情は幼い頃の刷り込みで、そんなもので君の人生を決めるべきではないとそう思っていたけど。どうやら君は、僕がいないとおかしくなってしまうみたいだね」 「……キンド様が、僕を生かしたんです。最後まで……責任とってください」 「はは!君は本当に、……可哀想な子だね。俺といたらもう悪いことはしないね?」 「はい!しません!」   「というわけで、この子が迷惑をかけたね。もう君たちには関わらないようにキツく躾けておくから」  さっきまで爆破してやるとブチギレていたシムが、キンドの横でニコニコと幸せそうに笑っている。完全に飼い慣らされてやがる。   「まるで狂犬だな、まじで頼むぜ」 「はは、すまなかったね」 「リヒト……!」  兄弟たちが実験室の中まで駆け寄ってくる。よかった、みんな無事で。  これで全部、めでたしめでたし……、   「……ふざけるなよ、」 「は?」  その瞬間、視界の端に見えた光。体が勝手に動いた。   (あ、俺何やってんだ?)  立ち上がった男とシムの間に滑り込む。目の前には鈍く光る凶器が迫る。さすがにプロだ、標的が変わってもすぐに軌道修正して真っ直ぐに心臓を狙う。 (これ、死んだかも)  切先が左胸に当たる、その瞬間。   「リヒト!」  時が止まった。正確にいうと目の前の男の動きだけが止まった。  ほんの1秒か2秒、そんな刹那の出来事。横から腕を引かれ、クロノスの胸に倒れ込む。 「捕まえて!」 「おう!」 「うん!」  チリの土魔術とスイの水魔術で敵が拘束される。   (俺、……生きてる?) 「リヒト!!!!!」 「わ」  クロノスに力一杯抱き込まれる。 「なんで、リヒトはいつもそうなんだよ!人のことばっかりじゃなくて、ちゃんと自分を大切にしてよ!」 「いやー、ははは。まじで救われたわ。体が勝手に動いてた」 「本当に心臓に悪すぎる!いい加減にして!」  本気で怒るクロノス。涙目だ、怖い思いさせてごめんな。   「でもすげぇな、さっきのが時空魔術?」  チリが厳重に男を拘束しながら、クロノスに問いかける。   「そう、でもあれが俺の最大。俺の魔力の全部を使ったって、数秒時間を止めるくらいしかできない」 「なるほどね」 「だから時を戻すなんて、絶対に不可能なんだよ」 「……」 (確かにそうなんだろう。……だとしたら、俺が死に戻れたのは一体…………?)   「リヒトくん、……少し切ったでしょ、見せて」 「キンド……」  キンドが治癒魔術をかける。そのまま諭すようにしずかに語りかけてくる。   「人間は、死んだらおしまいです」 「あぁ、わかってるよ」 「死んだものが生き返ることも、時間が戻ることもない。運命は残酷だ」 「……」 「だから命を捨てるような真似は、絶対にしてはいけませんよ。残されたもののためにもね」 「……キンド」 「シムを救ってくださって、ありがとうございました」 「……ありがとう」  シムが、キンドに倣って頭を下げる。  こいつらのことはもちろん許せないけど、俺だって同じだ。全てをなくして、足掻いて恨んで、……全部消してしまおうってそう思って、大罪を犯したんだ。  こいつらは死に戻る前の俺と変わらないのに、俺だけが全てを取り戻して結果何も失わずに済んだ。  だからこいつらにも救いがあればいいと、そう思ってしまう。 「それじゃあ、私たちはお暇します。隣国にも騎士団にも捕まりたくないのでね」 「あぁ、さっさといけ。俺たちの気が変わらないうちにな」 「……あとひとつ、いやふたつかな。最後に君に伝えなければいけないことがあります」  キンドが真剣な顔で俺を見る。   「君は北の国の高位魔術の家の子で、記憶の旧魔術を受け継ぐ予定の子供でした」 「え、俺?」 「だから私は君に救ってほしかった、記憶を消してほしかったんです。幸せな記憶も辛い記憶も全部」 「……」  一度目の人生でキンドを殺した時、確かにキンドは言った。『君が俺の希望だったのに』と、あれはそういう意味だったのか。   「覚えている限り人間は考えてしまうんだ、絶望して、後悔して、もしかしたらって期待して、それを何度も何度も繰り返して疲れ果てた。だから全部忘れて楽になりたかった」  あまりに大きい苦痛を前にすると、ひとはただ生き続けることも難しい。   「今はそうは思ってないよ。残された記憶が救いになることもあると、……そう思えるようになった」  キンドにどういう心情の変化があったのかは分からないが、その表情は強がりには見えなかった。彼の心を変える様なそんな出来事があったのだろう。   「でも君は伝承前に攫われてきたからね、自分が何を継承される予定だったのかも知らなかったし、そんな魔術が使えるわけもない。ただ一応、伝えておこうと思ってね」 「あぁ、初耳だよ。もうちっと早く教えてくれてもよかったけどな」  記憶の旧魔術、……そうか。これで全てがわかった。欠けていたピースが綺麗にハマった。  ハッピーエンドのエンディングまで、全て定まった。   (感謝するぜ、キンド)     「……リヒトくん、君はいつまで意地を張っているつもりですか?」 「……なんのことだ?」 「君も、このままでいいと思っているわけではないんだろう」  キンドは言うことを聞かない子供を諭すように、静かにそう言った。   「いや、これでいいんだ」    今度こそ、ハッピーエンドを、  完璧なエンディングを迎えてみせるさ。    

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