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第55話

 パラレルルート 14  蜜月はずっとまどろむような幸福の中にいた。  僕が欲しがればリアムは欲しがるだけ与えてくれた。緩やかに、穏やかに。  リアムの口付けは僕の官能を引き出すようなものよりも、慈しむ気持ちを伝えようとするようなものの方が多かった。海を思わせるような青い瞳は、見ている僕の胸が苦しくなるほど、僕への愛情を隠しておらず、僕の息を何度も詰めさせた。  リアムは自身の狂うような性的興奮の中、僕を傷つけないよう、細心の注意を払ってくれた。執拗な愛撫でぐずぐずに蕩かされ、火照った身体でぐずるようにねだると、リアムは熱い吐息を漏らしながらも、あやすように僕を抱いた。  リアムのそばにいると充足感が凄すぎて何もかもに身を委ねたくなる。リアムは熱っぽい息を吐きながら僕をその腕から離さなかった。  まばゆい日差しを感じて、目を覚ますと室内は明るい光に満たされていて、身体は発情することをやめていた。閉じそうになる瞼を震わせると、その瞼にふんわりと口付けが落ちる。  目鼻立ちが凛と男らしいリアムの美貌がそこにあった。美し過ぎて冷たく感じる美貌も今は恍惚と蕩けている。頬を指先で優しく撫でられて、口付けがそっと落ちてくる。何度も。何度も。  いいようのない愛おしさが込み上げてきて、リアムの広い背に腕を回せば、囁き声と口付けが降ってきた。 「私の最愛」  激しく長い蜜月の後に流れる穏やかな時間は、かけがえのないものだった。  リアムは竜の逆鱗を僕に捧げてくれた。でも僕はリアムに竜の逆鱗を捧げてあげられなかった。ルイに捧げて受け取ってもらえずこの手で握り潰したせいだ。  その説明をしようとして、リアムに顔を逸らされた。  ベッドの中で元婚約者の話をするべきじゃないことくらい僕にだって分かる。  リアムも何となく僕に竜の逆鱗がないことが分かるんだろう。僕に言葉を求めず、口付けだけ求めた。  レイモンドの所へ行き、散々騒がせたことを詫びれば、レイモンド家族は祝福だけしてくれた。彼らには世話になりすぎてしまった。彼らに何か困ったことがあれば全力で助けたいと思う。  リアムの故郷シャヴァンヴィルの家族に挨拶に行けば、急遽内輪だけのお披露目の宴が催された。  華やかな場でリアムの親族関係者から祝福されて、何がきっかけだったのだろう。気が付けば僕はリアムに自宅へと連れ戻されていた。  リアムは僕を見る雄の目に耐えられなかったそうだ。そんなわがままを通して良かったのか。呆れた表情を浮かべれば、リアムは少し苛立ったように僕を腕の中に引き寄せ、僕の両頬を両手で挟んだ。 「まず、自分の容姿が人にどう見られるか正しく理解して欲しい。何度も言っているけれど、貴方は雄の性欲を掻き立てる妖艶な容姿をしている。私以外の雄に不用意に微笑んだり、触れたりしてはいけない。そのうち喰われる」 「リアム、痘痕もえくぼ。惚れてしまえば、相手の欠点までも長所に見えるという例えがある。もっと冷静な目で僕や相手を見て欲しい」 「貴方のその自己評価の低さは一体どこからくるのか。この家にタクトが忍び込んだ時、運命の番がいるはずのタクトでさえ貴方に肩を抱かれて顔を赤くしていた! 忘れたとは言わせない」 「古い話を持ち出したな。それはシャヴァンヴィルで僕が他の雄に隙を見せなかったからだろう?」  リアムに責められて釈然としないものを感じてリアムを睨みつけるように見上げれば、整い過ぎて冷たくも見える美貌が僕の顔に落ちてくる。瞼に柔らかく口付けされて無意識のうちに強張っていた力が抜け、リアムの身体に身体を預けた。