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第42話

【前書き】  本編32話から分岐になり、1話ごとの文字数多めです。  話が合わないなと感じれば、ブラウザバックお願いします。 【本文】  パラレルワールド 1  僕は複雑な幼少期を過ごしたせいで、無自覚のまま本来の竜人としての特性を自ら歪めていた。いわゆる自衛だ。周囲に合わせた擬態とも言う。  偶然出会った居丈高で横柄な態度を取る始祖竜から、それを教えてもらった。  ただこの始祖竜、言動の割には意外と親切で、数ヶ月かけて僕の歪みを更生してくれた。  竜人は番に愛されるため、美しい容姿を持って生まれる特性がある。  本来の姿を取り戻し鏡に映る僕の顔は、客観的に見て、楚々とした甘く流麗な顔立ちをしていた。口角をきゅっと上げて微笑めば、自分の顔なのに総毛立つほど愛らしい。  甘く流麗な顔立ちを取り戻した僕は、精巧な道化の仮面をそっと撫ぜた。 「匂いも顔も変われば、この仮面も必要なくなる。元婚約者が僕を見つけてくれないと拗ねることもなくなれば、運命の番に見つかることもなくなる。顔も匂いも変わった僕はこれから本当に別の人生を歩むことになる」  指先ひとつ、不気味な道化の仮面を砕き壊せば、これまでの普通顔で生きてきた思い出がすべて音と共に壊れたような気がした。でもそれで良かった。もう俺の人生に僕はこれ以上、縛られて生きなくていい。 「ふふ、生まれ変わったみたいだ。俺は竜人にさえなれない劣等種だ、と思ってた。今では易々と赤竜に身を変えられる」 「元婚約者のことを忘れ、生き方を変えてみるか?」  レイモンドがそんなことを聞いてきた。首を横に振る。 「発展性がないのは自分でも分かっている。でも僕は元婚約者にマーキングされたまま、きっと一生、誰とも番えずに静かに終えると思う」  ピシリ。  空気が、軋んだ。  そこを見ていたのは僕だけじゃなかった。  空中に閃いた銀光から、ほんのごくわずか、竜気のようなものが漏れ出している。僕が身構えると同時に、レイモンドが僕に向かって叫んだ。 「ヴォルフ! 逃げろ!」  蜂蜜色の結界を斜めに切り裂く一筋の亀裂を見て、戦慄が僕を捉えた。  冬の静夜を結晶させたような竜気、リアムのものだ。 「レイモンドの結界内はレイモンドが許可した竜人でなければ侵入できないはずだ! 何故ここにリアムがいる!?」 「許せ! お前の幸せを見届けたいというリアムの言葉に同じ運命の番を持つ者として絆されてしまった! だが接近は禁じていた!」  レイモンドの言葉に、舌打ちし、逃走をはかる前。黒地に精妙な銀の刺繍を施した極上の衣装をまとったリアムが僕の行手を遮った。 「ヴォルフ」  歪みを矯正され、瘢痕化が完治した今の僕は、嗅覚が、本能が、正常に機能し始めていた。  これが僕の運命の番の匂い。  夢のように朧げで、骨の髄が凍えるほど、鮮烈な香り。思わず吸い込めば、深奥から湧き上がる本能が、ぽっかりと顔を覗かせた。  ソレをオレによこせ、と。  身体は素直にその指示に従い、僕の意志に関係なく、リアムに向かって香りフェロモンを放ち出していた。吐く吐息が熱くなり、目が潤()`うのが自分でも分かる。下肢がじんと熱を帯び始めた。  よりにもよって、こんなところで。 「ヴォルフ」  世にも美しい声で名前を呼ばれて、伏せた目を上げれば、黒の衣装と黒髪が相まり、掛け値なしの真っ青な瞳が、いつもより印象的に浮かんで映えて見えた。夜の美しさが形をとったとしか思えない。僕を見て夜の美しさが動き始めた。  泣いているような微笑んでいるような震える唇が、激情を抑え込もうとしている。僕を魅了する香りを纏わせたリアムに僕はこのまま連れ去られるんだろうなと、ぼんやりと、どこか他人事のように思った。  レイモンドがヴォルフを取り押さえようと動き出したのを視界の隅に見て、咄嗟にそれを片手で制したのは、何故なのか。 「貴方の歪みが正しく矯正された今、私達は運命の番が何なのか、本能で正しく理解していなかったとつくづく思う。ヴォルフもそう思うだろう? 初めからこの匂いを知っていれば……きっと何もかもが変わっていた。ヴォルフ、私の運命の番。もう苦しまなくていい。あの男ともう番う気がないなら、今こそ私を選んで。私が真綿に包むように愛してあげる。この世のありとあらゆる憂いから守ってあげる。