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第31話 後日談 花跡の意味
ルドガーの火が安定したことで伯爵の勘当宣言も無事撤回され、晴れて正式にルドガーと婚姻を結んだヴィートは、エイムズ邸で暮らすことになった。
新婚ほやほや、幸せのまさに絶頂期……と思いきや。
「……はぁ〜」
属性管理局への中途採用試験勉強で机に向かいながら、ヴィートは教科書に向かって深いため息をついていた。
(今夜こそは——)
ガチャリ、と部屋の扉が開いて、濡れた赤毛をタオルでゴシゴシ擦りながら、入浴を終えたルドガーが二人の寝室に戻ってきた。
「なんだ。まだ寝てなかったのか」
「……うん。なんだか勉強が捗っちゃって」
「夜型は効率が悪いぞ」
「うるさい」
そう言いながらも、ヴィートはパタンと教科書を閉じた。
筆記用具を戻す指先が、緊張でかすかに震えている。
(今夜こそは——ルドガーと、ちゃんとそういうこと、したい)
ゴソゴソと寝台に上がって横になっていると、すぐにルドガーもヴィートの横に滑り込んできた。
背中にルドガーの存在を感じて、ヴィートの体が少しだけこわばる。
「……ヴィート」
首筋に熱い息がかかって、彼の息が触れた肌がぞわりと疼いた。
「……なに」
「今夜も水は必要か?」
必要か、と言われれば、必ずしもそうではなかった。
毎晩口から水を与えられて、ヴィートの体は今も十分すぎるほど潤っている。
「……欲しい」
「……じゃあ、こっち向いて」
おずおずと寝返りを打った瞬間、ルドガーに唇を塞がれる。
「……んっ」
舌と舌が絡み合い、水音が部屋の中に小さく響く。
「はぁっ……」
ルドガーの手がするっと夜着の中に入ってきたため、ヴィートはビクッと体を震わせながら、思わず手で彼の胸を押した。
「ま、待って……!」
と、ルドガーもピクンと肩を震わせてから、すぐにヴィートの夜着に差し込んでいた右手を引いた。
「悪い……」
もう何日も、同じやり取りが繰り返されている。
しかし、今日のヴィートは昨日までの彼とは違った。
ルドガーが欲しくて、体の疼きは限界に近い。
それでヴィートは、恥ずかしそうに彼に背を向ける代わりに、胸元から引かれたルドガーの右手をぱっと掴んだ。
「……ヴィート?」
「お前さ……もうちょっと先に進みたいとか、思わないわけ?」
ヴィートの言葉を聞いて、情欲の炎がルドガーの目の奥にメラッと燃え上がった。
「……当然思ってるに決まってんだろ?」
「だったら……」
それ以上は言葉にするのが憚られて、ヴィートは掴んでいたルドガーの手を離してぱっと顔を背けた。
だったら——どうしてそれ以上、踏み込んでこない?
じわじわと赤く染まっていくヴィートの頬をじっと見ていたルドガーだったが、やがて視線を落としながらポツリと呟いた。
「……怖がらせたくなくて」
「えっ?」
「お前が俺のこと、どう思ってくれてるかぐらいちゃんと分かってる。でも俺は、今でも火の魔力を体に持っているから——「嫌」とか「待って」とか、本気じゃないって分かってても、どうしても先に進む勇気が出なくて……」
ヴィートが思わずルドガーに視線を戻すと、同時に顔を上げたルドガーが慌てて顔の前で手を振った。
「お前が悪いって言ってるわけじゃない! これはただ単に、俺の精神的な弱さからくるもので……」
ヴィートの「待って」は、照れからくるものであって、ルドガーの言う通り本気で待って欲しいわけじゃない。
それでも、その自分の言葉が、火属性としての彼の自己嫌悪を煽っているのだとしたら……?
(——そんなの、絶対にいやだ!)
