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第42話

あの不意打ちのキスから数日後。  週末、俺は再び元宮家に呼び出されていた。元宮さんも空も、洸くんも弦くんも全員がリビングに揃っている。いつもなら誰かがふざけて騒がしいはずの元宮家が、今日に限ってどこかそわそわとした奇妙な緊張感に包まれていた。  ただ、俺はまともに洸くんの顔も見られず、洸くんも無理に作ったような笑顔をしている。俺たちは、家族とはまた別の意味での緊張感にも包まれていた。 「みんな、ちょっと座って。大事な話があんねん」  居住まいを正した弦くんが、少し照れくさそうに、だけど芯のある声で口を開いた。 「俺、付き合ってる人と結婚することにしました。近いうちに籍を入れて、式も挙げようと思ってます。おとう、今まで育ててくれてありがとな」 「えっ……!?」  最初に声を上げたのは空だった。 すぐに「やったぁ! 弦くん、おめでとう!」と、弦くんの肩を抱きしめるようにして涙ぐんでいる。元宮さんも「そうか……弦が、ついに嫁さん貰うか」と、目元を緩ませながらもどこか誇らしげに弦くんの肩を叩いた。 「弦くん、おめでとう……! びっくりやわ!」  俺も胸がいっぱいになって、自分のことのように微笑んだ。  ほんの少し前の、洸くんの誕生日に見せたあの無邪気なやり取りをしていた弦くんから、まさかそんな報告があるなんて、夢にも思っていなかった。  パチパチと拍手が湧き起こる幸せな空間。 だけど、ふいに洸くんが低い声で呟いた。 「……絶対嘘やろ」 「は? 何言うてんねん、お兄ちゃんの言葉が信じられへんのか?」  少しからかうように、また2人のじゃれ合いが始まろうとする。 「……家におっても何も手伝わへん、料理すらまともに出来ひんやつと、誰が結婚したいん?」 「あほか、ここではやってくれる人がおるからやらへんだけで、ちゃんと自立したら出来るわ。俺、保育園では『お掃除上手なピカピカ弦ちゃん』って呼ばれてるんやぞ」  えへんと少し胸を張って、弦くんが負けじと返す。 もうあかんて、おじさん3人、笑い堪えて期待の目しか向けてへんて……! 「……先生って呼ばれてへん時点で誰よりも下に見られてるやん。これからも諸先生方に虐げられて、ストレスで頭ピカピカに禿げてしまえ」 「おいこら! 小僧!! 素直に『兄さんおめでとう』って祝えよ!!」  弦くんが爆発した時点で、今まで我慢していた分の笑いが一気に吹き出す。ほんま、この2人のやり取りが見られへんなるほど、惜しいもんはない。 「……でも、この家から1人おらんなるのは、寂しくなるな」 2人がわちゃわちゃとまだやり合ってるのを尻目に、空がしみじみと呟いた。俺がこの家から出ていった時も、そんな顔をしてくれていたな、と思い出す。 「まぁ、この歳まで実家暮らしの方が珍しかったからな? それくらい居心地のいい家やった。……おとう、くうちゃん、洸、それと新先生、今までお世話になりました」  深々と真面目に頭を下げた弦くんを見守る。流色に、洸くんも今回ばかりは茶化せへんやろ。 「……で、いつから一緒に暮らすん? 明日? 明後日? それとも来月?」  冷静にそう発した洸くんを見る。彼も流石に、寂しくなったんやろうか。 「いや、今から結婚資金貯めるから、1年後になるか2年後になるかはわからん。まだ敷金も目標額貯まってへんし」 「……じゃあせめて数ヶ月前に言えって。お金ない状態でプロポーズするとか計画性無さすぎて意味わからん。お預けくらって彼女かわいそうすぎやし、お前みたいなもんはChatGPTと結婚しとけ!!」  そう吐き捨てるように言い放った後、「いや、ChatGPTも可哀想やわ」と、洸くんは少し不機嫌に席を立ってリビングを出ていってしまった。 「……どうしよ、ど正論すぎて言い返せへんかった」  弦くんがアタフタしている姿を、3人で笑って見守る。 「……わかるで? 嬉しかったんやな? 色んな事を自分で決めて、一歩踏み出そうって思えた事が」  元宮さんが優しく弦くんに話しかける。そう、この2人はほんまに似ているから。きっと今の元宮さんも、若い頃の自分と弦くんを重ねて見ているのかもしれない。 「……俺は弦くんが早めに言うてくれて良かったと思ってる。それだけあれば、充分、してあげたかった事も心構えも出来るから。やっぱり自分の家庭を持ったら、そっちが大切になるし」  空の優しい微笑みに、弦くんが本当に嬉しそうに笑う。 空の、こういうところが好きやったんやろな。その温かい笑顔から、当時の弦くんの気持ちが、今の俺にはよく透けて見えた。 「……洸くんも怒ってる訳や無いと思う。寂しさの裏返しやな」  俺がそう言うと、弦くんも「わかってる」と笑って返してくれた。 「……新先生? 洸の事、頼んでいい? 洸、新先生がきてくれたら、すぐに機嫌直してくれると思うから」  そう言うと、弦くんは冷蔵庫から小さなケーキの箱を取り出して、俺に手渡してきた。 「これ、洸の好きなショートケーキ。持っていってくれへん? こんな話の時くらい、兄弟水入らずで仲良く一緒に食べようと思っててんけど」 「……優しいお兄ちゃんやな。洸くん、呼んでくるから。洸くんの好きなミルクティーと一緒に、ここに用意しといて。たまにはやるんやぞってとこ、見せんと」  ふふっと笑って弦くんの肩を叩く。  さぁ……重大な役目を任されてしまったわけだが、俺自身も今、洸くんとはかんっぺきに気まずい感じなんやけど。  俺が行ったところで、逆にさらに機嫌を損ねてしまったらどうしよう。そんな不安を抱えつつ、ゆっくりと階段を登る。

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