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第10話

「蜷川、ごめんな。お風呂まで付き合わせて……。今から帰ったら、家着くの相当遅くなるやろ?」 申し訳なさが口をついて出る。明日も仕事やし、この時間から帰宅させるのは忍びない。かと言って「泊まっていくか?」と提案するには、替えの服がないのが現実的じゃなかった。 俺の身長は178センチでそこそこ高い方やけど、蜷川はそれをゆうに超える183センチのモデル体型や。俺のスーツを貸したところで、手足がツンツルテンの情けない姿になるのは目に見えている。 「朝早く起きて、一回着替えに帰るって手もあるか……?」なんて、答えの出ないシミュレーションを頭の中で繰り返していると。 「……え、それってもしかして『泊まっていく?』っていう意味ですか?」 蜷川が、嬉しそうにニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。 図星を突かれたというか、心の内を見透かされたようで心臓が跳ねる。……いや、そんなん無理に決まってるのは分かってたけど、もしおってくれたら心強いな、なんて甘い考えが透けてしもたか。 「……待って、元宮さん顔真っ赤ですよ?」 「へっ!?」 慌てて両手で頬を押さえる。嘘やろ、ええ歳したおっさんが何を動揺してんねん。 「ふふっ、ただの男の後輩相手に、そんなわけないですよね。ごめんなさい、ふざけすぎました」 蜷川はいつもの愛嬌のある笑顔でそう言うと、手際よく帰り支度を始めた。 ……今の、なんて返すのが正解やったんやろう。結局、何も言えないまま玄関まで付いていく。 「……ごめんな、送って行けんで。ほんまに今日はありがとう」 「いえ、俺も新鮮で楽しかったです。子供と遊ぶのなんて、ほぼ初めてみたいなもんでしたし」 「え!? あれで!? 俺、てっきり甥っ子でもおるんかと思ってたわ!」 驚いて声を上げると、蜷川は「いえいえ」と控えめに首を振った。 普通、慣れない子供二人を相手に風呂まで入れるなんて、戸惑って右往左往するのが当たり前や。それをあんなに楽しそうにこなすなんて。 「何でしょうね……母性本能みたいなのがムクムクと。自分でもびっくりしました」 ふふっ、と穏やかに笑う蜷川を見ていると、こちらのささくれ立った気持ちまで丸くなっていくのが分かる。 「そう言うてくれると嬉しいわ。また四人でご飯食べような。お願いしたい日、連絡させてもらうから」 「はい! もちろん! お待ちしてます!」 爽やかに手を振って、蜷川が夜の闇へと消えていく。 一人になった玄関で、ふっと息を吐いた。……なんか急に静かになって寂しいな。 でも、あんまり頼りすぎてもあかん。新先生はプロやけど、蜷川はあくまで仕事の後輩や。 自分の、楽さを優先して、相手を疲れさせてしまったら……それこそ奥さんの二の舞になってまう。 それだけは、絶対に避けなあかんから。 俺は玄関の鍵を閉め、自分に言い聞かせるように、暗い廊下を寝室へと歩き出した。

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