ヴィートはさっと手を伸ばすと、一度離したルドガーの手をもう一度掴み直した。
「だったらさ、合言葉を決めるってのはどうだ?」
「合言葉?」
「そう。それを言ったら本当に止めるっていう、合図の言葉。それ以外だったら、待ってとか嫌だとか言っても、本気じゃないってことだから……」
そう言いながら、ヴィートはもじもじと視線を逸らした。
(な、なんか、我ながらとんでもないことを言っているような……)
「……それはつまり、たとえお前が泣きながら嫌だって言ったとしても、合言葉でない限りそのまま続けていいってことか?」
ルドガーの声はなぜかいつもよりも低く、押し殺した感情を内包しているようであった。
ヴィートの背中から下半身にかけて、ぞくりと痺れが走る。
「……まぁ、そういうこと」
「合言葉は何にする?」
思いのほか乗り気な様子のルドガーに、ヴィートは軽く戸惑いつつも、密やかな興奮を抑えきれずにいた。
「じゃあ……“勿忘草”で」
「“勿忘草”だな?」
念押しするようにそう繰り返すと、ルドガーは寝台の上にむくりと起き上がった。
一瞬だけ間を置いてから、先ほどと同じように右手をゆっくりとヴィートの夜着の中に滑り込ませてくる。
「……ふっ」
胸の敏感な部分に指先が触れて、ヴィートは喘ぎ声が漏れないように手で口を押さえた。
(い、一応合言葉は決めたけど、俺もできるだけ「待って」とか言わないように——)
ぐいっと夜着が捲り上げられたと思った瞬間、胸元に温かく濡れたものが触れた。
そこが吸い上げられるのと同時に、ビリッと快感が背筋に走って、ヴィートは思わずのしかかっているルドガーの肩を押していた。
「ま、待って!」
いつもなら、ビクッと反応した後すぐにルドガーはヴィートから離れる。
しかし今は、一瞬肩をこわばらせたものの、すぐに舌の動きを再開させた。
「あ、ちょっと! ……んんっ」
少し硬くなった胸の突起を舌でなぞられて、ヴィートは背中を弓形に反らせた。
「いや……ルドガー、ちょっとそこばっかりやめて……」
懇願するヴィートにお構いなく、ルドガーはビクビクと跳ねる体の反応を存分に楽しんでから、ようやくそこから口を離した。
「はぁっ……」
ほっと大きく息を吐き出したヴィートだったが、温かく濡れたものがあらぬ場所を包み込む感覚に、思わずひっと息を止めた。
「おい! そこは——!」
ルドガーはヴィートのズボンと下着を脱がせてから、ヴィートの体の中心に顔を埋めている。
じゅうっと吸い上げられる快感に、ヴィートは顎を仰け反らせながらルドガーの頭を両手で押さえた。
「ちょ、待って待って! ダメだって……わ、勿忘草!」
合言葉を聞いた瞬間、ルドガーはピクッと肩を震わせた後、ヴィートのそれから口を離した。
「……悪い。あんまり良くなかったか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……吸い上げるのは俺の仕事で、お前がやることじゃないだろ?」
「何言ってんだ。これは水の供給行為じゃない」
ルドガーは顔を上げると、赤毛をかきあげるように額の汗を拭った。
「がっつり性的な行為だ」
きっぱりとそう言い切られて、ヴィートの頬にかっと血が上った。
「お、お前、だからって……そんなとこ咥えて平気なのかよ?」
「あ? 今まさに咥えてたやつにそれ聞くか? 別にお前に同じことをやれなんて言わないから——」
「いや! 別に俺だってできないわけじゃないけど!」
微かに目を見開いたルドガーの前で、ヴィートは赤面しながらモゴモゴと呟いた。
「そこを触られるのが嫌ってわけじゃなくて……他人の口に出すのは、ちょっと気を遣うっていうか……」
ルドガーはパチパチと目を瞬かせながら、少しの間じっとその場に固まっていた。
それから彼は軽く頷くと、ゆっくり上半身をヴィートの顔に近づけてきた。
「だったら、これならどうだ?」
口の代わりに右手でそこを包み込まれて、ヴィートははぁっと大きく息を吐き出した。
「うん……それならいい」
劣情に染まったルドガーの紫の瞳が目の前にある。
恥ずかしくてたまらないのに、何故だか視線を逸せない。
「あっ……はぁっ……ルドガー、俺今どんな顔してる?」
「どんなって……俺の見たかった顔をしてるよ」
「馬鹿! 見んなって——あぁっ!」
ルドガーの手の中で欲が弾けて、ヴィートはビクビクと体を震わせながら、ぎゅうっと目の前の男の体にしがみついた。
絶頂の余韻に浸る間もなく、ルドガーの指がヴィートの後ろに侵入してくる。
「ちょ! 待てって!」
ルドガーは一瞬だけ動きを止めたが、合言葉が続かないのを確認すると、慎重にヴィートの中を解し始めた。
「あっ……ルドガー!」
「しっかり濡れてるみたいだけど、一応慣らしておかないと」