永遠の幸福を約束してあげる」  僕の本能が囁いた。  このままリアムのモノになれ、と。  一歩、後じさったのは理性だ。このままリアムの手を取れば惑溺の淵に沈み、溺れ、もう僕は二度と戻れない。苛まされるようなルイへの渇望感は完全にリアムによって上書きされる。直感でそう思った。  僕の拒絶を受け取ったリアムが、品のいい眉を不愉快そうに寄せた。 「私のこの匂いを嗅いでなお、貴方は、貴方を金で買ったあの男を引きずるというのか」  衝撃が胸を貫いた。  どうして俺が金でルイに買われていたことをリアムが知っているのか。言いようのない羞恥心と屈辱感が胸に込み上げると同時に、忘れようとしていた古傷がぱっくりと開いた。  俺は金で買われルイと身体を重ねる不毛な関係が嫌で、ルイから何度も逃げようとした。でも逃げられなかった。力の差は歴然としていた。 『こんな身体して、一体誰の元に行くつもりだったんだ?』  服を剥がれ、素肌をさらされれば、俺の性器は苦しいほど勃ち上がり、先端から蜜を零していた。  はしたない、とルイは俺を蔑まなかった。言葉でも、態度でも。  ただゆっくりと、ふっくらと勃ち上がり桃色に色づく俺の両方の乳首をこね、僕の官能を引き出そうとした。それだけで足のつま先がびくびくと震え、射精感に身悶える。肌が真っ赤に染まる。首筋に落ちたのは優しく、愛しげな口付けだった。 『逃げている隙なんかないだろう。ほら、俺が欲しくてたまらないはずだ』  格子窓に発情したいやらしい自分の顔が映っていた。羞恥に視界がぼやけたのを覚えている。 『ルイ、許して』 『許さない。自分が誰のものであるのか、しっかりと自覚できるまで』  後ろ手に腕を掴まれ、蕩けるほど柔らかな体内にルイの剛直を力強く埋められると、強烈な愉悦に震えた。数度突き上げられて、あっという間に格子窓に白濁した精液が撒き散る。 『ぁ……あ……ぁぁ』  普通に性器を扱かれて吐精するより、中からルイの太く硬い性器で無理やり押し出されるように、吐精する方が何倍も気持ちが良かった。ルイに抱き込まれて、自分の身体が崩れ落ちたのを知る。ルイに翻弄され続け、体力はぎりぎりまで消耗させられていた。 『我慢するな。欲しいなら欲しいと言え。我慢すると気が狂う』 『していない。我慢なんか。もう、もう、こんなの、やめてくれ……!』  背中に口付けが落ちる。  余韻に浸る間もなく、ずくずくと後ろを穿たれる。   荒い息遣い。ぐちゅぐちゅと卑猥な水音の原因を作っているのは、俺の中に注がれたルイの精液だ。抽挿されるたびに泡立って太腿に滴り流れ落ちていく。濃艶な香りで脳も脳髄も蕩け、俺の性器はまた馬鹿みたいに勃ち上がっていた。 『あ、あ、あ,も、もう……嫌、だ、許して、ルイ!』  頭も身体も快楽しか追えない。でも心が追いつかない。どうしてルイはこんなことをするのか。どうしてこんなに身体は淫らに反応するのか。ルイの精液で満たされた中を硬く太いモノでごりごりと擦られ、揺すぶられ、すすり泣いて懇願した。 『ルイ! ルイ! もう…どこにもいかない! 約束する! だから、許して……! 中に出さないでくれ……!』 『俺が欲しくて、たまらなくなるから?』 『ぁ……そう、そうだ、だから、あ、あ……ッ、許して』  縋るところが欲しくて手を前に差し伸ばすと、ルイの手が差し出された。握り締めると深い口付けが与えられる。頭が朦朧としている。耳元で聞こえた掠れた声は幻聴か。妄想か。それとも願望か。  ――愛してる――  思考は濃霧の中、夢かうつつかそれすらも判断できない。快楽の波に揺さぶられ、愛しいルイにしがみつく。  そうして壁に積まれていく金を見ては、舌の根も乾かないうちに逃げ出し、ルイの爛熟した香りに翻弄され続けた。  くすくすと笑いが忍び出る。 「リアム。俺が金で買われていたことを知っていたなら、どうしてあの時の馬鹿みたいな俺を助けてくれなかったの?」 「……! 時間を巻き戻すことができるなら、今すぐ助けに行く! 知らなかったんだ! ヴォルフが金で買われていたようだと聞いたのは、ジルからで」 「ジル?」 「竜人戦の優勝者だ」 「ああ、彼か。懐かしい。そうか……なら、もう、いい、忘れて」 「忘れられるか! 辛い思いをしたんだろう! あのガキ、私が殺してやる!」 「……ガキ」  驚いた。リアムにふさわしくない言葉遣いと、リアムの方が年上だった新事実。ふと、口角を上げた。どうでもいいことだ。  