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第二章 仕組まれた婚姻-3

 朦朧(もうろう)としながら見あげると、相手もまた苦しげに眉根をよせていた。 「……あぁ」  つらいのは自分だけじゃないのか。王も同様に、ヨルクを犯しながら苦しんでいるのか。  ハァ、ハァと浅く息を継いで苦痛をこらえる海竜王を見つめていると、彼に痛みを与えているのが自分だという事実が、胸を締めつけた。それはある種の救いだった。 「挿入したぞ。これでいいのか」  王が上半身を起こし、苦しげな声で見届け人にたずねる。太った小男はつながった箇所を確認し、脂汗を浮かべながら非情に告げた。 「種を放出していただかなければ」  その言葉に、王が見届け人を底冷えする眼差しで睨みつける。 「……何だと?」 「床入りは終わりとなりませぬ」  憤怒を吹き出した王に、見届け人も譲らなかった。 「ここまできたのなら、最後まで成し遂げていただきたい。途中でやめてしまっては王子が哀れです」  ヨルクに同情する気は皆無だろうに、そんなことを言う。  王は荒く深呼吸をすると、「七魔族同盟はヨルク王子を亡き者にしたいらしい」と吐き捨てた。 「王子」  海竜王に呼ばれて、心の中が何か知らない感情で一杯になる。 「終わったら、あの見届け人は俺が絞め殺してやるからな」  その宣告に小人族がギョッと目を剥く。 「……」  返事をする気力もない。けれど屈強な身体がのしかかってくると、ヨルクの中にまた情欲の火がともった。  事態を緊張した面持ちで見守るヘンリクとヤーンの前で、王が腰を揺らめかせる。するとつながった場所が蕩けていく。初めて知る意識が飛ぶような痛みと快楽に、ヨルクはズブズブと沈んでいった。 「ん……ふぁ……ぁ……」  ゆっくりと抜き差しされて全身がわななく。フルリと勃ちあがったヨルクの性器が、雫を滲ませて震えた。そこに王が手を添えてくる。大きな手で扱かれると、快楽が倍増しになった。 「は……あ……あ……ぁふ……ゃ……ぁ……」  ひらきっぱなしの口からは、絶え間なく声がもれた。みっともない(あえ)ぎを聞かれたくなくて両手で口元をおおい隠すと、大きく割りひらかれた足の間で、王が下肢を小刻みに前後させた。そうしながら意識を集中させるように目をとじる。王は歯を食いしばり、汗を滲ませて筋肉を強張らせた。 「……むぅ……ッ」  しばしの後、低く(うな)って息をとめる。刹那、ヨルクの中で王のものがビクビクと痙攣(けいれん)した。 「あ……は……」  その刺激に、引き攣れた後孔が限界越えを訴える。  海竜王は深くうなだれて、肩を上下させた。そして息が整うのを待ってから、ふたたびヨルクの性器を擦り始めた。 「あッ、あぅッ……ああ、やァっ……」  激しい快感が脳天を突き抜ける。何が何だかわからぬうちに下半身が歓喜に包まれて、目の前にチカチカと星が舞った。下腹の奥のどこかから、何かがせりあがってくる。制御できないそれは肉茎の中の細い管を通って、あっという間に先端から(ほとばし)った。 「ひゃ……や……やだやだ……あ……ああっ、あああ……っ」  白濁した雫が勢いよく噴き出したとき、ヨルクは身体の中のどこかが破裂したのだと思った。  自分は死ぬのだ。ついに、そのときがきたのだ。  信じられない気持ちよさの波が引いていくと、ヨルクはぐったりと寝床に沈みこんだ。息も絶え絶えで、すぐにでも昇天しそうだった。  王はそんなヨルクから、ゆっくりと己を引き抜いた。下半身を圧迫していた塊がようやく去り、放り出された後孔が開放感にひくつく。尻のあわいにどろりと垂れる感覚がきて、血だと確信した。 「()ったぞ」  王が一言告げて、身を起こす。そして上向いて反り返る肉の茎を小男の前にさらした。 「俺の種だ。確認しろ」 「…………」  小人族は脂汗を浮かべて後ずさった。  ヨルクは朦朧としながら王の分身を眺めた。先端からとろりと流れる雫は、自分の放った体液と同じく乳白色をしている。  それで、ヨルクは彼もまた性器の奥が破裂してしまったのだと悲観した。      ***  目覚めたとき、重い身体は客間のベッドの上に横たわっていた。 