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第二章 仕組まれた婚姻-4

 身体の痛みは三日もすれば消えて、そのころにはベッドからおりて歩くこともできるようになった。 「少し散歩でもいたしましょうか。城内を案内いたします」  ヒルギッタに誘われ、ヨルクは久しぶりに外に出た。  城門の内側に広がる住民が住む区画では、人々が忙しく行き交っている。馬の世話をする老人、道具の手入れをする若者、籠に野菜を入れて急ぎ足で歩いていく女たちに、そのそばで遊ぶ子供。王の住む広い城館を囲んで、城に仕える民らの住まいがあるらしい。どこも人声が響き、活気があった。  ひときわ人通りが多く騒々しいのは、武器や防具を作る平屋が軒を連ねる一角だった。恰幅(かっぷく)のいい男たちの鉄を叩く音が響き、炎の熱気が通りにまで流れてくる。 「たくさん武器を作ってるんだね」 「この地は戦が絶えませんから。剣も盾も、いくつ作っても足りません」  建物の外では、職人が木の盾に絵を描いていた。青い蛇のような文様は、海竜か。ヨルクが物珍しげにきょろきょろしながら歩いていると、職人らがこちらに気づいてニコリと笑みを見せてきた。まるで新しい王妃を歓迎するかのような親しみのこもった視線にいささか驚く。 「……皆は、僕が王妃になったことを嫌がってないのかな」  ヒルギッタにそっとたずねると、彼女は微笑んで答えた。 「王が選んだお方です。歓迎するに決まっています」 「けれど、僕は腐り手(フォル・ハント)なのに」  忌まわしい魔法を持つ魔族を、嫌悪したりしないのか。 「宝石妖精族は、玉化という魔法を使えると聞いていますが」  ヒルギッタがこちらを向く。背丈は彼女のほうが幾分か高い。 「それは人に対しても有効なのですか」 「人間を宝石に変えることができるかってこと?」 「ええ」 「できるよ。もちろんそんなことはしないけれど」  ヨルクは彼女を見あげて答えた。 「では、ジェマールの王族は皆、手袋をしなくてはなりませんね。王妃様だけがしなくてはならなかったのは、間違っていたのでは?」  ヒルギッタの言葉に目を大きく見ひらく。  確かに、宝石に変えられた生き物はそのまま死に至る。元に戻すことができないからだ。だとしたら父も母も、兄も姉も、召し使いや家臣に怖れられてもよかったのか?   なのに、ヨルクだけが爪弾きにされた。 「そんなこと、考えたこともなかった」  ヒルギッタは同情を滲ませた。 「不当に扱われていたと思います。腐り手(フォル・ハント)であっても、人の役に立つ道はあったのではないでしょうか」 「人の役に……」  自分の玉化が何かの役に立つなど、想像したこともない。 「どんな役に立つんだろう」  首を傾げるヨルクに、ヒルギッタはただ微笑んだだけだった。  話していると、城門まで辿り着く。がっしりした両びらきの扉がついた木の門には、上部に人の歩ける通路が組まれていた。  そこにオーディルがいた。兵士たちと遠くを眺めながら何か話をしている。  その姿を、ヨルクは心臓を高鳴らせながら見つめた。  オーディルは焦げ茶色の胴着に黒のズボン、そして使いこんだ長革靴をはいていた。腰ベルトには長剣がぶらさがっている。精悍な横顔は、海風に吹かれて少ししかめられていた。その表情が、床入りの儀のときの様子を思い起こさせて、ヨルクは慌てて目を逸らした。あの夜のことは早く忘れるようにと言われているのに。  王はあの後、何度かヨルクの部屋に見舞いにきた。くるたび果物や菓子を持ってきて体調を気遣ってくれた。ヨルクは毎回彼の訪問に胸をときめかせ、そんな反応をしてしまう自分を恥ずかしく思った。  この気持ちが何なのか。よくわからない。けれど、とても不敬な想いのような気がする。彼に知られたらいけない。知られたらきっと軽蔑される。オーディルが忘れろと言ったということは、彼自身も忘れたい出来事だったのだろう。それをいつまでも覚えていて、心を高ぶらせるなどみっともない。  ヨルクは胸を手で押さえた。  ふと隣を見ると、ヒルギッタも彼を見つめていた。じっと見あげる彼女の瞳は、身のうちに何か大きな力を秘めているようで、ヨルクは思わず相手を凝視した。  熱を持って潤む青い目には、自分と同じような強い感情が宿っている。それに気づいたとき、背筋がスウッと冷えていく心地がした。  