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第8話

「いや、蜷川。そんなに深刻にならんでええねんで? 俺の問題やから」 大袈裟に笑ってみせたら、「笑い事ちゃいますよ」と本気で怒られてしまった。ほんま、蜷川も秀太も同じ顔して怒らんといて。俺だってそんな事わかってるねん。 「……俺、お迎え行きましょうか? 営業に異動になるまで日もあるやろし、第一、ほんまに異動できるかまだ分かりませんよね?」 「あ、それは大丈夫やねん。幼稚園の先生と仲よくなって、その人に俺の仕事が終わるまでの間の子守頼むことになってるから」 「でも、その人にも予定がある日はあるでしょ? 二人体制の方が予定も組みやすいし、元宮さんの気持ち的にも楽になりませんか?」 「ええ後輩持ったな、もとちゃん。ちょっとの間やし、蜷川にも甘えさせてもろたら?」 秀太の言葉に背中を押される形になり、俺はつい頷いてしまった。 「……ほんなら、頼んでもええかな」 正直、心苦しさはあったけれど、蜷川の屈託のない笑顔を見たら、少しだけ心が軽くなった気がした。 ♢♢♢ 「幼稚園の先生ともお話ししたいですし、お子さんに安心してもらうためにも、会う回数は多い方がいいと思うんです」 そう言って、しっかり者の後輩は自ら進んで同行を申し出てくれた。 新の時もそうだったけれど、俺はこいつに尽くされるほど何かしてやったかな。いくら考えても、心当たりが一つも出てこない。 「弦、洸! 迎えに来たで!」 蜷川には玄関で待ってもらい、教室まで迎えに行くと、中では新先生と二人が積み木で遊んでいた。 「あ、今日は間に合われたんですね?もう2人だけだったので、今少し早めに延長保育の先生と交代した所だったんです」 にっこり笑った新先生に、「そうなんです、今日は迷惑かけなくてすみました」と笑い返すと、新先生の表情がほんの少しだけ陰った。 「……僕は、楽しみにしてたんですけど。今日のご飯、何作ろうかなって……」 綺麗な顔で、ひどく寂しそうに微笑まれて、俺は思わず動揺してしまう。 「あらたせんせい、おかえりのよういできたで!」 「あらたせんせ、おうちかえろ!」 新先生の両手を塞いだ二人が、本当に嬉しそうに先生を見上げている。 ……なぁ、俺は? 2人のお父さん、俺やねんけど。先に手ェ繋いでくれへんかったら、おとう寂しくて泣いてしまうで? 「ごめんね、洸くん、弦くん。今日はお迎えのお時間が間に合ったから、お父さんと3人で仲良く帰ってね」 「……え、あらたせんせ、おらんの……?」 ふぇっ、と泣きかけた洸を慌てて抱き上げ、新先生に「ごめん」と目配せする。 「あらた先生はおらへんけど、今日はおとうのお友達が来てるから。一緒にご飯食べよか」 玄関で待っていた蜷川が、二人を見つけると優しい顔をして2人と目線を合わせた。 「はじめまして。お父さんのお友達の、蜷川空と言います。『くうちゃん』って呼んでください」 にこっと笑って、ぺこりと頭を下げた蜷川。 俺の後ろで新先生と手を繋いでいた弦が、目を丸くして固まっている。 いや、弦だけじゃない。新先生も、抱っこされている洸も、一瞬で凍りついたみたいに動かなくなった。 夕暮れの玄関先に、奇妙な沈黙が流れる。 「……くうちゃん」 ボソッと弦の声がしたかと思ったら、新先生の手を離してさっさと靴を履き替えにいってしまった。 洸は俺の肩に顔を埋めたまま、名残惜しそうに新先生の方へ手を伸ばしている。新先生はその手をそっと握り返し、「また明日、いっぱい遊ぼうな」と、洸の髪を優しく撫でた。 「……くうちゃん」 「……え、嘘やん」 あの人見知りの激しい弦が、様子を伺っていた蜷川の手を自分から握った。 お尻じゃない。ちゃんと「手」を握っている。 「……あ、元宮さん、名前……」 「そっちがお兄ちゃんの弦。こっちが一個下の洸や」 「弦くん、な。くうちゃん、もうお名前覚えたで?弦くんも、洸くんとお揃いの抱っこする?」 蜷川が両手を広げると、少しもじもじしていた弦が、ぴたっとその体に自分を預けた。 マジか……。「赤ちゃんちゃうからいらん!」って頑なに抱っこを拒否してたあの弦が。 「くうちゃん、大きいやろ? 高いの怖くない?」 一つ一つの動作に、弦が怖がらんように声をかけてくれる。流石や。こういう嘘のない優しさに、子供は敏感なんやろな。 「あらたせんせ、バイバイ」 洸の声に合わせて、俺の肩にバイバイの振動が伝わる。新先生の方を見ると、 「洸くん、弦くん、さようなら」 いつもの優しい顔で笑って、手を振ってくれた。 俺も挨拶しようと目を合わせたのだが、返ってきたのは他人行儀な会釈だけだった。 なんかちょっと、寂しい気はする。でも、相手は幼稚園の先生や。深入りしすぎてもあかん。これがほんまの距離感なんやから。 「……ほな、行こか」 そう自分に言い聞かせて、逃げるように背を向けた。 弦を抱っこしたままの蜷川と、自宅へ帰る。 今日もストーカーの気配はなかった。……あれは、やっぱりたまたまやったんやろか。

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