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第6話 元から強い
合宿から戻って最初の練習。
律のトスが上がった。
迅は助走へ入り、床を蹴る。
打点へ届く。
腕を振り抜く直前、相手ブロックの手がクロスへ寄った。
迅は手首を返し、ストレートへ打ち込んだ。
ボールが床へ鋭く刺さる。
「ナイス!」
声が飛ぶ。
迅は着地し、ネット際の律を振り返った。
律は両手を腰へ当てている。
「今の、遅い」
「決まっただろ」
「ブロック見てから変えるのが遅かった」
「見えてたから変えたんだよ」
「あと半拍早ければ、もっと余裕あった」
「細かい」
「エース様には難しかった?」
「次、もっと速いの上げろ」
「打ち遅れても知らねぇぞ」
「全部決める」
律が口元を上げ、ボールを受け取った。
「やってみろ」
二本目。
トスは宣言どおり速かった。
迅は一歩目から速度を上げ、迷わず跳んだ。
ボールをブロックの上から叩き込む。
床へ落ちた瞬間、体育館に乾いた音が響いた。
迅は着地し、すぐ律を見る。
律は満足そうに頷いた。
それだけで胸の奥が熱くなる。
迅が親指を立てると、律も小さく返した。
合宿へ行く前と同じ。
恋人になる前から、何度も交わしてきた合図だった。
違うのは、その指が昨夜まで自分の髪や背中へ触れていたことを、迅が知っていることくらいだった。
「はい、そこまで」
主将の声が飛ぶ。
「次、セッター交代。霧島はそのまま入れ」
迅が振り返った。
「何で?」
「何でって、練習だからだ」
「律ともう少し合わせたい」
「もう十分合ってる。合宿で何を習ってきた」
「別の相手とも組めって」
「分かってるじゃねぇか」
律がネットの下をくぐり、コートを出る。
迅の横を通るとき、肩が軽くぶつかった。
「別のセッターでも決めてこいよ」
「言われなくても」
「外したら笑う」
「お前こそ、俺がいなくても暇そうにすんなよ」
「俺は次、ミドルと合わせる」
律は振り返らずに答えた。
「お前より素直だから楽だろうな」
「は?」
律はもう次の選手へ声を掛けている。
迅は舌打ちし、助走位置へ戻った。
代わったセッターのトスが上がる。
律より少し高い。
合宿で組んだセッターとも違う。
迅は最後の一歩を調整し、空中へ上がった。
問題なく打てる。
クロスへ決めた。
「ナイス、霧島!」
セッターが笑う。
迅も手を上げて応えた。
コートの外を見る。
律はミドルへ短いトスを上げている。
一本目から綺麗に決まった。
律が打ち手へ何かを伝える。
ミドルが頷く。
二本目はさらに速くなる。
それも決まった。
迅は少しも不安にならなかった。
律は誰と組んでも上手い。
それでいい。
律が最高のセッターであることを、自分が一番よく知っている。
それでも律は、練習が終われば迅の隣へ来る。
昨夜も、眠る直前まで迅の腕を離さなかった。
その事実は、バレーの出来とは何の関係もなかった。
「霧島、ボール!」
声に反応し、迅は前を向いた。
乱れたトスがネットから離れて上がる。
迅は助走を切り替え、片足で踏み切った。
体勢を崩しながらも、ブロックの指先へ当てる。
ボールはコート外へ飛んだ。
「うまい!」
得点側から声が上がる。
迅は床へ着地し、勢いのまま一歩よろめいた。
「今のは格好よかった」
コートの外から律が言う。
迅の背筋が伸びた。
「だろ?」
「すぐ調子乗る」
「もっと言っていいぞ」
「もう終わり」
「短い」
律は笑い、次のボールをミドルへ渡した。
主将が近くで呆れたように息を吐く。
「合宿から帰ってきて、前よりうるさくなってないか」
「元からです」
律が即答する。
「迅が浮かれてるだけ」
「お前もだろ」
「どこが」
「俺が決めるたび嬉しそう」
「セッターとして評価してる」
「今、俺のセッターじゃないじゃん」
律が黙る。
迅は勝った気になった。
「やっぱり俺が好きだから見てた?」
「次の対戦相手になるかもしれないから分析してた」
「同じ大学だろ」
「紅白戦」
「苦しい」
「うるさい」
律がボールを迅へ投げつける。
迅は胸の前で受け止めた。
周囲から笑いが起こる。
「何だよ。合宿でまた仲よくなったのか?」
同級生の部員が尋ねた。
迅と律は同時に相手を見る。
「元から仲いい」
また声が重なった。
部員が笑う。
「それも合宿で合わせてきた?」
「馬鹿にしてんの?」
律が睨む。
「いや、お前ら一回ずれてただろ。帰ってきたら前より息ぴったりだし」
「元に戻っただけ」
迅が答える。
「恋人にでもなった?」
体育館が一瞬静かになった。
迅はボールを持ったまま固まった。
律も口を閉じる。
言った本人は冗談のつもりだったらしい。
周囲を見回し、笑いながら続ける。
「何だよ、その反応。図星みたいじゃん」
迅は律を見た。
律も迅を見ている。
隠すか。
否定するか。
一瞬で考えた。
律が先に口を開く。
「だったら?」
今度は本当に静かになった。
