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第41話
薄紅色の卵を抱いてルイと二人でふらりと出かけたのは、卵が出かけたそうにしていたから。
出かけた先で、ルイの運命の番を見つけた。
赤い煉瓦の壁に黒い屋根の前、レースの三角巾にえんじのエプロンドレスを着た愛らしい少女が用事を言いつかっている。
一目見て俺も分かった。
少女を見た瞬間から、僕の隣に立つルイの中でしめやかな激情が動き出している。
食い入るように見つめる琥珀色の瞳は彼女以外何も映していない。うっすらと開いた形のいい唇が戦慄き、強い衝動を抑えるように握りしめられた拳はぶるぶると震えている。
僕は薄紅色の卵を胸に抱いたまま、世界から孤絶した。
ルイの反応は僕の時より強かった。もう琥珀色の瞳は彼女しか見ていない。
ルイを失いたくなければ、少女をすぐさま殺すべきだと分かっていた。それでも動けなかったのは、ルイの運命の番が僕の指先ひとつで殺せてしまうような、脆弱な少女だったせいだ。殺すにはあまりに弱すぎる。今、僕が胸に抱いている薄紅色の卵のように。
僕はルイを待った。これからどう動くのか。今から何を言うのか。じっと待った。
ルイは動かなかった。何も言わなかった。ただ少女を燃えるような琥珀色の瞳でつぶさに追っていた。
ルイは世界から分断されたように、彼女しか見ていなかった。僕も、薄紅色の卵も、その琥珀色の瞳に映さない。僕と薄紅色の卵はルイの世界から切り離され、既に過去のものになってしまったような気がした。
「ヴォルフ」
ようやく琥珀色の瞳が僕を映し出したのは、ルイの運命の番が動き出してから。
ルイは彼女を追うつもりなんだろう。高揚した気持ちを押し隠さず、頬は紅潮し息さえ微かに乱れている。
「俺は俺の運命の番を見つけた」
行っていいよ、と口にしようとして、言えば泣き崩れる気がした。
僕はまた、ルイに捨てられる。
何も言えなくて、ただぼんやりと立ちすくんでいれば、ルイに強く抱きしめられた。驚いて声も出ない。
「ヴォルフ、俺はずっとヴォルフの運命の番リアム・ド・ヴレに怯えていた。いつかヴォルフがあの男を選ぶ日が来るかもしれないと、あの男がヴォルフをいつか攫うかもしれないと」
ルイが僕の両肩を掴んだ。きらきらとした琥珀色の瞳で、紅潮した頬で強く訴えられる。
「運命の番に抱く気持ちは、これだったんだな。彼女は確かに俺の片割れだった。幸せになって欲しいと強く願わずにはいられない。でもヴォルフを想う気持ちの方が断然、強い。安心した。ヴォルフはリアム・ド・ヴレのものじゃない。未来永劫、俺のものだ。そうだろう?」
ふと、肩から力が抜けて、涙腺が崩壊した。バタバタと薄紅色の卵に雨が降る。人前でみっともないとか思う暇もなかった。
ルイが慌てて僕の泣き顔を覆い隠すように抱きしめ、僕達の巣へと異世界転移した。
「ヴォルフ、どうした?」
「捨てられるのかと」
「そんな訳ないだろう……! あ、いや、悪かった。不安にさせて。ごめん」
ルイは俺を抱き込んだまま、浴びるような口付けを落として、愛してるとずっと囁き続けてくれた。
薄紅色の卵の隣には山吹色の卵。双子のように並んでいる。ひとつ目の卵が孵化してもいないのに、どうして僕はまた卵を生んでしまったのか。
「竜人は子供ができにくいと聞いたが、俺とヴォルフの親和性は高かったようだ。だから一目見てお互いに惹かれ合ったんだ」
「ただ単にヤりすぎじゃないのか?」
ルイの美しい琥珀色の瞳が泳いだ。
「当分、夜の営みはおあずけにする」
体力無尽蔵の竜人二人、超回復の前にアレは限りがない。ルイと僕の親和性が高いのが本当なら、卵がぽこぽこ生まれる。
ルイの瞳孔が縦に開いた。
「竜化しても何も変わらない」
「愛してあげたい」
「愛してもらってる」
「抜け殻になる」
「ならない」
ふしゅっ、と音と共にルイの身体から煙が立ち昇り、ルイの身体がぐんぐん小さくなっていく。
「ルイ!?」
慌てて駆け寄れば、そこにカラメル色の幼竜がいた。涙目だ。
『ぎょいぎょいぎゅぎゅぎゅう!』
何を言っているのか、さっぱり分からない。困れば、カラメル色の幼竜が琥珀色の瞳で何かを訴えるように俺をじっと見た。
『ぎゅぎゅぎゅう、ぎょい』
大人しく愛をよこせと言っている。たぶん。ちびルイは前もどこか偉そうだった。
でも李桜がルイに振るった竜力は呪いじゃなかった。李桜は”元気になれば元に戻る”と言っていた。”呪い”というのはただの言葉遊びだ。
手の平に乗せて、僕が顔を寄せれば、カラメル色の幼竜はそっと琥珀色の瞳を閉じた。
カラメル色の幼竜の唇が僕の唇に触れる前、僕の鼻先をカラメル色の幼竜の唇に押し当てた。
とたん琥珀色の光が辺りを包み、人化したルイが現れた。
「いいのか、それで」
今のは口付けじゃない。
不思議そうにするルイに愛を得られなければ、泡に消える呪いなんかかけられていないだろう、そう言ってやろうかと思った。でも。
「僕はルイが呪われたままでも構わない、かな」
するりとルイの白皙の頬を撫えた。
「ルイは夜、僕に愛されたい? それとも今?」
ルイが噛み付くように俺の唇に吸い付いた。
婚約者ルイは俺を捨てた。飽きたと言って。
だから僕は飽きられないよう、趣向を変えて努力をしなければならない。
今のところ、下剋上が最たる案だ。
今からルイの中に僕の性器を埋め込んで、たっぷりと愛し、満足させてあげないと。
「ヴォルフ……?」
ああ、心が躍る。
完
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ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
こちらで本編完結とさせていただきます。
次話から『パラレルワールド、リアムルート編』を投稿いたします。
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