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第32話

「……おはようございます、元宮さん」 優しく肩を揺すられて、目が覚める。今日も今日とて、身体が痛い。そろそろこのソファも、もっと大きいやつに買い替えなあかんな。 「ん……新、おはよう」 「よく眠れましたか?」 優しく笑いながら、新の穏やかな低音が心地よく耳に届く。少し癒されていると、洸が俺に思い切り飛び乗ってきて「おふっ」と変な声が出た。ほんま、これ、内臓が飛び出しそうになるねん。そろそろこっちの対策も考えなあかん。 「洸くん、おとうさん、お腹痛いってなってるよ。大好きな人には優しくね」 「……うん」 新の言葉に大きく頷きながら、洸は早速、新に手を伸ばして抱っこの催促をしている。あれ? ちょっと洸、鼻の下伸びてないか? 鼻の下伸ばしてデレデレしてる顔、俺や弦にそっくりやん。もしかして、早くも初恋始まってもうてる? 「ふわぁ……弦、おはよう」 テーブルで必死に何かを作って、職人のような顔をしている弦に、伸びをしながら声をかける。「おとうおはよう!」とだけ素早くこっちを見て、またすぐにテーブルに向かった。 こんなに朝早くからMAXのテンションで何かに取り組める子供ってすごいな。 「空は? まだ寝てる?」 「さっきみんなでおこしにいったんですけど、なかなか起きなくて。……夜更かしでもしたんですかね?」 新がにこぉっと優しい顔のまま、意味ありげに俺に微笑みかけてくる。 いや、俺はまだ何もしてへんで!? まだ……とか、いや、……告白したわ。俺も色々あって気持ちが高揚して寝付けへんかったし、空もそうやったんかもしれん。 「いや、……わからん」 新の前で墓穴を掘ってしまいそうやから、そそくさと洗面台に逃げる。顔を洗って、早く「お父さん」の顔に戻さな。 「洸!! できたで!!」 弦の大きな声が聞こえて、リビングから三人がはしゃぐ声が響いてくる。歯を磨きながら、相変わらず仲のいい家族の声に、自然と顔がニヤけた。 「……はようございます。元宮さん」 「ほはよ。ほら」 そこへ、ようやく起きてきた空がやってきた。口に泡を溜めたまま挨拶すると、空がまだ少し寝起きの残る顔でふにゃりと笑った。ふわふわしてるこっちの姿も、相変わらずかわいい。 歯磨きを終えて、「はい、交代」と腰を誘導するようにしてすれ違うと、同じように空の手も俺の身体に触れた。 昨日までとは少し違う、俺たちの関係。ほんの少し触れ合っただけで、身体中がうるさいくらいにドキドキした。鏡に映る空の恥ずかしそうな笑い顔が、俺と同じ理由やったらええな、なんて思う。 「はい、ご飯ですよー」 「うわぁ、朝からこんなに焼くの大変やったやろ?」 リビングに戻ると、テーブルには大家族さながらの数の焼き鮭が並んでいる。 「今日はオーブンでやったら一発でした」と、新は次は大量のお漬物を運んでくる。ほんま、よく出来たお母さんやで。 「あとはご飯とお味噌汁やな」 「ありがとうございます、助かります。お味噌汁はこぼしたら熱いんで、一番最後に僕が運びますね」 「はーい、お母さん」 「ふふっ、僕、いつから元宮さんのお母さんになったんですか」 穏やかな声で新が笑いながらツッコミを入れて、それを座って見ている空たちも楽しそうや。 こんな愛おしい日常が、ずっと、ずっと続けばいい。 そう思っていたのに。 「あ、そうや」 新が珍しく、少し言葉を崩して、何かを思い出したように呟いた。ほんまにそういう事が珍しすぎて、俺も空も飲んでいた味噌汁の手を止めて、新を凝視する。 「……僕、プロポーズされて。今までみたいに元宮さんを優先してお世話できなくなるかもです」 「……」 「……え?」 空の顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。 そうやな、わかってたはずや。新には新の生活があって、こんなにできた人やから、恋人がいてもおかしくない。それでも、「家族」という鎖でこの場所に閉じ込めてきたんは、俺らのエゴやった。 「……じゃあ、今までみたいにこうやって、家族でおられへんって事?」 少し震える声でそう聞く空に、新は黙って微笑んでいる。 「……空、家族なら、新の幸せを一番に考えなあかん」 胸が締め付けられるのを堪えながら、俺は空の肩に手を置いた。 「でも、洸くんは!? 洸くん、新の事、本気で家族やと思い始めてるのに……!」 「……そうですよね。だからこそ、やと思います」 新がそっと、左手をテーブルの下から出した。 その薬指には、キラキラと光る、折り紙で作られた指輪がはめられている。 「これ、おれがつくってん! すごいやろ!」 自慢げに胸を張って指差す弦を見る。 ……え、なにこれ。俺らは朝からなんの茶番を見せられてんの? 「お兄様が作ってくれた特注の婚約指輪です。……さっき洸くんにプロポーズされました」 ふふっと笑いながら、新は洸を見つめる。「むふふ」と何も言わずにニヤけている洸は、確実に恋をしている男の顔だった。 「……ほんま、俺の感情かえしてくれ」 呆れたように、盛大にため息をつく空。そして、我が子のあまりにも早すぎる婚約発表に戸惑う俺。え? 早ない? 恋愛禁止とは言わんけど、せめて18歳まで待ってくれへん? 「ということで。今後、ダーリンのリクエストによって献立が変わりますので、よろしくお願いしますね、お義父さん?」 「おと……ッ、!?」 さっき俺が新を「お母さん」と呼んだように、新は悪戯っぽく俺をそう呼んだ。 俺と空の関係が、昨日までとは少し変わったこと。全部お見通しの上で、新なりの落とし所を見つけて、こうやって和ませてくれたんやな。 「……とりあえず、おめでとう……なん?」 呆れ顔からいつの間にか苦笑いに変わっていた空と視線を合わせて、俺は小さく笑った。出来すぎた新のどこまでも優しい気遣いに、俺たちはただ、心地よく救われていた。

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