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第11話
「ただいま!」
勢いよく玄関のドアを開けると、待っていましたとばかりに賑やかな声が飛んでくる。
「おとうや!」
「おとう、おかえり!」
「元宮さん、おかえりなさい」
新聞紙を丸めた剣を手にした弦と洸が、早速俺を標的にして容赦ない攻撃を仕掛けてきた。その奥では、奥さんが置いていった、可愛らしい花柄のエプロンをつけた新が「もう、困りました」という顔で立っている。
「めっちゃお尻攻撃されるから、全然料理が進まないんです」
困ったように言うてはいるけど、新の柔らかな笑顔を見ていたら、その状況すら楽しんでいるのが伝わってきた。
「遅なってごめんな、俺も手伝うわ」
二人の猛攻を両手で上手いことかわしながら、リビングまで進む。それを見た新が「元宮さん、すごいです!」と本気で感心しているのが可笑しくて、思わず笑うてしもた。
「お、今日はカレー?」
「はい。トマトもあったので、一緒に煮込みまくってます」
「うわ、うまそう。これ、明日も絶対美味いやろな。昨日の二日目の煮物も、めちゃくちゃ美味かったし」
「ふふっ、嬉しい」
珍しく新が敬語を外して、こちらを向いて微笑んだ。
うわぁ、なんやろ。こんな綺麗な顔で真っ直ぐ微笑みかけられたら、世の人間は一発で恋に落ちてまうんやろな。副園長先生の気持ち、今ならちょっとだけ分かる気がする。
「……蜷川も『煮物とハンバーグ、意外と合う!』って、子供みたいにはしゃいで食べてたわ」
ポテサラ用のきゅうりを薄く切りながら、さりげなく新の表情を伺う。
「……ふふっ、『なんで、煮物とハンバーグやねん!』ってならなかったんですね?」
「そうやな。俺らのリクエストでって説明する間もなく、『美味しい!!』って勢いよく食べてたわ」
俺がそう返すと、新はボウルの中のポテトを丁寧に潰しながら、どこか遠くを見るような、それでいて穏やかな目を向けた。
「……見た目通り優しい方ですね。蜷川さんって」
「……そうやな。俺の周りは、みんな優しい人ばっかりや」
「……それは元宮さんが優しい人やからです。だから、返したくなるんです。きっと」
穏やかに笑いながらも新の手は止まらない。玉ねぎとハムを手際よく切って、ポテトに加えて味付けし、あとは俺の切ったきゅうりを加えるだけの状態まで持っていった。
……いや、すご。手際よすぎやろ。
子供二人の相手をしながら、俺が帰るまでのわずかな時間でここまで仕上げたんか。
いや、待てよ。子供の世話をしながらやと、これだけの作業をするにも息をつく暇もないくらい、時間に追われるはずや。
奥さんも、毎日こうやって必死に……。
「……」
あかん。また思考がナーバスな方へ引きずられそうになる。
今は、目の前のこの温かい時間を大事にせなあかん。俺は包丁を動かす手に力を込め、強引に気持ちを切り替えた。
「……さあ、ポテサラも完成です。弦くん、洸くん! ご飯にするから、剣のお片付けしよう!」
新の明るい声に、子供たちが「はーい!」と元気よく返事をする。
新が作ってくれたカレーの匂いと、蜷川が昨日残していった賑やかな空気の余韻。
二人の全く違う「優しさ」が、この家の欠けていた部分を埋めてくれている。
さっきまで感じていた、奥さんへの申し訳なさや、自分を責めるような暗い気持ちが、3人の笑顔を見ているうちに少しずつ解けていった。
「……新、ほんまにありがとうな。助かるわ」
不意に名前で呼ぶと、新は一瞬だけ驚いたように手を止め、それから耳の裏まで真っ赤にして「……はい」と、少し照れたように返事をした。
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