「……」  あけ放たれた窓から、朝の光が差しこんできている。それが壁のタペストリーを明るく照らしていた。象牙色の生地に描かれた青や黒の見知らぬ紋様は美しく、ぼんやりと見つめていたら衝立の向こうからゴソゴソと音が聞こえてきた。 「王子様」  声をかけられて、首を巡らせると、エルミナールがうかがうような表情で衝立から顔を出していた。 「お加減はいかがですか」 「……」  ヨルクは重い(まぶた)を瞬かせた。  昨夜は、あの後すぐに意識を手放してしまった。失神する直前、自分は冥界に向かうのだとばかり思っていたのだが、どうやら違ったらしい。ここはどう見ても現世だ。 「僕は、……生きている?」 「ええ。驚いたことに」  あまり心配している口調ではない。本当に驚いているようだ。だがヨルク自身もびっくりしていた。 「死ななかったんだ」 「そのようですね」 「王は? 海竜王は、どこも痛めていない?」  エルミナールは片眉を持ちあげた。 「ええどこも。お元気そのものでしたよ」 「……そう。よかった」  彼の身体は壊れていなかったらしい。  こちらにやってきたエルミナールは荷物を抱えていた。 「王子様、いえ、もう王妃様ですか。ヨルク王妃。──男であるのにこの呼び方は奇妙ではありますが。まあ、とにかく王妃様、私と見届け人は役目を終えましたので、これで帰らせていただきます。国に戻り、婚礼の儀が無事執り行われたことを金剛王に報告いたします。王妃様はどうぞこの国でお健やかにおすごしください」  その声にヨルクの幸せを願う様子はいささかも感じられなかった。きっと父王の望む報告ができないせいだろう。 「そういえば、見届け人は、どうなったの? 海竜王に絞め殺された?」  王は昨夜、ことが終われば小人族を殺すと言っていたはずだ。 「まさか。彼はピンピンしていますよ。同盟から派遣された婚姻見届け人を勝手に殺したらそれこそ黒魔族認定ですからね」 「ああ……そうなんだ」  何事もなかったようでホッとする。 「では。ヨルク王妃、私はこれで。もう二度とお目にかかることもないと思いますが、今までジェマールで無事に生かされてきたことに感謝して、この先は暮らしてください」  祖国がヨルクにしてきたことを恨むな、と言うことらしい。 「わかった」  あの地の牢獄から解放されたのだ。そのことには感謝しなければならないだろう。  しかしこれから、ここで自分はどうなるのか。生き残ったことに意味はあるのだろうか。 「さようなら。ヨルク王妃」  最後に挨拶をしてエルミナールは部屋を出ていった。  大きな感慨もなく、ただ心にぽっかりと空洞ができてしまったようで、ヨルクは意味もなく泣きそうになってしまった。  解放感と不安と、安堵(あんど)と心細さと。相反する感情が入り乱れる。腐り手(フォル・ハント)である自分などを王妃にして、あの海竜王はヨルクをこれからどのように扱うつもりなのか。機嫌をそこねたらやはり撲たれたりするのだろうか。昨夜、彼から与えられた痛みを思い出し、ヨルクはブルリと身を震わせた。すると王を受け入れた場所が鈍痛を訴えてくる。それは確かに痛かったけれど、もっと別の余韻も抱えていた。  ──『終わったら、あの見届け人は俺が絞め殺してやるからな』  王が最中に放った台詞が耳に(よみがえ)る。低く男らしい声音は、上がけの中の肌を粟立(あわだ)たせた。  あれはまるで、苦しみながら死ぬかもしれないヨルクを少しでも救おうとして、発せられた励ましのような気がする。 「……」  床入りの儀式はひどいものだったけれど、この先、彼は理不尽にヨルクを傷つけたりはしない。そんな予感がした。  ぼんやりしていたら、近くで扉のひらく音がした。誰かが部屋に入ってきたらしい。 「ヨルク」  さざ波のように響く声は、海竜王のものだった。  こちらにやってきた王は静かな眼差しをしていた。昨夜の怒りは夜明けと共に去ったようだ。 「王」  ヨルクはかすれ声で答えた。 「オーディルだ」 「……ぇ」 「私の名はオーディル。そう呼べばいい」 「……オーディル」  オーディル王はヨルクの枕元に腰かけた。 「具合はどうだ?」  問われて、どう答えていいかわからず戸惑う。身体の節々はまだ痛むし、彼のもので苛まれた場所は未だジクジクと沁みる痛みを訴えている。