触れ合っているとじんわりと愛しさが胸に込み上げてくる。 「他の雄に隙を見せなかったのか、そうか、そうなのか」  リアムが恍惚と微笑んで寝室に結界を張った。リアムが張った結界は僕を閉じ込める種類のものだ。眉根が寄る。 「何がしたい?」 「愛したい」  リアムに顎を引き寄せられ、深い口付けをされた。  そうしてそのまま僕はーーーー監禁された。  意味が分からなかった。ただリアムが異常を逸した行動を取っているのは分かった。蜜月は終わったはずだった。そもそもリアムの発情期が終わっていなければ、誘発されて僕も発情するはずだった。  それなのにリアムは僕の身体を腕に抱き込んで、ひたすら僕と繋がりたがった。繋がっていなければ死ぬとまで言い出した。  僕はそんなリアムに驚いたが、不快じゃなかった。  匂いと快感に弱いせいで、快楽に溺れ突き落とされる性交には抵抗があったはずなのに、不思議と抵抗はない。  リアムのすることに腹が立たないせいだ。  ただリアムが心配だった。  リアムは監禁された僕より苦しんでいた。いつも熱っぽい息を吐き、僕を腕から離さない。鼓動はいつも跳ねていた。何となく、リアムがこのまま狂ってしまう気がした。 「満たされないなら、僕が抱いてあげようか?」 「いや、私がヴォルフを抱きたい」  リアムは僕の背後から硬く太い凶器で串刺しにしたままうなじを甘噛みした。  リアムの欲望は尽きることなく、僕はリアムの腕の中で死んでしまうような気がした。  リアムはどうすれば満足するのか、聞いてもリアムはただ僕の身体を貪るだけだった。    うとうととまどろむ僕の枕元にリアムが何かを置く気配で目が覚めた。  ぼんやりとそれを見上げる。真白い小刀だ。運命の番の縁を切るフェルサン公爵家の家宝”竜人殺し(ドラゴニュート・ベイン)”。柄にはリアムの鱗が嵌っていた。  何の真似だろうと、力なく、神授の美貌を見上げれば、リアムが強引に僕の唇をふさいだ。身をよじればリアムの腕に抱え込まれて深く唇が重なってくる。僕がとろとろに蕩ければ、リアムは愛おしげに僕の頬を指先で撫で、ドラゴニュート・ベインを僕の手に握らせた。嫌な予感しかしない。 「これを貴方に。ドラゴニュート・ベインがフェルサン公爵家の家宝なのは、珍しいからじゃない。フェルサン公爵家の血筋の特徴として、番にひどい執着心を持つからだ。運命の番とならばなおさら」  口角が薄く上がった。 「これで僕にリアムを刺せと?」  僕は衰弱しつつあった。  先祖返りであるリアムに監禁されて抱かれ続けているせいだ。体力がついていけない。  食事や水は与えられているが、このままの状態が続けば僕は本当に死んでしまうだろう。 「……これ以上、私が貴方に無理を強いたなら」 「気持ちは分かった」  ドラゴニュート・ベインを躊躇なく、へし折った。  これがフェルサン公爵家の家宝だか何だか知らない。関係ない。ふたりの間を割くものには容赦するつもりはなかった。  驚いて僕を見ているリアムの衣服を乱し、胸元に唇を寄せた。 「よせ……っ、我慢できなくなる……っ」 「ずっと言ってるだろう。我慢しなくていい」  ふっくらと勃つ鳶色の乳首は僕を誘っている。甘噛みすればリアムが息を詰めた。  リアムを抱き寄せ、唇を貪った。リアムは抗わなかった。熱い吐息を撒き散らして、神授の美貌を恍惚と蕩けさせるだけだった。リアムは僕に夢中だった。抗えるはずなんてない。 「僕が欲しいなら、好きなだけあげる」  唇を触れ合わせたまま囁けば、リアムは獣のように僕に覆いかぶさり、僕の身体を求め始めた。  リアムはいともたやすく僕から快感という抗いがたい欲求を引きずり出してくる。