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第50話

「ただいま、洸くん起きてる?」 「ん、ギリギリ……」  少し眠そうな顔で、ソファからちょこんと顔を出す。ギリギリとか言いながら、これ絶対にちょっと寝てた顔やな。 「お弁当買って来たから食べよっか?」 「ん……あらたせんせ、なんかいい匂いするな?」  洸くんの隣に座り、お弁当をテーブルに置く。おまけに入れてくれたペットボトルのお茶を並べていると、くんくんと洸くんの顔が至近距離まで近づいてきた。 「ふふっ、わんちゃんみたいやな。お弁当のお肉の匂いかな?」 「違う……柔軟剤変えた?」  ……しまった。サプライズに渡す花束、どの花にしようか迷いすぎて、花屋に長居しすぎたな。それにしても、服に匂いが染み込むくらい迷ってたんか、俺。 「……いや、変えてへんけど。まぁ、お腹すいたからとりあえず食べよか?」  洸くんに割り箸を渡して、強引に話を逸らわす。お弁当のフタを開けた途端、お肉の香ばしい匂いが広がって、花の匂いのこともきっと紛らわせたはずや。 「おいしい?」 「うん、おいしい」  もぐもぐと美味そうに食べる姿を見つめる。相変わらず洸くんといると可愛すぎて語彙力がなくなる。相手もいい大人やのに、自分の気持ちを自覚してからどんどん甘くなってる気がする。 「……俺な? それなりに心配してるんやで?」 「ん? なにを?」  口をもぐもぐさせながら洸くんを見つめると、「ハムスターみたい」とふふっと優しく笑われた。え、俺そんなほっぺに詰め込んでた? 「……今の保育園、昔働いてた幼稚園より小規模やろ? 女の子の保育士さんばっかりやし、きっと大きいところと違って距離も近いやろし」  あー……洸くん、俺が職場の先生達と何かあるかもって心配してくれてんのか。 「……洸くん?今の時代な、45歳独身男性=絶対何か難ありって判断されるねん。だから、先生達も一歩踏み込んでこうへんよ。こんなおじさん好きになってくれるん、洸くんくらいやわ」  少し自虐を混ぜて言うと、「ほんまにぃ?」と洸くんは何故かすごく嬉しそうに目を細める。  よかった、と安心したのも束の間──。 「お花のいい匂いしたから、女の子先生と一緒に見に行って、買ってあげたんかと思った」  なんて、目も合わせずにしれっと言われて、心臓がビクゥッと跳ねた。  ほんまに、この家族はどこまでも鋭くて心臓に悪い。  今更やけど、明日のサプライズ計画がうまく行くのか、本気で不安になって来た。 ♢ 昨日の夜は、「泊まっていきたい」と甘える洸くんに「ええよ」と何事もないかのようにベッドを貸してあげた。  洸くんも、俺との関係を進めようと決めてからは、前みたいに無理に迫ってくることもなくなった。いつかプロポーズすると約束してくれてからは、本当に俺との未来を真面目に、大切に考えてくれているんやろな。  とはいえ。  無理に断るのも余計に怪しいかと思って「ええよ」と泊まってもらったものの、サプライズ当日の今日、当たり前のように俺の家にいるということは、やっぱり、今日も俺と一緒にいたいのは目に見えている。  ここからどうやって洸くんに怪しまれず、俺だけ先に実家へ向かうか。それが今日の最大の課題になってしまった。 「あらたせんせ、今日俺、買い物行きたくて。一緒について来てくれる?」  ソファから見上げてくる潤んだ瞳。ほらやっぱり。  何もなければ、それはもう荷物持ちでもなんでも喜んでしてあげたい。美味しいパフェだって奢ってあげたいし、なんやったらその買い物の代金だって全部俺が支払ってあげたい。 「……ごめん、今日ちょっとだけ、用事があって」 「え……そうなんや、残念」  目に見えてシュンと耳を落としたように落ち込む洸くん。  待ってくれ、そんな顔せんといて!? これは全部、洸くんのための用事やねん!  あぁもう、俺、サプライズとか最高に向いてへんわ。もう今ここで言うてええ? 洸くんならサプライズなんかせんでも、普通に大喜びしてくれると思うで! 「あ……でも、夕方実家寄るんやろ? 俺、時間あったら行こかな?」  これはギリッギリセーフ、のはず。嘘はついてへんし、なんやったら洸くんより先に俺は実家についてるから。 「え! ほんまに! じゃあ、1人でも頑張れる!」 「んふふ、かわいぃ」 「もぉ、あらたせんせ、今俺の事、幼稚園洸くんとして見てたやろ」  不貞腐れているようで、ちょっと嬉しそうな洸くんが可愛い。あかんな、このままやったら、いつまで経ってもこの家でいちゃいちゃしてしまうわ。 「じゃあ、気をつけていってらっしゃい」 「うん、あらたせんせもね?」  一緒に家を出ると、もしどこかで洸くんに見つかってしまえば全てが台無しになる。だから、俺は少し時間をずらして家を出ることにした。  玄関を出て、そっと右手のポケットに手を伸ばす。  指先が触れたのは、洸くんがまだ小さかった頃に、俺にくれた折り紙の指輪。  ずっと、大切に持ってた。あの時はまさかこんな事になるなんて夢にも思っていなかった。  いつか本当の、永遠の証を、この指輪に誓って交換できる日が来ることを願って。  ──愛おしい未来への願いを胸に、俺は元宮さんの待つ家へと急いだ。

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