部員の口が開く。
主将が額を押さえる。
迅は吹き出した。
「お前、さらっと言うなよ」
「嘘つく必要ある?」
「格好いい」
「今言うな」
律の耳が赤くなる。
同級生が迅と律を交互に指した。
「え。マジ?」
「マジ」
迅が答える。
「いつから?」
「合宿前」
律が答える。
「不調だった頃?」
「その辺」
「まさか、付き合ったから調子戻ったのか?」
迅と律は顔を見合わせた。
数日前なら、二人ともそう信じていた。
身体を重ねて、互いを深く知った。
好きだと認め合って、気持ちが通じた。
その幸福が、そのままコートにも表れたと思っていた。
迅は笑った。
「違った」
「違うのかよ」
「俺ら、別の相手でも普通に強かった」
律が言う。
「最初のずれは、たぶん疲れてただけ」
「夢がないな」
「元から十分強いんだからいいだろ」
迅が胸を張る。
律が鼻で笑った。
「お前、合宿の対抗戦で俺に何本拾われた?」
「最後は決めた」
「一回触った」
「落ちた」
「次は上げる」
「また始まった」
主将が手を叩く。
「恋人でも何でもいいから、練習中は集中しろ」
「してます」
迅と律が同時に返す。
主将はさらに疲れたように息を吐いた。
「息が合ってるのか、話を聞いてないのか分からんな」
練習が再開する。
迅は別のセッターと組んだまま、何本も決めた。
律も複数のアタッカーへトスを配り、相手ブロックを振り回した。
途中で一度だけ、迅と律が同じコートへ戻された。
律の指からトスが上がる。
迅は迷わず跳ぶ。
打点へ入り、腕を振る。
ブロックを抜いたボールが床へ落ちた。
いつもどおりだった。
恋人になったから、高く跳べたわけではない。
迅は元から高く跳べる。
律も元から、迅が一番打ちやすい位置へ上げられる。
魔法のように強くなってはいない。
それでも迅は、着地した瞬間に律を見た。
律も迅を見ていた。
互いに笑う。
ボールが決まったこととは別に、その笑顔が嬉しかった。
****
練習後。
迅が更衣室から出ると、律が廊下の壁へ背を預けていた。
「遅い」
「待ってた?」
「帰る方向が同じだから」
「付き合う前からそれ言ってるよな」
「事実だろ」
「今日はうち来る?」
律が歩き始める。
迅も隣へ並んだ。
「明日、一限」
「俺も」
「遅刻する」
「早く寝る」
「昨日も言ってた」
「今日は本当に寝る」
「何時に?」
「終わったら」
律が迅を見る。
「何が」
迅は笑った。
「言わせたい?」
「言わなくていい」
「顔赤い」
「走って帰るぞ」
「何で」
「練習が足りない」
律が歩調を速める。
迅も追う。
「さっきまで練習してただろ」
「お前が余計なこと言うから身体が熱い」
迅の足が止まりかけた。
律は先へ進む。
「それ、俺のせい?」
「他に誰がいる」
迅はすぐ追いつき、律の肩へ腕を回した。
「律、今日すげぇ素直じゃん」
「外でくっつくな」
「嬉しい」
「聞いてない」
「もっと言って」
「調子乗るな」
律は迅の腕を外そうとした。
迅は離さない。
構内を出るところで、後ろから同級生が追いついてきた。
「お前ら、本当に付き合ってんだな」
「まだ疑ってたの?」
迅が言う。
「いや、だって何も変わってないし」
律が振り返る。
「何が変わると思ったんだよ」
「もっと強くなるとか」
迅と律は同時に笑った。
「別に変わんねぇよな」
迅が言う。
「元から強いし」
律が返す。
「でも今日はうち来るだろ」
「それはバレーと関係ない」
「知ってる」
同級生が呆れたように二人を見る。
迅は気にせず、律の肩を引き寄せた。
律も今度は腕を振り払わなかった。
一人でも跳べる。
誰のトスでも決められる。
律も、誰と組んでも最高の攻撃を作れる。
それでも練習が終われば、二人は同じ道を歩く。
必要だからではない。
強くなれるからでもない。
ただ隣にいたいから、互いを選ぶ。
律が迅の脇腹を肘で突いた。
「今夜、早く寝るんだろ」
「努力はする」
「最初から諦めてるじゃん」
「お前が可愛いから仕方ねぇ」
「その理屈、もう聞き飽きた」
「じゃあ格好いいから」
「両方言えば許されると思うな」
「好きだから」
律の足が一瞬止まった。
迅も立ち止まる。
律は迅を見上げ、少しだけ笑った。
「それなら許す」
「律も言って」
「何を」
「うち来る理由」
律はまた歩き始める。
迅は隣へついていく。
「好きだから」
小さな声だった。
それでも迅には、はっきり聞こえた。
「もう一回」
「調子乗んな」
「律」
「早く帰るぞ」
「帰ったら言って」
「お前が先に言え」
「何回でも言う。好き」
律の耳が赤くなる。
それでも歩調は緩まない。
迅も同じ速さで隣を歩いた。
バレーとは関係なく、二人の足音はぴたりと揃っていた。
** これで終わりじゃねぇよな 〜負けず嫌いなエースとセッターの恋愛対抗戦〜 (完)
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