いつの間にか発情が収まっていた。浅ましく発情していた自分を思い出し、そんな自分を強く嫌悪したせいだろうか。小さく安堵のため息を吐けば、リアムが凄まじい殺気を抱いているのが肌で感じ取れた。空気中の冷気が増している。今にもルイを殺しに行きそうな勢いだった。 「リアム、気にしなくていい。アレは僕の望んだ気持ちのいい行為だった」 「ヴォルフ」  レイモンドが僕の名前を咎めるように呼んだ。  リアムは驚愕と衝撃で色を失い、白く染まっている。沈んだ青い瞳から目を逸らした。  言葉を選ぶ余裕がなかった。僕はただリアムを諌めようと思っただけなのに。  夏の気配を秘めた春風がリアムの黒髪を揺らすたび、濃艶な甘い香りが僕に届けられた。  陽光がリアムの艶やかな肌に跳ね、哀しみに色づいた瞳がそっと伏せられた。 「あの男を、貴方を金で買った非道な行為を、許せるのか」 「それ以上何も言うな……人の古傷を抉るのは良くない趣味だ」  桃源郷でのあの日々。僕はルイに抱かれても愛情の有無を確認できなかった。  あの時、僕はルイに捨てられていた。飽きたと言われて。想いは僕の一方通行だった。ルイはそのことを明確に僕に伝えるために、金を積んだんだろう。  それでもルイは貪欲に俺の身体を貪った。溺れるかのように。もう少し、僕の我が弱ければ、今も桃源郷。ルイにまだ抱かれていたんだろうか。侘しさと、虚しさを抱え、大金持ちになったと僕は笑っていたんだろうか。 「帰る」  リアムに腕を掴まれた。 「送る」 「いい、必要ない。もう僕に構わなくていい」 「送る」 「必要ない! 頼む、もう僕のことは放っておいてくれ!」  激昂してリアムの手を乱暴に振り払おうとすれば、強く掴まれた。 「放っておけるか! 今の貴方のその顔! 自覚しろ! 不埒な輩が群れを成し、次々と貴方を襲ってきたら貴方はどうする気なんだ!?」  真剣な顔でそんなことを言うリアムに怒りも悲しみも痛みも忘れて、心の奥底から、呆れ、ぽかんと仰ぎ見た。  心配するところはそこか? そういえばリアムは面食いだった。顔を基準にものを考えているのか。確かに僕は美しく生まれ変わった。でも。  リアムに掴まれた反対の手でそっとリアムの手をほどいた。 「古代種の竜人である僕を襲おうとする無謀な奴なんてこの世界、群れどころか、人っ子ひとりいない」 「そんな保証、どこにあると言うんだ! 言ってみろ!」  地団駄を踏む勢いで癇癪を起こすリアムを見て、怒りは湧かなかった。呆れの方が先立つ。子供か。リアムは本当にルイより年上なのか。  それにしても、腹が立たない。不思議な感覚に戸惑う。そういえば久々に会ったような気もまったくしない。  まるで昨日も会っていたような不思議な感覚に陥る。いや前世からの勢いでずっといるような気さえする。言いようのない怒りも気が付けば削がれ、ため息を吐いた。  リアムからふわふわと漂う香りは僕の心を落ち着かせるような効果があるようだ。  レイモンドはずっと僕達を静かに見守っている。僕が運命の番リアムを選ぼうと、報われない恋ルイを選ぼうと、僕が幸せになればそれでいいと考えていそうだ。  いや、違う。僕がレイモンドを制止した。だからレイモンドは静観している。それすらも記憶が曖昧になっている。おもしろくない。リアムという運命の番の存在のせいだ。知らず全意識を持っていかれてしまっている。 「レイモンド」 「ああ、分かっている。勝手なことをしてすまなかった」  さまになる仕草で肩をすくめるレイモンドとは長い付き合いになる。このまま僕が消えれば、以前からルイを想う僕の気持ちを尊重して、リアムを出禁にしてくれるはずだ。  踵を返す勢いで、異世界転移する。  リアムの制止するような声が聞こえたような気もしたが、そんなもの、知らない。  転々と異世界転移を繰り返し、各地でぶらぶらと時間を潰した。その都度、リアムが僕を追ってきていないかどうかを確認した。リアムは僕を追ってこなかった。レイモンドが足止めしたか、説得されたか。いずれにせよ、諦めたんだろう。  こんなひどい暴言しか吐けない僕なんか、さっさと見限ればいい。  日も暮れかけた頃、レイモンドの領地に戻り、レイモンドからリアムを追い出したことを確認して、ようやくまともに呼吸できたような気がした。

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