けれどそれを明かしたところで一体何になるのだろう。 「生きています」  とりあえず、死にはしなかった。それを教えると王が、ふっと口の端を持ちあげた。  ──あ。  その表情は微笑みによく似ていた。  ヨルクは誰かが自分に笑いかけるところを見たことがない。だからとても奇妙な感じがした。精悍(せいかん)な容姿は、自分と全く違って男らしい魅力に(あふ)れている。見つめていると胸の内側が、さあっと涼しげな風に洗われていく心地がした。同時に心臓がトクンとひとつ跳ねる。 「昨夜はお互いひどい目にあったな。床入りの儀があんなことになるとは私も思っていなかった」  オーディルは伏し目がちに語った。ヨルクは端整な顔立ちや、腰まで流れる美しい銀髪を見つめた。  他人からの謝罪めいた言葉も、生まれてこの方もらったことはない。王が発する全ての言の葉は、ヨルクにとって未知の、神秘的な響きを持っていた。 「早く忘れたほうがいい」  だから苦い声音でそう言われたとき、ヨルクは目を瞬かせた。 「そなたも嫌だったろう。男と寝るなど」 「……」  嫌だったのだろうか、と自問する。  確かに痛かったし苦しかったけれど、嫌でしょうがなかったかと聞かれたら、それは違うような気がした。  黙ったままのヨルクに、オーディルが目を移してくる。少しうかがうような視線を向けた後、ふいとまた逸らした。 「召し使いの中で、一番美しい娘をそばにつけさせる。それで楽しんで、早く忘れなさい」  命じられれば、従うことしか知らない。 「……はい」  娘で楽しむとはどういうことか。わからぬままに返事をした。  オーディルはひとつうなずいて、それから別のことをたずねてきた。 「その手袋は何のためか」  上がけから出ているヨルクの右手を指さす。ヨルクはかすれ声で答えた。 「この手は、出していると、皆が怖れるからはめています」 「そなたが望んでつけているのか」  問われて首を傾げる。手袋について何かを望んだことなどない。物心ついたときから身体の一部のように手のひらに存在していた。 「望んでいないのなら外せばいい」 「……」  エルミナールもいないのにどうやって? と疑問を覚えると、オーディルは腰ベルトの小物入れから小さな石を取り出した。それはエルミナールが持っているはずの魔法解除の石だった。 「これをそなたの侍従から預かった」  ヨルクが何か言う前に、王は小石を手袋の甲に押しあてて、分厚い革製の袋をするりと引き抜いた。 「こんなものはもう必要ないだろう。この国に、そなたの手を怖れるような軟弱者はひとりもいない」  手袋の中に石を放りこんで、くしゃっと丸めてしまう。まるでゴミでも扱うような仕草に、ヨルクは呆気に取られてしまった。  幼いころからずっと自分を束縛していた手袋は、ヨルクが腐り手(フォル・ハント)であることの象徴であり、それを忘れてはいけないという戒めでもあったのに。  右手が自由になって、ヨルクは指が一回り小さくなった気がした。皮膚を覆う革がないと、剥き出しの部分がスウスウする。 「必要なものがあればヘンリクに言いなさい。またくる」  オーディルはそう告げて、部屋を出ていった。  ひとりになったヨルクは驚きつつ目の前で手をひらいたりとじたりして感触を確かめた。本当に素手で暮らしていいのだろうか。信じられない。  ぼんやりしていたら、王と入れ違いにヘンリクがやってきた。料理ののった盆を手にした娘をひとり伴っている。 「王妃様」  ヘンリクは(うやうや)しく挨拶をした。ヨルクは昨日の儀式に彼もいたことを思い出し、いささか気恥ずかしい気持ちになった。  そして王妃と呼ばれるのにもまだ慣れていない。何と答えていいものかと戸惑っていたら、そばまでやってきたヘンリクが腰を低くして言った。 「この娘を、あなた様の召し使いにいたします。どうぞお好きにお使いください」  紹介された娘は金髪碧眼(へきがん)の美しい容姿をしていた。髪はきれいに編みこまれ、裾の長い服に、前かけを着けている。 「ヒルギッタと申します」  娘はヨルクと同じくらいか、もしくは少し年上に見えた。しっかりした体つきに、キリリと持ちあがった眉と大きな瞳は意志の強そうな印象を与えてくる。