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第2話
ほくほくしているユキとは対照的に、ルカは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
「僕と同じ顔でニヤニヤすんのやめてくれる? ていうか、変装にしては出来すぎ」
「すみません。もともとこういう顔で……」
「はぁ? そんなの信じると思う? どっからどう見ても僕じゃん。……おまえ、ここで何してる。何が目的だ。正直に話さないと痛い目に遭わせるぞ」
パッと拳を振り上げられ、ユキは情けない悲鳴とともに後退る。暴力は苦手だ。
「ななな何もしてません。気づいたらここにいたんです。本当です」
「この期に及んで誤魔化すつもり? どこの家のものだ。従者はどうした」
「従者? えっと……SPのことですかね? そんなのいません。俳優のあなたと違ってぼくはただの一般人なので」
「ハイユウ? さっきからわけのわからないことばっか言うやつだな。僕を誰だと思ってるんだ。僕は、あのグロッサリー侯爵家のルカだぞ」
「もちろん知ってます。その、ルカ様の役を演じてるんですよね?」
「はぁ? だから、ルカは僕だって言ってるだろ」
「???」
どうも会話が噛み合わない。もしかして……まさかとは思うのだけど、ここはドラマの中の世界だったりするのだろうか。
―――そんなことってある???
目をまん丸にするユキを見て、ルカは呆れたようにため息をついた。
「これだからバカの相手は疲れる……」
「ルカ様。怪しいものにあまり関わりになりませんように」
御者は、主人と双子のようにそっくりなユキを気味悪がっているようだ。ルカも忠告を受けて踵を返そうとする。
その瞬間、ドラマ好きの血が騒いだ。
「ま、待って! あなたに訊きたいことがあるんです」
ルカが驚いたように立ち止まる。
よくわからないけれど、これはチャンスだ。人見知りを発揮していたらもったいない。『レザン―背徳の王冠―』について知りたいことなら山ほどあるし、とりわけ第三王子であるアーサーとのその後のことは根掘り葉掘り訊いてみたい。
「実は、アーサー殿下のことなんですけど……」
けれどその名を口にした途端、ルカはこれ以上ないほど憎々しげな顔になった。
「大っっっ嫌いなやつの名前なんて出さないでくれる?」
「婚約者じゃないですか。ぼく、ルカ様とアーサー殿下がこれからどんなふうに関わっていくのか、めちゃくちゃ注目してるんです。できたらその、心を通い合わせる場面とかもあったらいいなぁって……」
「はぁぁ???」
ルカがいよいよクワッと目を剥く。
「冗談じゃない。だいたい、僕があいつと婚約させられたのはしょうもない『しきたり』のせいだ。王族の血統の中で最後の独身だったせいで、男なのに王子に嫁げって言われたんだぞ。周りに勝手に決められただけだ。僕の意思だなんて思われたくない」
「確かに、あんまり気乗りされてませんでしたもんね」
ルカとアーサーの婚約が決まったのはドラマの第3話。この間見たばかりだ。その時の衝撃とときめきといったら尋常ではなかった。思わず最終話である第6話まであらすじを貪り読んでしまったほどだ。
だから、ふたりの関係がどうなるのか本当は知っている。
それでも実際に映像作品を見てどう感じるかは別の話だし、描写として新たなときめき材料が投下されるかもしれない。それが今一番の楽しみだ。
ちなみに、ドラマでルカを見た時も自分と似ているとは思った。けれど同じような髪や目の色の人間ならたくさんいるし、何より性格が正反対なので自分と重ねて見る発想にはならなかった。おかげでアーサーとのあれこれは完全な外野として楽しんでいる。
それもこれも当事者のルカからしたら、たまったものではないだろうけれど。
「ルカ様の気持ちもわかります。やっぱりその、男同士なんて気持ち悪いって……普通は思っちゃいますよね」
「そこじゃない」
「え?」
「別にいいじゃん、男同士だって。僕は単に、あの澄ました王子様がタイプじゃないって言ってんの」
「えっ。……っと、それってつまり、他に好きな人がいる、とか……?」
「おまえには関係ないだろ」
ツンとそっぽを向かれてしまう。
その横顔を見つめながら、ユキはドキドキと胸が高鳴ってくるのを感じた。
―――どうしよう。あらすじに載ってない情報知っちゃった……!