「やっ……そんなのいいって! 前は何もしなくても入ったし」
「それで痛かったんだろ? お前涙目になってたじゃねえか。俺に抱かれるってのは本来——」
ぐりっと指が奥の敏感な部分に触れて、ヴィートは大きく体を仰け反らせた。
「あああっ!」
「気持ちいいって感じるだけの行為じゃなきゃダメなんだ」
ルドガーの指が抜かれて、ヴィートは軽く喘ぎながら寝台の上で脱力した。
体の上で、ゴソゴソと衣服を脱ぐ音が聞こえる。
ヴィートはルドガーの方を見ないようにしながら、照れ隠しの憎まれ口を叩いた。
「お前……百戦錬磨の手練れみたいな自信だな」
ギシッと寝台が鳴って、ルドガーの手がヴィートの両膝を左右に開いていく。
「手練れ、だったら良かったんだが」
「何だよ。急に弱気か?」
「仕方ないだろ。初めてみたいなもんなんだから」
ゆっくりと視線を上げると、少し不安げに揺れる紫の瞳と目が合った。
「お前を……怖がらせたくない」
きゅうっ、と胸が絞られるような心地がして、ヴィートは思わず両手をルドガーに向かって大きく伸ばした。
ルドガーの体が、その手に導かれるようにゆっくりと近づいてくる。
「たとえ下手くそでも、初めての方がいい」
「ヴィート?」
「お前の過去の相手に嫉妬するとか、性に合わないんでね」
「——っ!」
ルドガーの先端が入り口に触れる。
入りたいのに入り方が分からないみたいに、それは少しの間その場に留まっていた。
あるいは、最後の踏ん切りがまだつかずにいるのか。
痺れを切らしたヴィートは、ルドガーの首に腕を回して、自ら下半身をぐっと近づけた。
「俺は——」
ルドガーの腰に足を絡ませて、さらに奥へと進んでいく。
「今はまだ、合言葉を言った覚えはねえぞ!」
ズクン、とルドガーが急に体重をかけてきたため、一気に貫かれたヴィートは思わず喘ぎ声を上げた。
「ああんっ!」
「——っ! ヴィート、大丈夫か?」
「はぁっ、いちいち聞くなよ。合言葉を言ってないんだから、大丈夫に決まってんだろ?」
ルドガーはごくりと喉を鳴らすと、ゆっくりと体を動かし始めた。
「——あっ、ルドガー」
「こんな感じか?」
「わ、わかんない——」
まだ慣れていないせいか、快感よりも圧迫感の方が強い。
(……でも——)
ルドガーは悩ましげに眉を寄せて、溢れそうな欲情を必死に押さえ込もうとしている。
その表情を見上げているだけで、ヴィートの体は興奮して熱を持った。
首に回した腕で引き寄せるように唇を重ねると、ルドガーの腰の動きが急に早まった。
「ぷはっ! あっ、んんっ! ルドガー!」
「嫌なら合言葉を言えよ」
「こっ、この状態で、止められんのか?」
「意地でも止めてやるよ」
激しく腰を打ちつけながら、ルドガーは食いしばった歯の奥から言葉を絞り出した。
「そこはっ、止まんないって、言えよ!」
「くっ!」
ビクビクッと体を震わせながら、ルドガーがヴィートの肩にしがみついた。
はぁはぁと荒い息を吐き出して、二人の体から力が抜けていく。
「……悪い。止まらなかった」
「だから合言葉言ってないだろうが」
「でも、いきなりちょっと激しすぎたんじゃ……」
気まずそうに視線を逸らしているルドガーの頭を、ヴィートは軽くペチリと叩いた。
「言わなかったってのはつまり……止めんなってことだろうが」
ごりっと硬いものが太ももに当たって、ヴィートははっと息を呑んだ。
「ちょ、ルドガー?」
「嫌なら合言葉」
再び乗り上がってきたルドガーに、ヴィートは軽く吹き出した。
「今さっきまで遠慮してたくせに」
「合言葉が出るまで続けてやる」
ちゅっと首元に唇が落ちて、ヴィートの体がピクンと跳ねた。
「あっ……そういえばさ、花跡が現れる条件って結局何だったんだ?」
ルドガーは黙ったまま、藤の蔦をなぞるように口付けを重ねていく。
「ルドガー?」
「知りたきゃ自分で属性管理局専用の書庫に行くんだな」
「ケチかよ」
ルドガーがふっと笑ったため、薔薇の花跡に温かい息がかかった。
「……何で滅多に花跡が現れないかっていうと、まぁ、植物属性と水属性は親が結婚を決めるパターンがほとんどで、恋愛結婚って少ないから——つまりはそういうことだ」
「えっ? どういうこと? 濁されると逆に気になるんだけど!?」
「この先は自分で調べろ」
ルドガーは楽しげにそう言うと、ヴィートの左手を取ってその甲に口付けた。
たっぷりと愛情を注がれて、勿忘草の花跡は今日も瑞々しく可憐な花を咲かせている。
「で、合言葉は?」
「逆にお前がへばるまで搾り取ってやるよ」
「言ったな」
睨み合うようにじっと見つめ合ってから、ヴィートとルドガーは同時にぷっと幸せそうに吹き出したのだった。
後日談 終わり。
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