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第38話
寝る子はよく育つと言うが、カラメル色の幼竜はぐっすりと一晩眠ると、驚くほどの超回復を遂げ、翌朝には成竜の姿に変えていた。
金色がかった全身水晶のように美しい竜の琥珀色の瞳が、恥も外聞もない愛執を僕に見せている。
思えばルイはずっと俺をこの瞳で見ていた。だから僕は運命の番に出会っても揺らぐことなかった。でも。
「ルイ、僕は変わった。きっとルイの知っている俺じゃない」
『グロロゥゥ、グルウ』 [些細な言動でヴォルフは何も変わらない。ヴォルフはヴォルフだ。どうか俺の呪いを解いて]
「……解けていないのか」
呪いは既に解けているように見えるが。
金色がかった全身水晶のように美しい竜に僕がそっと口付けすれば、金色がかった全身水晶のように美しい光が竜を覆い、ゆっくりと人へと変化していく。
光の収束と共に、端麗な美貌を持つ男が現れた。
快い夢を見せられているようだった。
豪奢な白金の髪、琥珀色の瞳にビスクドールのような白皙の肌。目鼻立ちはくっきりと整っていて、超絶美形ながら他者の追随を絶対に許さない。僕の元へ向かってくるルイは典雅で妖艶な舞を舞っているように美しい。
ルイが美貌にふさわしい嬋媛とした華やかな笑みを俺に向けた。
「どうした?」
「見惚れてた」
「あまり見つめるな、お前に見つめられると、照れる」
目元を朱に染めたルイがそっと僕を抱きしめ、転移した。衝撃から目を開けば、閉められた格子戸から清涼な冬の庭、繚乱と陽光が降り注いでいた。
いつか絢爛と赤、白、桃色の花を咲き誇らせていた花桃の木が、今は水蒸気で枝先まで凍りつかせ、庭全体を真白な美しい風景に染め上げている。
見事な景観に魅入られていると、後ろからルイに抱き込まれ、思いがけないほど強く抱きしめられて、胸を衝かれた。
ルイからしてみれば、番、つまり僕に隙をついて逃げられている。
自業自得とは言え、ルイは身に余るほどの狂熱を抱えてどれほど僕を探したのか。
景色をルイの身体で遮られ、前髪をかき上げられた。
「俺以外見るな」
ルイの唇がこめかみや額に落ちてくる。ルイは僕の顔中あちこちに口付けしてきたけど、発情した香りはしなかった。
話すこと、聞きたいことはあったけど、今はただ溢れるだけのルイの愛情を受けてうっとりとしていたかった。
目を閉じれば、ルイが俺から身体をがばっと引き離した。
「どうした? ルイ?」
端麗な貌が赤くなっているばかりか、琥珀色の澄んだ瞳が潤んで泳いでいる。
「いや、その、俺……そう! ずっと水浴びだけで」
ゆっくりと僕から後退していくルイの腕を掴み、その胸元に鼻先を突っ込んで匂いを嗅いだ。愕然としているルイを仰ぎ見る。
「いい匂いしかしないが」
ルイの瞳孔が縦に開いた。竜化するのか?
「湯浴みしてくる」
たたた、と軽い足音を立ててルイは湯堂に消えてしまった。
背中を流してあげようと、湯堂に入れば追い出された。どうしてそんな反応を示すのか。乙女になったのか。
ルイと入れ替わりで僕も沐浴する前、ルイから“巣”はまだ未完成なんだと謝られた。僕を探すのに必死で手が回らなかったようだ。でも管理維持は人に任せていたらしく、屋敷はどこも清潔で磨かれていた。
湯口から滔々と注がれるお湯は綺麗に澄んでいて、お湯を静かに湛える大桶は天窓から覗く月輪を湯面に写し出している。未完成でもこうした趣向は、とてもルイらしいと思う。
はんなりと沐浴を済ませれば、天上音楽が聞こえそうな贅を尽くした居室でルイが僕の短くなった髪を櫛で梳き、爪をやすりで磨いてくれた。
そういえばルイの発情フェロモンでおかしくなった時もこうして世話を焼いてくれていたような気がする。
ルイの顔を覗き込めば、ルイはその美貌にふさわしい嬋媛とした華やかな笑みを零してくれた。俺の大好きだった顔。
顔を傾け、ルイの形のいい唇に僕の唇を合わせようとして――ルイがぎゅっと目を固く閉じた。同時にルイの腿に置かれたルイの両手も何かに耐えるよう、固く握りしめられている。
ちらちら、と僕の鼻腔をくすぐるのはルイの発情フェロモンだ。竜丹が瘢痕化していた昔なら気が付かなかったかもしれないが。
「ルイ、もしかして、発情フェロモンを抑えているのか?」
端麗な美貌がさっと背けられた。正解、といったところだろうか。
ルイの肩をぐいと押せば、ルイは簡単に床へと倒れた。唖然としているルイの上にのしかかり、見下ろした。ルイの軽く開いた朱色の唇がひどく艶めかしい。僕を誘っているかのようだ。下肢に熾火のような熱が灯った。
「どうして? 話し合いが必要だと、さっき話したばかりだ」
美貌が翳色に染まった。
「……又、暴走して……俺のフェロモンでいいようにして……俺が、又、ここにお前を閉じ込めてしまえば、お前が傷つく」
ルイの顔の脇に手をつくと、そっと触れるだけの口付けを落とした。
ルイは陶然と霞む目で僕を見た。朱に色づき物欲しそうな唇は薄く開き、僕からの口付けを待っている。指先でゆっくりとなぞればルイの吐息が震えた。
「僕が欲しくない?」
「欲しくないはずがない。頼む。その楚々とした愛らしい顔に別の表情を浮かべてみたい、そんな衝動をずっと抑えている。煽らないでくれ」
「抑えなくていいよ。気が済むまで僕をここに閉じ込めればいい。僕はルイのものだ」
ルイが泣いているような笑っているような不思議な表情を浮かべた。
「お前は覚えていないかもしれないが、昔、同じようなことを言ってくれた」
「いつ言ったのか覚えていないけど、ふふふ、僕達は相性がいいんだね」
――だから愛して。
身体がぐるりと反転させられた。背に床が。天井を背にルイのひどく蠱惑的な顔が傾き、僕の薄く開いた唇に唇をそっと重ね合わせた。
「…………ッ!」
ルイのフェロモンが頭の奥、金鈴のように鳴り響いて潜在意識まで熱く蕩ける。
「あ……ぁ、ルイ……」
久しぶりの発情フェロモンは強烈で目が潤む。ルイの深衣の裾を握り締めれば、凄惨な性欲に彩られたルイを見た。
僕のフェロモンがルイに影響している? そうだとしたら、たまらなく嬉しい。ルイにしがみついた。
「ヴォルフ?」
ルイのフェロモンがぷつんと切れた。
「や、止めるな……う、嬉しかっただけだ。ずっとルイは俺の発情フェロモンに反応していなかった」
「……その時は我慢していただけだろう。情けないことに我慢できない時の方が多かったぞ」
掠れた声に顔を上げれば、額に、頬に、鼻先に、ルイの唇が落ちてくる。
「本当に?」
「本当だ。何だ、そんなこと気にしていたのか?」
「僕だけ変になるとか、嫌に決まっている」
ルイの頬に手を添え、同じように、額に、頬に、鼻先に口付ける。
ふとルイの端麗な顔を覗き込めば、ルイの瞳孔が縦に開いていた。
「変になるのは何もお前だけじゃない」
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