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第2話
モルグはもろかった。
戦闘能力は無いに等しく、知能指数も低い。個体によれば武器を使うという手段ですら思いついていないのではないだろうか。
それでもこの国がモルグとの戦いに苦戦を強いられるのはモルグの繁殖力にあった。
吐く息がはっきり見えるほど凍てつく夜、モルグの死体から赤子が這い出てきた。
モルグは母体が死んでもお腹の中の赤子は死なない。赤子は勝手に産まれて、周囲に食べるものがなければ母体の死体を食べてすくすく育つ。しかもモルグは雌雄同体だった。
戦場は雌雄同体のモルグの死体で埋め尽くされ、その大半のモルグの死体の腹の中には当然のように赤子が宿っていた。
べちょり。べちょり。あむ。あむ。
松明の炎がゆらゆらとゆらめくと、そこらかしこで赤子が死肉を屠っているのが映し出される。
俺達しがない一兵卒はその赤子処理班役を担っていた。
「ゲェェェ」
ベンが吐いた。
モルグの死体は奴隷や囚人達が夜となく昼となく交代で穴を掘って埋めて処分している。燃やすと臭くて苦情がくるらしい。
だが今は数が多くて処理しきれず、この辺一帯のモルグの死体は腐り、ウジにまみれている。
「ベン、まともに見ると辛くなるから、赤子を処分することだけに意識を注いで。あとヴォルフ、寒くて良かったね。臭いがそれほど気にならない。お前生まれつき鼻が良かっただろ?」
「うん」
幼馴染のパウルの問いかけにこくりと頷く。臭い対策で顔下半分を手拭いでグルグルに覆っているが、それでもモルグの体臭、腐敗臭、排泄臭を感じる。
まぁ、死んでいるのであの強烈なモルグのフェロモン臭は感じない。救いはそこだけか。
ぐさり。槍でモルグの赤子を仕留める。
「ヴォルフは容赦ないな」
「うん」
容赦すれば、またモルグは数限りなく増え、殺され、腹から又、赤子が産まれる。死ぬために生まれることないと思う。
耳にかすかな羽音が届いた。生まれつき聴力はいい。空を見上げると、竜が飛んでいた。
金色がかった黄水晶と氷白水晶が美しく融合したかのような鱗。月光を反射している。何て美しい。
あれは竜じゃない。噂に聞く勇者か。
じっと見ていると竜と目が合ったような気がした。生まれつき異常に視力は高いが、まさか。
金色がかった全身水晶のように美しい竜は見た目に感じる重さを裏切り、軽やかに俺の目の前に舞い降りてきた。風圧はほとんど感じない。
『グルル』 [何をしている?]
琥珀色の瞳は興味深く俺を見ている。
まさかこの金色がかった全身水晶のように美しい竜は俺に聞いているのか。いや、やめてくれ、そういう受け答えは苦手だ。誰か他の奴に聞いてくれないだろうか。
左右を見回すと、いきなりの勇者竜の登場にみんな腰を抜かしていた。
『グルル』 [何をしている? と聞いている]
小さくため息を吐いた。俺が答えるしかないのか。
「モルグの赤子を処分している」
『グルルゥゥ、グロロロゥゥ』 [そいつらすごい生命力だな。死体の中で生きて、勝手に産まれるのか]
「うん」
『グルル、グロロロ』 [赤子が生まれる前に死体を処分すればどうだ?]
「それができれば苦労はしない。モルグの死体は燃やすと臭い。だから穴を掘って埋めて処分しているが、その穴が追いついていない」
ふぅと息を吐いた。
一年分、話をしたような気がする。
『グルル、グルル』 [なるほど、そうか。俺が手伝ってやろうか?]
「うん」
助かる。大穴でも掘ってくれるのだろうか。できればあとでその大穴も埋めて欲しいが。
金色がかった全身水晶のように美しい竜が軽やかに羽根を羽ばたかせた。
とたん、モルグの死体がすべて空へと浮かび上がり、ひとつ箇所にまとまっていく。
『グルルゥゥ』 [見ておけ]
「うん」
『グロロロロゥ』 [結界の中に閉じ込め、燃やすぞ]
それは一瞬のことだった。残ったのは微かな灰だけ。臭いも残らない。
隊のみんなが腰を抜かしたまま、どよめいている。
それはそうだ。
ある意味反則だ。卑怯だ。俺達人間の苦労は一体どうなる。だが文句はない。仕事は終わった。今夜はみんなでぱっと騒ごう。俺は喋らないが。
竜と目が合った。
誘うべきなのか。
『グルゥゥ、グルル』 [やり方は覚えたか?]
モルグを燃やし尽くしたやり方をか? まさか。首を横に振る。
『グルグルグル』 [こう、ぎゅっとして、こう、ぱっとするんだ]
金色がかった全身水晶のように美しい竜が全身を小さく縮めて、大きく広がった。バンザイしている。手が小さくて、腕が短い。微笑ましいというか、少し可愛いと思ってしまった。
「分からない。というよりできない」
『ぐきゅう』 [何故?]
「貴方以外できない」
そんな反則技が誰でも彼でも使えたなら、貴方を召喚していない。
『グル、グルルルルル』 [できるさ。お前、竜人だろ?]
「は?」
金色がかった全身水晶のように美しい光が竜を覆い、ゆっくりと人へと変化していく。
光の収束と共に、端麗な美貌を持つ男が現れた。
快い夢を見ているようだった。
豪奢な白金の髪、琥珀色の瞳にビスクドールのような白皙の肌。目鼻立ちはくっきりと整っていて、超絶美形ながら他の追随を絶対に許さない。
威風堂々、迫力満点、かなりの長身、鍛えられた身体はスタイルもよく、無駄なく引き締まっている。
男がゆっくりと俺との距離をつめてきた。動揺する。
男の服装は動きやすさを重視しているものの、極めて豪奢で裾が長く、歩くだけで世にも典雅で妖艶な舞を舞っているようだ。
近づけば近づくほど、男の異常な貌の整い方に腰が引ける。だが目が離せない。目を離したら最後、中毒になっている。
形のいい白皙の肌を持つ手が動いた。俺の顔下半分を覆っている布を降ろそうとしている。
やめてくれ。
綺麗な美形、男らしい美形、あざとかわいい美形、他に色々な美形の種類があるだろうが、この男の場合、顔立ちが美形を超えていて意味が分からない。
そんな顔の持ち主が俺の顔下半分を覆う布に触れる。緊張して動けない。何だこの心臓の高鳴りは。ああ、頭がぼうっとして何も考えられなくなる。
ぱさり、と俺の顔下半分を覆っている布が首元に落ちた。
男の形のいい唇がほうけたように開いた。それも一瞬のこと。美貌にふさわしい嬋媛とした華やかな笑みを俺に向けた。
耳が一瞬にして赤くなったのが自分でも分かる。
「俺はルイ・クレイグ。お前、名前は?」
「ヴォルフ」
突然、腹を抱えて、豪奢な白金の髪を揺らし、ルイ・クレイグが笑い始めたので驚いた。
「狼ヴォルフ? なんの冗談だ。おかしいだろう。改名しろ」
全身に昇った熱が一気に氷点下まで冷めた。
誇りある俺の名前を貶して笑う。そんな奴は大っ嫌いだ。
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