細面の姉とは違う魅力のある女性だった。 「王妃様には、よく尽くすように」  ヘンリクがそう言いおいて部屋を去る。するとすぐにヒルギッタは手際よく働き始めた。ヨルクの上半身を起こして背中に枕をいくつかあてて、食事ののった盆を目の前におく。 「どうぞ、王妃様」  盆には湯気をたてる料理が並んでいた。美味しそうなスープにパン、果物もある。 「ありがとう」  腹が減っていたヨルクは(さじ)を手にした。そしてびっくりした。指を覆うものがないと匙がすごく持ちやすい。木の道具がこれほど手にすんなり馴染むとは。  少し呆然としていたら、ヒルギッタが訝しげにこちらを見てきた。腐り手(フォル・ハント)を怖がる様子が全くないので、それにも驚いてしまった。  色々と予想外のことが起こり、ヨルクはいささか混乱しながらスープを口に運んだ。具沢山のスープは温かくてとても美味しい。祝宴以外でもこんな食事をすることができるなんて。  王はなぜ、自分にここまでしてくれるのだろう。あまりのもてなしにかえって怖くなる。  しかしそんな不安も恵まれた食事と皆からの親切な扱いに(くる)まれて、次第に心の奥底に沈んでいった。どうなってもいい覚悟でやってきたのだ。今だけの幸せだとしてもありがたく受け取ろう。  料理を残さず平らげたころ、部屋に布袋を持った老人がひとりやってきた。 「医師でございます。どうぞお見知りおきを」  老人が自己紹介をする。ヒルギッタが盆と共に部屋を出ていくと、医師は枕元にきて言った。 「では、王妃様。尻の具合を見せていただけますかな」 「えっ」  いきなり頼まれて、ヨルクは飛びあがりそうになった。 「な、なぜ」 「薬を塗らせていただきたく」 「薬?」 「粘膜が腫れておられますゆえ」  薬というものが何かは知っている。けれど使ったことはない。 「いや。いらない」  ヨルクは首を振った。他人に尻をさらすなど考えられない。 「お恥ずかしがる必要はございません。昨夜、王妃様が気絶された後、私めは一度治療しておりますゆえ」 「え? そ、そうなの……」 「薬を塗ったほうが治りが早いです。さあ」  促されて、ヨルクは渋々寝間着をまくりあげて(した)穿()きを脱いだ。床にうつぶせて医師に尻をさらすと、老医師は手早く尻の孔に何かを塗りこんだ。 「……」  すると鈍痛のあった場所がすうっと楽になる。 「どうですか。痛みはありますか」 「なくなった」 「それはようございました。ヤーンはうまく下拵(したごしら)えをしたようですな。切れてもいないので、安心なさってください」  治療が終わると、ヨルクは服を戻して仰向けになった。 「後で召し使いに薬湯を持ってこさせましょう」  医師が薬を片づけながら言う。  ヨルクはその言葉をほとんど聞いていなかった。それよりも自分の身体の変化に驚いていた。薬を塗ったら、あっという間に痛みが消えた。まるで魔法をかけたみたいに。  ジェマールにいたころは、痛みはずっと我慢して我慢して、時間をかけてひとりで治すものだった。『いたくない、いたくない』と言い聞かせて、泣きながらやりすごすものだった。  なのに薬を使えばこんなに早く楽になるとは。  ジェマールにだって薬はあったはずだ。けれど自分には、一度だって与えられなかった。 「……」  ふいに、得体のしれない惨めさに襲われて、ヨルクは喉を震わせた。  あの牢獄のような部屋で縮こまっていた幼い自分を思い出し、言い知れぬ悲しさに打ちのめされる。あそこにずっといたのなら。いつか痩せ細り、病んで孤独に命を落としていただろう。誰にも看取られず。  なのに、どういう運命か、この地に迎えられた。 「……うっ」  医師が去ると、ひとりになったベッドで、ヨルクはボロボロと涙をこぼした。  ここにこられてよかった。どんな理由があろうと故郷を出られてよかった。オーディルが、自分を娶ってくれて、本当によかった。  彼がなぜ忌み嫌われる腐り手(フォル・ハント)を嫁に迎えたのかはわからない。  けれど何であれ、ヨルクは誠心誠意、死ぬまで彼に尽くそうと心に誓った。      ***

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