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第30話

新が子供たちに挟まれてベッドで眠っているのを確認し、そっとドアを閉める。 いつもは家族に入り込みすぎないようにと、子供たちが寝静まった後は必ず自宅に帰っていた新が、珍しく「今日は子どもたちと一緒に過ごしたいんです」と言い出し、1人でシャワーを浴びた後、二階へ上がっていった。 キッチンカウンターへ戻り、空と「お疲れ様」の乾杯を交わす。冷えたビールを一飲みして、ふと胸の奥に溜まっていた思いが口をついた。 「俺さ、実は最初、新にびびってたんよね」 「え? あんな優しい新先生にですか?」 空が興味津々に身を乗り出して聞いてくる。 「だからやねん。怖くない? あんな容姿端麗で、子供好きで優しくて家事も完璧で。そんな人がなんで、ここまで俺に協力して支えてくれるんやろうって。絶対裏があるんやろなってどっかで思ってた」 ふふっと笑いながら、ビールを一口のどの奥へ流し込む。 「……ただの天然のええ人やった」 しみじみ呟くと、「確かに」と空も同調して吹き出した。 「俺も、ちょっと警戒してました。でも、過ごしていくうちに、元宮さんと子供たちのこと、ただ純粋に好きなだけなんやろなって」 空の真っ着ぐな視線が痛い。 俺も半年も一緒に過ごしてたら、新の気持ちなんて痛いくらい届いていた。だけど、新はその優しさで、決して一線を超えないでいてくれた。それが、確実に空に惹かれている今の俺には、とてもありがたかった。 「……元宮さんはどうなんですか?」 ……どうなんですかの意味するところは。新のことどう思ってるか、ってことやんな。 でも、新に気持ちを直接伝えられていない今の状況で、空を前にして新の気持ちに返事をするなんて、よくないことくらいわかってる。 「……新は、新先生として子供たちが大好きで守りたかっただけや。やから、俺の気持ちなんて関係ない」  笑顔で誤魔化して、ビールを一口飲み込んだ。こんな話しながらじゃ、うまい酒も美味くないな。俺は少し照れくさくなって、話題を切り替えた。 「……空は? なんで俺のこと助けてくれたん?」 俺の言葉を聞いて、少し黙っていた空に問いかける。 「……俺はね、元宮さんのこと最初は疑ってたんです」 「俺?」 ふふっと思い出し笑いをしながら、空が言葉を繋ぐ。 「そう。俺、机に家族の写真飾ってあるとか、奥さんの事褒めまくる人って基本信用してないんですよね。自分を良く見せるための道具としてしか家族を見てない。……その上であの優しさでしょ? 絶対この人、裏の顔があるんやろなって。……でも、あの歓迎会のとき」 空の目が、少し遠くなる。 「中目さんが先に帰った後、俺をよく思ってない先輩たちに囲まれて、ベロッベロに酔わされて……「限界や」って思ったときに、元宮さんが助けに来てくれた」 「……そんなこと、あったような気もするな」 空のこんな話を聞くのは新鮮だった。いつも優しくて、人を楽しませる明るい空しか見てこなかったから。意外と人を信用してないとか、そういう空の裏側を知ることができて、なんだか無性に嬉しい。 「……しかも、『助けにきたぜ!』ってヒーローみたいな感じじゃなくて、自分が泥酔してダル絡みして、あたかも後輩の俺に世話させる面倒臭い先輩みたいな芝居まで打って」 空が懐かしそうに目を細めて笑う。その楽しそうな顔につられて、俺の記憶も一気に蘇っていく。 「……思い出したわ。『お前!蜷川!俺の家まで送って行け!先輩命令や!』ってな。俺、普段絶対、そんな態度取らへんからな。あいつら大分、引いてたな?」 「引いてましたよ。なんや言うたら、変質者を見るような目で」と空が声を上げて笑う。 「……でも、おかげで俺はあの最悪な席から抜け出せたんです。外に出た途端、元宮さんが急にシャキッとして『気づくの遅くなってごめんな、もう大丈夫や』って。……こんな格好悪いヒーロー初めて見たわって、気持ち悪さも吹き飛んで、本気で笑っちゃったんです。……そっからです。元宮さんのことが気になり始めたの」 空の真っ直ぐな言葉と視線に、ドクンと心拍数が跳ね上がる。 それって、空も俺のことを……。 「……そのまま営業に移動になって、大したお礼も出来ずに、ほとんど会えなくなった。 ……でも、春頃に噂話で、元宮さんがお子さんのお迎えで困ってるって聞いて。なんで奥さんがいなくなったのか、聞いていいのか悪いのか……ジムの帰り、元宮さんを見かける度にずっと声かけていいのか迷ってて。でも、元宮さんは会社で見かけても相変わらずいつもの感じやし、誰も真相は知らないし。でも、営業に移動になるって聞いた途端、いてもたってもいられなくて。……「今こそ俺の番や!」って、元宮さんに会いにいったんです」

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