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第1話
ドオォォォォン……!
天を引き裂くような雷鳴が轟く。
大地を揺るがす振動が地面から直に伝わってきて、白川(しらかわ)ユキはハッと目を覚ました。
「わぁっ! な、なんだ……?」
辺りは薄暗く、霧が煙っていてよく見えない。それでも、自分が知っている場所でないことはなんとなくわかった。
さっきまで通学路を歩いていたのに―――。
高校を出てバスに乗り、終点のひとつ手前で降りた。いつもなら地下鉄の駅まで行くのだけれど、車内でこちらを窺う視線やヒソヒソ声に居心地が悪くなったからだ。
「なぁ、知ってる? 白川ってハーフなんだって」
「あー、髪とかめっちゃ茶色いもんな。俺なんて染めたらすぐ怒られるのにさ」
「ハーフって得だよなぁ。勉強しなくても英語ペラペラなんだろ?」
「顔も良くて英語も喋れて最強じゃん。なのにあいつ、なんかいつもぼっちだよな」
「馴れ合うのが嫌いなんじゃね? 目立つ俺最強、みたいな」
「うわー! 俺もそういうの言ってみてー!」
あはははは、と大きな笑い声が起き、運転手から「車内ではお静かに」の注意が入る。クラスメイトたちは「やべっ」と互いに顔を見合わせ、またこちらを見ては囁き合った。他の乗客も彼らと自分を交互に見ている。小さな頃から自分の外見が周囲から浮いていることはなんとなく気づいていたし、目立つことも慣れていたものの、さすがにこの状況は耐えられなくてそそくさとバスを降りたのだった。
しかたがない。それに、地下鉄の駅までは歩いても五、六分だ。いい運動だと気持ちを切り替え、ユキは鞄を肩にかけ直して歩きはじめる。
けれど、いくらも行かないうちに辺りが薄暗くなった。分厚い雲がみるみる空を覆い、今にもザーッと降ってきそうだ。
急がなければと思ったその時、カッ! と頭上で閃光が生まれた。稲光だ。
眼底を焼き尽くすかのような眩しさにユキは目を瞑り、さらに両腕で顔を覆う。衝撃に蹌踉めいた弾みに肩から重い鞄がずり落ち、それにつられて自身も転んだ。
次の瞬間―――ドオォォォォン……! という雷鳴とともに身体に衝撃が突き抜ける。
それきり何もわからなくなった。
「…………そうだった」
思い出した。雷に打たれたんだっけ。
「てことは、ぼく、死んだの……?」
それにしては声も出せるし、身体も動く。芝生の上に肘をついて上体を起こしてみたが違和感はない。あんな目に遭っても生きていられたなんてまさに奇跡だ。
「とりあえずよかった。……まぁ、ここがどこかはわかんないんだけど」
それに衝撃の名残なのか、身体のあちこちが痛くて参る。
項垂れたままため息をついていると、遠くの方から何かが近づいてくる音が聞こえた。車だろうか。それにしてはガタガタとずいぶん騒々しい。
気になって顔を上げると、目の前で停まったのは黒塗りの馬車だった。本物の黒い馬が二頭、立派な馬車を引いている。
「へっ?」
映画や海外ドラマで見たことはあっても、本物を目にするのははじめてだ。
驚きのあまりそのままの姿勢で呆けていると、手綱を握っていた御者が御者台を下りておそるおそるこちらへ近づいてきた。
「おい、行き倒れか? まさかこんなところで死んでるんじゃないだろうな?」
頭のすぐ近くにランタンを掲げられ、眩しくて思わず顔を背ける。
「生きてるんだな。こちらを向け」
有無を言わさぬ口調に渋々言われたとおりにすると、顔を覗き込んできた御者はなぜか「えっ!」と驚きの声を上げた。
「そ、そんな……そんなまさか……たっ、大変でございます! ルカ様!」
よほど仰天したのか、声を裏返し、転げるように馬車に逃げ戻っていく。
ユキはぽかんとするばかりだ。いくらなんでも、人の顔を見てあんなに驚かなくたっていいだろうに。まるで死んだ人間に会ったとでも言わんばかりの動揺ぶりだった。
「なんだったんだろ」
不思議に思いながらも立ち上がり、制服の埃を払っている間に再び御者が近づいてきた。今度は馬車に乗っていた人物も一緒のようだ。暗くて顔まではわからないけれど、背格好からしてユキと同じ年頃の少年らしい。