頭を焼き尽くすような快楽にふたりで激しく身を震わせる。  シーツはふたりの精液ですぐにどろどろに汚れた。 「でもだからって、こんなのは、やはり、狂ってる」  リアムにがつがつと穿たれながら、くすくすと笑い声と共に目尻から涙がこぼれた。 「婚約者は俺を捨てた。飽きたと言って。番にまで捨てられるくらいなら、僕はこのまま死にたい」  僕の身体を穿つリアムの動きが止まった。 「あ……違う、ヴォルフ、違う。ドラゴニュート・ベインは」 「アレでリアムは僕への執着心を捨てて、自分だけ楽になりたかったんだろう!? 僕のこの気持ちなんか、構いもせず!」 「違う…! ドラゴニュート・ベインは怖くて誰も試したことがないからそれで本当に竜人の運命の番の縁を切るものなのかどうか誰も知らない。文献を調べた先祖もいたそうだが、竜人の運命の番との縁を切るような、そんなものはこの世に存在していなかったそうだ」 「……え?」 「ヴォルフを監禁したと知った私の父がドラゴニュート・ベインを手渡し、そう教えてくれた。そのドラゴニュート・ベインは血族の執着心を抑える脅しの道具だ。おそらく、だけれど」 「でもドラゴニュート・ベインは本物だったかもしれない。僕がその本物のドラゴニュート・ベインを使ってリアムを刺せば、どうする気だったんだ?」 「刺される前にそんなもの。壊すに決まっている」  言葉を失った。僕とリアムの力の差からそれは可能だと言えた。  でもはっきり言われると腹が立つ。それにドラゴニュート・ベインを既に壊した僕が言うのも何だが、ドラゴニュート・ベインはフェルサン公爵家の家宝だ。簡単に壊していいものじゃない。  ずるりとリアムの性器が抜けた。その感覚に身震いしているとリアムの手が優しく僕の身体を引き寄せた。 「けれどドラゴニュート・ベインは貴方が壊してしまった。私に捨てられたら、貴方は生きていけないのか?」 「……! 誰のせいだと……! 違う。誰のせいでもない。僕が選んだんだ」 「ヴォルフ、愛している」  嬉しそうな声と口付けが顔中に降ってくる。そうしてはたとした。  僕はリアムに番にして欲しいと頼んだが、一度でもリアムに愛を伝えたことがあっただろうか。  竜の逆鱗は捧げられない。ルイに受け取ってもらえず僕がこの手で壊してしまった。もうこの世にない。 「リアム」 「私は貴方を捨てることも、飽きることも、ないから。永遠にそばにいさせて欲しい」 「……リアム…愛している」  ぱりんと寝室の結界が解ける音がした。僕の身体を硬く抱き寄せ、言葉もなく泣くリアムの広い背を撫でる。 「そばにいられるだけで満足だと、思って……」 「ごめん、不安にさせていたのか」 「不安? 分からない。貴方は言った、意図せず私がマーキングしてしまったから、責任を取って番にしろと」 「う……違う。ごめん、言葉が足りなかった。愛してる。リアムを愛しているから僕はリアムの番にして欲しかった」  僕の腕の中にいる神授の美貌が首まで朱に染まり、もっと言って欲しいとねだられた。  僕の気持ちをリアムは分かっていたんじゃないかと思う。ただリアムは僕の言葉が欲しかっただけで。  可愛い番にねだられて断れるはずもなく、たくさんの口付けと愛の囁きを繰り返し、繰り返し、リアムの耳元で囁いた。リアムが眠るまで贈り続けた。  僕も衰弱していたが、リアムも同じように弱っていた。  僕は黒髪を撫でながら、僕の竜の逆鱗をリアムに捧げられない代わりに、毎日愛の言葉を捧げようと、そう、思った。  毎日リアムにべったりと甘えて愛を囁けば、リアムは神授の美貌を恍惚と蕩けさせて、僕をふんだんに甘やかし、僕を外へと連れ出すようになった。  