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第8話 困惑
「というわけで、直前で悪いんだけど……」
昼休み、別クラスの椋と律を廊下に呼び出し昨夜の件を話すと、ふたりとも快く頷いてくれた。
「寧ろ、その気になってくれて助かったわ」
「こっちは全然問題なし」
それを聞いてほっとする。
「精一杯やってみるつもりだ。それで、あとの2曲をどうするか今日の部活で話し合いたいと思ってさ」
と、ふたりは何やら目配せをした。
そして言いにくそうに口を開いたのは椋だ。
「なあ、奏汰」
「ん?」
「今日もアイツ……優真は来てくれるんだろ?」
「ああ、頼んである」
――朝、少しの気まずさを感じながらもまた夕方4時に部室に来て欲しいと言うと優真は何事もなかったかのように笑顔で頷いた。
「わかった。でも、昨日みたいに遅れてこないでね。でないとまた」
「わかってる! 絶対間に合うようにするから。頼んだ」
優真の言葉に被るように言って俺は玄関を出た。
……優真に軽音部に来て欲しいと頼むことは、優真とキスをするということで。
なんだかまるで俺がキスをせがんでるような気になってきてぶんぶんと首を振った。
(違うから! 今は優真に頼む他ないからで……)
でもそれはそれで、突然お願いしたのに快く引き受けてくれた優真に失礼過ぎる。
そもそも、お礼がしたいと言ったのは俺の方だ。
(でもまさか、優真が俺のことを好きなんて思わないだろ)
途端、昨夜のキスを思い出しまた顔が熱くなって俺はもう一度大きく首を振ったのだった。
「優真が、どうかしたか?」
なんとなく、ふたりの表情に不穏なものを感じて訊く。
(まさか、俺と優真がキスしてるとこ見られたとかじゃねーよな?)
と、椋は声を潜め言った。
「あいつさ、ぶっちゃけすっげぇ扱いづらいんだけど」
「え?」
「良く言やクールキャラなのかもしんないけどさ、無愛想っての? 俺らが話しかけても全然反応薄いし、目も合わせてくれねーの」
「……優真が?」
俺はぱちぱちと目を瞬きながら、そういえばクールって誰かも言ってたなと記憶を辿り、昨日部室前に集まっていたうちのクラスの女子だと思い当たる。
確か優真のことをクールイケメンとか言っていた。
「そんなことないだろ」
「お前の前ではな!?」
そこだけめちゃくちゃデカい声で言われ、ついでにがしっと強く両腕を掴まれた。
椋はそのまま俺の眼前で必死な様子で続けた。
「お前と俺らとの対応の差がすっげぇの、とにかく!」
「そ、そんなにか?」
「ガチで見て欲しい! な!?」
椋が律に同意を求め、律はこくりと頷いた。
「飼い主にはめちゃくちゃ懐いてるけど他の奴には見向きもしない犬みたいな感じ」
「犬って……」
「だから奏汰、昨日みたく絶対遅刻すんなよ!」
優真と同じことを言われ、俺はその勢いに少し気圧されつつ頷いた。
「わ、わかった。急いで行く。今日は日直じゃねーし大丈夫だ」
と、律が小さく息を吐いた。
「アイツこれから一年のクラスに入るんだろ? あれでうまくやっていけんのかな。余計なお世話かもしんないけどさ」
そうして律は廊下の窓から一年の教室のある方を見つめた。
廊下を歩きながら頭をひねる。
拗ねたり怒ったりする顔を見たことはあるが、無愛想でクールな優真が全く想像できなかった。
小学生の頃を振り返ってもやっぱり一緒に笑っているイメージしかない。
(でもそういや、優真が俺以外の誰かと遊んでいるところは見たことねぇな)
そして、ふと思い出したことがあった。
昔近所の公園で、俺の同級生連中と優真も一緒に遊んだことがあった。そのとき優真はずっと俺の後ろに隠れていた気がする。
(ひょっとしてアイツ、人見知りか?)
だとしたら、今もそれが治っていないのだろうか。
(そんで、今も昔も俺にだけは心を開いてくれてるってことか……?)
……それは、悪い気はしないけれど。
知らず口元が緩んでしまって、俺はいやいやと首を振った。
(でも確かに、折角この高校に編入してもクラスに馴染めなかったら可哀想だな)
あんなイケメンだ。女子たちはきっと放っておかないだろうが、そのまま一匹狼になってしまう可能性はある。
確か正式に一年のクラスに入るのは来週だと言っていた。
(その前にちょっと話してみるか)
そうして、俺は足早に自分の教室へと戻った。
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