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第3話

「そこにいるのはルカか?」 「……!」  しまった。人が近づいてきていることに気づかなかった。  ユキは慌ててポケットからはみ出している柄をブレザーで隠し、ドキドキしながら声のした方に向き直る。  だが相手を一目見た途端、またも目を丸くすることになった。 「ウィリアムさん!」  現れたのは、アーサーの第一従者であり、ルカの幼馴染みでもあるウィリアムだ。  ドラマで見た時も背の高い人だなぁと思ったけれど、こうして会うと一八〇センチ以上あるように見える。肩幅が広くがっしりしているのは日頃の鍛錬の賜だろうか。キリリと引き締まった顔つきや、ヘアアレンジなどとは無縁な短く切り揃えられた焦げ茶色の髪が彼の生真面目さをよく表していた。シンプルな臙脂色の上着もよく似合っている。  年齢は二十三歳と主人よりふたつ下だが、真面目な人柄でアーサーからの信頼も篤い。  ドラマでは、主君と我が儘な幼馴染みの間に挟まれ、双方から愚痴や悩みを聞かされるという気の毒な立場でもある。そのため彼が映るたびに「ウィリアムさん、頑張れ!」と心の中で応援したものだった。  そんなウィリアム本人と、まさか向き合うことになるとは。 「こんな裏道で何をしている。馬車から転げ落ちでもしたのか」 「え、えっと……」 「それとも、また癇癪を起こして王宮を飛び出そうとしていたんじゃないだろうな」 「それは、その……」  暗くてよく見えないからか、ウィリアムは目の前の相手をルカだと信じて疑っていないようだ。言い淀むユキに対して「困ったやつだ」とばかりに嘆息した。 「アーサー殿下のことだろう。……おまえの言い分もわからんではないが、こればかりは感情で片づけられる話ではない。貴族には貴族の義務がある。そのことはルカ、おまえもよくわかっているはずだ。俺はおまえの逃亡をグロッサリー侯爵にご報告申し上げるなどご免だぞ。幼馴染みとして申し訳が立たん。今すぐ、何を置いてでもやめてくれ」 「わぁ」  まるでドラマを見ているようだ。第3話でもこんなふうに、ウィリアムが奔放なルカを諭す場面があった。  ウィリアムはルカより六歳年上ではあるけれど、爵位はルカの家の方が一ランク高い。  そのため、人前で話す時はウィリアムの方が敬語になる。もっとも、ふたりの時だけは幼馴染みに戻って砕けた話し方をするようだ。あらかじめ取り決めてあるのだろう。  ―――そういうとこ、なんか特別っぽくていいんだよね……!  感動して見上げていると、ウィリアムは不可解そうに首を傾げた。 「どうした。やけにおとなしいじゃないか。おまえが言い返してこないとは珍しい」 「へっ? あ、あはは」 「まぁいい。どういう風の吹き回しかはわからんが、とにかく早く戻れ。もうじき王宮の門が閉まる」 「いえ、ぼくはちょっと……」 「しおらしいふりをしても無駄だぞ。とにかく、これ以上の猶予はない。いいから来い」 「ひぇっ。あの、ちょっ…、待って待って、ウィリアムさん……!」  逃げないよう首根っこを掴まれ、問答無用で引っ張られる。  かくしてユキは、これからの作戦を立てる間もなく王宮に連れていかれるのだった。          † † † 『レザン―背徳の王冠―』は、近世ヨーロッパの中規模王国レザンを舞台にした、王室のファミリーヒストリー的なオリジナルドラマだ。  レザンは気候と環境に恵まれ、農作物のみならず海産物も豊富に獲れる豊かで安定した国である。ドラマは、王太子の結婚式から華やかにはじまる―――。  嫁いできた隣国グローラムの姫君とはそれがはじめての対面であった。  グローラムは複数の国と領土を接する貧しい小国で、周辺国からの圧力に苦慮していた折、レザンから手を差し伸べる形で同盟が結ばれた。いわば庇護だ。