1 / 26

第1話

 山奥の洞窟で狼の群れと生活している推定五歳位の少年を発見したのは狩人達だ。  洞窟に残されていた産着から少年は生後六ヶ月くらいでこの山に捨てられ、どういう訳か今まで狼に育てられたと考えられた。  狩人達は煙で狼を洞窟から炙り出し、少年を保護ーー確保した。  ーー少年は山奥で狼達と育ったせいか度肝を抜かれるほど身体能力が高く、狩人達がようやく少年を縄の罠に閉じ込めた時、狩人達は少年確保という言葉以外では表現できなかった。  少年は野生で暮らしていたため、全身が汚れ泥だらけで、狼のように四足歩行していたが、見た目は良かった。  見た者を陶然とさせる危険な美しさを持っていた。しかも庇護欲をくすぐってくる。  怒っていてもいまいち迫力に欠ける物理的な小柄さ。それが又、少年の愛らしさを加味していた。  だが油断してはならなかった。少年はそれらを凌駕する凶暴さを持っていた。  少年は自分自身を誇り高い狼だと思い込み、暴れ放題ーー山に帰りたがった。  困った狩人達は村長と相談し、この村からかなり離れてはいるが、街の孤児院に少年を預けることにした。  その孤児院を創設したのは徳の高い大僧正だ。善行から寺院とは別に孤児院を併設し、学習院まで開いている。  大僧正は檻に入った少年を引き取り、少年の名をディランと名付け、少年が人間として生きられるよう誠心誠意尽くした。  だが少年は中々人間社会に馴染まず、仲間を呼ぶために遠吠えを繰り返す。  やがて孤児院で育つ子供達がそんなディランを見て「狼ヴォルフ、狼ヴォルフ」と嘲り、囃し立てるようになった。  ディランは狼のようながら聡い子だった。  『狼ヴォルフ』の意味を正しく理解し、ディランは「ディラン」と呼ばれても知らん顔し「狼ヴォルフ」と呼ばれれば反応を示すようになった。  それもそのはず、ディランにとって狼は父であり、母であり、兄弟であり、友達であり、誇らしい仲間達であった。  狼達がいなければディランはとっくに死んでいた。厳しくも楽しかった日々。ディランは今でも彼らに会いたくてたまらない。  ディランにとって、狼ヴォルフと呼ばれることは誇りでしかなかった。  大僧正は厳しい人だったが、同じ深さで情もあった。ディランの想いを尊重し、全肯定し、ディランをヴォルフと名づけ直した。  ヴォルフと呼ばれるようになった少年はそれから少しづつ人間社会に歩み寄りをみせた。  初めのうちは子供達と喧嘩し怪我させることもよくあったが、ヴォルフは聡く、勘もよく、何より人の優しさの分かる子供だった。  すぐに皆と馴染んで寺院に併設されている孤児院の厳しい戒律の中で育っていった。  そんなヴォルフの信仰心は皆無と言っていいほどで、僧侶へと進む道は早々に周囲が諦め、孤児院の規定で退所を余儀なくされる十六歳で、衣食住が保証されている軍にヴォルフは入隊した。  ――もし、ヴォルフの容姿が優れていれば、もしくは頭脳が優れていれば、あるいは身体能力に優れていれば、十六歳になるまでに養子縁組に恵まれたかもしれない。  だが不思議とヴォルフは容姿も、頭の出来も、身体能力も、いつの間にか全てが「平凡」そんな一言で済まされる青年になっていた。  孤児院に来た当時のような見た者を陶然とさせる危険な美しさは、いつの間にか消えていた。それもいつ消えたのか、誰も思い出せない。  ただ度肝を抜く身体能力も、言葉を瞬時に覚える聡さも、いつの間にか消えていたのだけは分かる。  孤児院で得られたのは人間らしさか。いや、それも少し怪しい。ヴォルフは無口で無表情に育ち、そういった意味では人間らしさは薄い。  そんなヴォルフだったが、厳しい戒律にも集団生活に慣れていたので、入隊しても軍で浮くことなく、孤独になることもなかった。  でもそれは同じ孤児院で育った幼馴染パウルのサポートがあってこそだった。  ヴォルフはどこにでもいるような顔をしていたが、性格というか特性はみんなのそれとは違う。  無口で感情が表情と一致せず、常に無表情で、ある意味特殊な青年だった。  しかも平々凡々な大衆顔に強くも弱くもない剣技。  突っ込むネタも掘り下げるネタもなく、また無口な為、会話がまともに成立するはずもなく、普通なら部隊に馴染むのにかなりの時間を要するはずだった。  だが幼馴染パウルがヴォルフとみんなとの間を取り持ってくれた。  「小さい頃、親に捨られたり育児放棄されたり、人と関わらずに育つと、たいてい社会性がなくなって、うまく話すことができなくなる。そんな子供が孤児院にはわんさかいたよ。ヴォルフはその中の一人だ。喋らないから中身がクソとかクズとかそんなことないから。ヴォルフは情の深いいい奴だよ」  実際ヴォルフは弱ってる人とか困っている人とかを放っておかない性格をしていた。  しかも軍の厳しい規則を嫌味なくさらっと一度も破らないスマートさは尊敬に値する。  なおかつヴォルフの肩を持つパウルは何故軍に入隊したのか分からないほど賢く、見目の良い青年で、一目おけるパウルが太鼓判を押すならと、皆はヴォルフへの壁を取っ払い、普通に接した。  そしてヴォルフが戦争とは無縁な平和な国の軍隊で黙々と過ごした三年後。  モルグと呼ばれる異世界人が時空の歪みに迷い込み、この国の辺境地に数人落ちてきた。  たまにあるのだ。そういった”稀人”と呼ばれる者が落ちてくることが。時空の歪みから落ちてきたのだから、稀人モルグ達は元の世界に帰る方法はない。  辺境地の住人達は当然、稀人モルグ達を手厚く保護しようとした。  だがモルグ達は大変凶暴で凶悪で、致命的に知能指数が低く、おまけに繁殖力と成長力が半端ではなかった。  あっという間にその数を増やし、この地は自分達のものだ! と主張すると辺境地を血の海へ変えた。  軍はモルグを制圧しようと動き出した。  幸いだったのは、モルグの戦闘力は低かったこと。  不幸だったのは、モルグの繁殖力と成長力が尋常ではなかったことだ。  この国ヴィルトリアの総面積は約九百六十万平方キロメートル。広大さが災いし、散り散りに逃げるモルグ達はそこら中で繁殖し、気が付けば推定十億に数を増やしていた。  そこでヴィルトリア第三皇子であるミヒャエル・ヴィルトリア大元帥は異世界から”勇者”を召喚することを提案した。  ただしこの召喚術は百年に一度、一人きりの召喚術神頼み。  出来るだけ強い者を召喚することに決まり、召喚に応じてもらえたのは、竜人の中でも最強種と呼ばれる古代黄金種。  ルイ・クレイグ。  ルイ・グレイグが召喚に応じたのはただ、その時の気分によるものだった。

ともだちにシェアしよう!