ヒルギッタは王のことが好きなのだろう。だからこんな風に熱い眼差しを送っているのだ。  彼女は美しい。王にお似合いの娘だ。  ──そうだ。男は女を好きになるもの。婚姻だって男女で行うのが通例だ。  自分がオーディルに()かれるのは、どこかおかしいのかもしれない。多分、長い監禁生活できっと感情の一部が壊れてしまっているのだろう。優しくされて、心が男女の区別をつけなくなっているのだ。だから彼にこんなにも気持ちが傾いている。  この感情はいつか治るものなのだろうか。  王に疎まれたくない。奇妙な奴だと蔑まれたくない。  ヨルクはヒルギッタの輝くような容姿を眺めながら、どうかこのおかしな心が早く治りますようにと願った。  散歩を終えて部屋に戻ると、そこにはヘンリクがいた。 「王妃様の館がやっと整いましたので、そちらに移っていただきたく思います」 「僕の館?」 「はい。お迎えするにあたり大工に新しく作らせました。どうぞ、ご案内いたします。荷物は後で召し使いに運ばせましょう」  ヨルクが今までいた部屋は客間だったので、ヘンリクにいざなわれて、ヒルギッタと共に部屋を出た。屋根つき通路を歩いて大広間のある城館をぐるりと回りこむと、その先にできたばかりの木の色も新しい館が建っていた。 「こちらでございます」  海竜らしき彫刻が施された扉をあけて中に入ると、そこは広い居間になっていた。石と木でできた壁にタペストリーが飾られ、部屋の真ん中には四角い長炉がある。  奥の間は寝室で、そこだけ床が板張りになっていた。ひとり分にしては大きなベッドには毛皮がたっぷりと敷かれ、複雑な模様が入った羊毛の上がけがおいてある。その他にも、衝立で区切られた衣装部屋や、湯を使う小部屋もあり、入り口横には召し使い用の部屋もあった。 「広くて快適そうな部屋ですね」  部屋を見渡して、ヨルクは声を弾ませた。故郷ですごした塔と比べたら雲泥の差だ。  けれどふと、疑問を感じた。 「ここは僕だけの部屋なのですか。王の館はまた別にあった気がするんですが。婚姻すれば、普通は一緒の部屋ですごすものじゃないんですか」  ジェマールはそうだった気がする。ヒルドスキルフは違うのか。 「王は一緒に暮らす必要はないだろうと仰りました。夫婦ではありますが男同士、王妃様は王の目を気にすることなく、ここで誰とでもご自由にすごしていただければと」 「……」  男同士だから婚姻したのに別々に暮らすのか。そういうものなのか。何事に関しても知識がないのは自覚している。 「わかりました。王に礼を伝えてください」  ヨルクはいささか納得できないものを感じながらもうなずいた。 「王妃様、私に丁寧な物言いは不要です。ヒルドスキルフの人間は全て、あなたの民となりました。王に仕える私は、あなたにも仕える(しもべ)です」  深々と膝を折って目を伏せる。その横でヒルギッタも同じようにした。  ヨルクはぎこちなくうなずいた。こんな風に下にもおかない扱いはまだ慣れないので照れくさい。 「わかった。ありがとう、ヘンリク」  感謝の気持ちを素直に伝えれば、ヘンリクは淡く微笑んだ。  彼が去った後、部屋の中を改めて見て回る。テーブルや棚は、どれも草木をかたどった素朴な彫刻が施されていた。彩色はされているが、宝石をはめこんだものはない。故郷では木製の椅子ひとつとっても飾りに宝石が使われていた。豊潤に得ることができるからだったのだが、そのためこの国と文化の違いを大きく感じた。ここではきっと宝石は貴重なものなのだろう。  ──ではなぜ、宝石を生み出す妖精族を娶らなかったのか。  その疑問がわきあがる。ヨルクは素朴で躍動的な彫刻を撫でながら不思議に思った。 「王妃様、召し使いが荷物を運んできました。長持に移してよろしいでしょうか」 「あ、うん」  小さな(ひつ)ひとつにおさまる少ない私物を、ヒルギッタが長持に移し替える。彼女はヨルクのために忙しく動き回って部屋を整えたり、風呂の準備をしたりした。 ●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・●・○・ 試し読みはここまでになります。 続きは8/7(金)より各書店にて配信スタート!

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