外には美しいものが溢れているから、そう言って。  卵はすぐに生まれた。赤から黒にグラーデーションされている色からして強そうな卵だ。リアムは嬉々として卵を左腕に僕を右腕に抱いた。  僕をあたためる必要性はまったくなかったが、リアムの好きにさせた。僕は基本リアムのすることに腹が立たない。  リアムがおぼっちゃまでリアム自身がそんな扱いに慣れているせいだからだろうか。それとも僕が運命の番だから?  リアムを見上げると、澄んだ湖面を思わせる掛け値なしの真っ青な瞳に吸い寄せられそうになる。青みがかった黒髪は艶やかで、リアムの美しさをひときわ浮き彫りにさせていた。  目鼻立ちは凛と男らしく、近寄り難い静謐さがあるが、今はその神授の美貌を愉悦で満たしていた。  リアムのすることに腹が立たない理由は分からない。ただリアムが嬉しそうにしていると僕も嬉しくなる。  それからの一年、僕はリアムと子育てに追われて忙しく過ごした。  ダイニングテーブルには薄色の野花が季節を問わず毎日飾られている。  リアムの額には緊箍児が飾られている。  一年という短期間で僕が五人子供を生んだせいだ。双子の兄弟が二組いる。リアムの遺伝子が仕事をしたようだ。これ以上はいらない。抑止力が必要だ。避妊具は役に立たなかった。リアムの子種は、リアムの意志を無視して僕の中へと転移してくる。そんなことがありえるのか。  生まれる子供達は当然、強かった。竜型、人型それぞれ思い思いの形態で庭を駆け回っている。 「普通は望んでもそこまで生まれぬものだが」と始祖竜に感心されてしまった子供達だ。リアムが操作して生まれた子ではない。  子供が寝静まった頃。リアムが僕の身体を求めてきた。  リアムの額には銀の緊箍児が飾られている。そう、ただの飾りだ。番ってから一度も使ったことがない。僕はリアムのすることに基本腹が立たないせいだ。それからリアムに痛い思いもさせたいとも思わない。緊箍児はリアムの額に飾られて当然の存在なのかもしれない。  似合うからそのままにしているが。  今夜も夫婦の寝室から一切の音がリアムによって遮断された。  リアムの頬を撫で、愛していると僕が囁けば、リアムが神授の美貌を満悦と蕩けさせた。  僕達は生涯をかけて一体何人の子供を生むのか。  今は誰もそれを知らずにいる。  おしまい。 ーーー 【あとがき】 最後までお付き合いいただきありがとうございます。 感想、リアクション、お気に入り登録などなど、ポチッとしていただけましたら、今後執筆の励みになります! どうぞ評価のほど、よろしくお願い致します。 【スピンオフのお知らせ】 リアムの双子の兄のジュリアンとタクトのお話『彼の壮絶な献身を僕は知らなかった』を投稿中です。 ジュリアンとタクト「運命の番」であるはずなのに…ヴォルフの抱いた疑問。リアムと同じ戦闘能力を持つのに、先祖返り特有の青い瞳を持たないジュリアンの謎。 タクトの「勘違いしてたんです!」この言葉の謎。 おそらく、この本編で数行書けば終わるものを、がっつりと話にしてみました!(短編で終わると思ってたのに…) 1行あらすじ。 「ジュリアン様、可愛がって下さい…っ前から何も出ない…っ」 (しかし、まだ番(つがい)にはできない……!) ※えろに特化した話ではありません。 パラレルルートではそこまでリアムの愛の重さを描けませんでしたが、双子であるジュリアンの(どこまでも)重い愛を、お時間ゆるすようでしたら、堪能していただけると嬉しいです。

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