そして両国平和の象徴として王太子と姫との結婚が決まった。  だが、大切な式の最中に事件は起こった。  激しい落雷によって誓いの儀式が中断され、結婚が完遂しなかったのだ。  王冠が約束されている兄を妬む第二王子はここぞとばかりに「結婚無効」と騒ぎ立て、中途半端な立場になった兄に代わって自分が王位を継ぐと息巻いた。そんな兄たちを心配する第三王子は「恐ろしい運命に巻き込まれる」との託宣を受け、不安を募らせていく。  そんな中、しつこくグローラムの属国化を目論むダリントン王国が、レザンと手を結びたがっているとの情報が飛び込んできた。グローラムは高質な琥珀の産地として知られており、そこに目をつけたのだ。  グローラムには地中に眠っている大量の琥珀を掘り出すだけの経済力がなく、かつ海もないため貿易の目処も立たない。  そこで、資金と労働力を出し合って大量の琥珀を採掘し、レザンの港を使って大々的に儲けようと持ちかけてきたのだ。さらに友好関係を結ぶべく「レザンの第三王子に自国の姫を嫁がせたい」とまで申し出てきた。  けれど、レザン王家には結婚に関して厳格なしきたりがある。  長子の結婚相手は同盟国の子女から選ぶこと、第二子以下は王家の血統にある子女から迎えることと定められている。たとえしきたりがなかったとしても、グローラムと同盟を結んでいる以上、敵対する相手との同盟や結婚を受け入れるわけにはいかない。  だが一攫千金を狙うダリントンは強硬な姿勢を崩さなかった。農業に不向きな土地ゆえ民は飢え、国力は痩せ細り、国庫が尽きかけていたことも彼らを焦らせたのだろう。  なんとしてでもレザンの王子に自国の姫を―――。  ダリントンからの再三の申し出をはね除けるべく、レザンでは第三王子の婚約者探しがはじまったが、家系図を辿った関係者は頭を抱えることになった。しきたりの条件に合う未婚女性がひとりもいなかったからだ。二年前、第二王子の婚約者になった公爵家令嬢が最後のひとりだった。  レザン王家には、結婚に厳格なしきたりがあるように、相続にも「こう」と決められたルールがある。王家財産の散逸を防ぐため、王位を継ぐ長子とそれ以外とで内容に雲泥の差がある厳しいものだ。  長男は王位と、財産の三分の二を相続する。残った三分の一の財産を次男以下で均等に分ける。女性には王位継承権や相続権の一切を認められない。相続人が死亡した場合のみ次男以下で均等に再分配され、それ以外に取り分を増やす方法はない。  ここに目をつけたのが第二王子だ。  常々自分の分け前を増やしたいと思っていた彼は、いっそ弟が何も相続できなくなればダリントンは結婚の話を諦めるだろうし、取り分も増えるしで万事解決だと閃き、狩りで偶然を装って第三王子に大怪我をさせようと企んだ。  実の兄弟でありながら、だ。  生憎とこの作戦は不首尾に終わったものの、そんなことぐらいではめげない第二王子はすぐに次の計画を練り、王太子の結婚が完遂していないことを理由に「兄がダリントンの姫を妻にしては」と進言して王や王妃に叱られた。父王は不出来な息子を嘆いたものの、富と権力に対する執着が凄まじい第二王子は意にも介さない。  事態を見るに見かねた王太后は、王妃に「いざという時はこれをお使いなさい」と隠し財産を手渡した。代々の王妃の間で密かに受け継がれてきたものだ。そのような存在すら知らなかった王妃は大層驚いた。  だが、女性には相続が認められていないからこそこうしたものが必要なのだと諭され、王妃はすべてを理解する。秘密の約束とともに彼女は隠し財産を受け取るのだった。  皆の目が第二王子に向いている間、水面下ではひとつの裏切りが進行していた。  嫁いできたグローラムの姫君には恋人がいたのだ。

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