ドラマの中に入るとこういうこともあるのだ。思いがけない収穫を得てしまった。
「ふふふ。すごい役得だなぁ」
「僕の顔でニヤけんなって言っただろ。鬱陶しい」
ルカは思いきり顔を顰める。
その彼が、不意に「そうだ!」と指を鳴らした。
「いいこと考えた。おまえ、僕の身代わりになれ」
「へっ?」
「自分そっくりの人間だなんて気持ち悪いことに変わりはないけど、ここまで似てるなら逆に好都合かもって思えてきた。どうせ王宮に忍び込むところだったんだろうし、いっそこのまま僕のふりしてアーサーの婚約者になってよ」
「えええ!」
「ルカ様!」
慌てて御者が諫めるものの、ルカは聞く耳を持とうとしない。それどころか「いいから先に戻ってろ」と馬車に追いやる始末だ。
唖然とするユキに、ルカは顔を近づけてきた。こうして立って向き合うと身長まで怖いくらい同じだ。
「言っとくけど、これは命令だから。グロッサリー侯爵家に逆らえる人間は王家を除いて誰もいない。もちろんおまえも」
ルカはフロックコートの中に手を入れ、腰に挟んでいた短剣を取り出すと、呆然としたままのユキに押しつけてきた。
「これでアーサーを始末しろ」
「……!」
ルカの目が悪役令息らしくギラリと光る。
「僕はあんなやつと結婚したくない。でもしきたりは絶対だ。かくなる上は相手に死んでもらうしかないと思って、わざわざ武器商人から手に入れたんだ。おまえにあげるよ」
「な、何言ってるんですか! そんなことできるわけないじゃないですか!」
アーサーは好きな登場人物のひとりだ。死んでほしくないし、ましてやこの手にかけるなんてあり得ない。
ぶんぶん首をふるユキに、ルカは鬱陶しそうに片眉を上げた。
「僕に刃向かうつもり? 王子の婚約者に変装して悪事を働こうとした怪しい人間だって言って、護衛につき出してやってもいいんだよ。どんな拷問されるかは知らないけど」
「ひぇっ」
「それが嫌ならしっかり働くことだね。しくじったらおまえの命はないよ。その代わり、成功したら僕の替え玉にしてあげてもいい」
ルカがニヤリと笑うと同時に激しい雷鳴が轟いた。彼は顔を顰めながら空を仰ぐ。
「春ももう終わりだっていうのにこんな雷……。不吉の前触れじゃないといいけどね」
「そ、そんな……」
「まぁ、僕にはもう関係ないけど。せいぜい頑張って」
ルカはヒラヒラ手をふると、そのまま馬車の方に歩いていってしまった。
「ちょ…、待って。待ってくださ……わっ!」
慌てて追いかけようとしたユキは足元の石に躓いて転んでしまう。そうこうするうちにルカを乗せた馬車は音を立てて走り去っていき、後には自分だけが残された。
「どうしよう…………」
思ってもみないことの連続に呆然としたまま短剣を見下ろす。手の中のずっしりとした重みを自覚した途端、恐ろしさに身体がふるえた。
「これでアーサー殿下を、なんて……。ダメダメダメ! とんでもない!」
たとえ現実世界だろうと、ドラマの中だろうと、人を殺すなんて絶対ダメだ。ましてや注目している登場人物のしあわせを願わなくてどうする。
「とにかく、まずは安全そうな場所に移動しよう。さっきルカ様は宮廷って言ってたし、もしかしたらここは王宮の敷地内なのかも」
それならなおさら離れなければ。
押しつけられた短剣はズボンの後ろポケットに突っ込んだ。持っているのも嫌だけど、置いていったらそれはそれで後で騒ぎになりそうだし、「勝手に捨てた罰だ」とルカに命を狙われる可能性もある。
とにかく一刻も早くどこかへ行かなければと辺りを見回した時だ。
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