その彼がランタンを掲げた瞬間、今度はユキも一緒に「わっ!」と叫んだ。
「だ、誰だよおまえ! どうして僕にそっくりなんだ!」
「あなたこそ、めちゃくちゃぼくに似てるじゃないですか」
互いに目を丸くする。
こんなことがあるなんて、実際に面と向き合ってもすぐには信じられなかった。
まっすぐこちらを見つめてくるぱっちりとした大きな瞳。ミルク色の頬は人形のようにふっくらしていて、青年らしさにあどけなさを加えている。アッシュグレーのやわらかな髪や瞳といい、中性的な面立ちといい、自分たちは何から何までそっくりだ。
まるで『ドッペルゲンガー(もうひとりの自分)』を見ているよう。
違っているところといえば、彼が豪華な宮廷衣装を身につけている点だ。まるで近世にタイムスリップしたような格好に目が釘づけになる。自分のブレザーとは大違いだ。
「ほえー……」
びっくりして呆けていると、一足先に我に返った相手が強がるように鼻を鳴らした。
「ふ、ふぅん……わかったぞ。さては僕に変装して宮廷に忍び込むつもりだな。そのくせみすぼらしい格好なんかしちゃってさ。やめてよね、僕の品格が疑われるだろ」
「へ、変装? 宮廷?」
「本人目の前にして誤魔化そうったって無駄だよ。……ったく、冗談じゃない」
少年が迷惑そうな顔で見下ろしてくる。
対人スキルがポンコツであることを自覚しているユキは、できるだけ相手を刺激しないよう愛想笑いを浮かべながら頭をフル回転させた。
目の前の彼―――自分とそっくりな少年は、どう見ても生粋の西欧人だ。骨格や容姿もさることながら、古めかしいクイーンズイングリッシュを話している。
ユキは父親がイギリス人で、日本語と英語の両方で育てられた。だからこうして英語で話しかけられても困ることはないのだけれど、彼の古風な発音といい、映画で使うような単語がポンポン出てくるところといい、なんとも不可思議で戸惑ってしまう。
―――それを訊けたらいいんだけど……。
残念ながら、初対面の人とフレンドリーに話すのは苦手だ。
パッと見で外国人に間違われることも多かったユキは、昔から興味本位で噂されたり、遠巻きにされたりしてきた。人づき合いが苦手になったのはそのせいだと思う。
恋愛もしたことがない。興味がないわけではなく、恋愛対象が同性だったからだ。
そんなユキの趣味は海外ドラマを見て妄想すること。大好きなドラマの世界に入れたらどんなにいいだろうと想像するだけで胸が躍った。
そう、たとえば目の前の彼のように。
―――あれ?
ふと、大事なことに気がついた。
この服装といい、この話し方といい、そういえば覚えがある。
「あ、あの、もしかして、ルカ様だったりします……?」
「……! どうして僕の名前を知ってるんだ!」
ルカはビクッと身を竦ませた後で、「いや、変装してるんだもんな。名前ぐらい知ってるよな」とブツブツ呟く。
「うわぁ。本人なんだ……すごい……!」
対するユキは顔を顰められてもなんのその、わくわくと胸を高鳴らせた。
間違いない。彼こそ最近ハマっている海外ドラマ『レザン―背徳の王冠―』に出てくる登場人物のひとりで、王子を刺し殺そうとしたり、別の王子に毒を飲ませて本当に殺してしまったりする、いわゆる悪役令息だ。
『レザン―背徳の王冠―』はサブスクのおすすめに出てきた作品で、何気なく見はじめてからというもの、熾烈な権力争いとドロドロした愛憎劇にたちまち夢中になってしまった。ちょうど3話目を見終えたところで、主軸となる王太子と隣国の姫の結婚の裏で展開する、ルカと第三王子とのただならぬ関係に鼻息を荒くしていたところだ。
そんなルカを演じる俳優と会える機会があるなんて、これまで考えたこともなかった。雷に打たれたショックで記憶が飛んでいるだけで、撮影現場に入る機会にでも恵まれたのだろうか。
「信じられない。なんてラッキーなんだろ……」
もう踊り出したいくらいだ。
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