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一時限目①
――四月。
海鋒 学園高等部の職員室では、とある年若い男性が、これから担当することになる三年四組の生徒名簿を手にしたまま、形のよい眉を曇らせていた。新任教師の赤峰 太陽 である。
海鋒学園は中高一貫の男子校で、男女共学の大学部も隣接している。
身長一六三センチで童顔な赤峰は、むさ苦しい男ばかりの男子校には相応しくないように思われた。黒目勝ちな大きな瞳や、少し長めの艶やかな黒髪は、男子校ではなく女子校で好まれそうな外見だった。
赤峰のかわいらしい唇が薄く開く。
「大丈夫。同じ失敗は二度としない」
「あんまり気負いすぎるなよ。素の自分で生徒と向き合うのが、一番いいんだからな」
声をかけられ、赤峰は隣の席に座る同僚に顔を向けた。
理知的な縁なし眼鏡の奥の瞳が、力強く輝いている。彫が深く、精悍な顔立ちで、短くセットされた髪とのバランスが絶妙だ。高校教師らしからぬ高級スーツを着ているため、有能なビジネスマンと見紛うほどだ。
海鋒星嗣 と赤峰は、海鋒大学のバレーボール部に所属していた。一八〇センチの長身で、頼りになるミドルブロッカーだった。
赤峰が海鋒学園高等部に再就職できたのは、理事長の息子である、海鋒のおかげだった。
赤峰は教室の前で、赤いネクタイの結び目に手を伸ばした。廊下の窓ガラスで、曲がっていないか確かめる。
「行くぞ」
海鋒に声をかけられ、「ああ」と小さく応じる。
赤峰は海鋒の後に続いて、三年四組の教室に入る。一歩足を踏み入れた途端、男子生徒たちのどよめきが耳に飛び込んできた。
「かわいい!」
「目の保養!」
「男子校の華!」
見知った顔が見えないことに、ほっと息をつく。
(よかった。今日は欠席みたいだ)
中には、無断でスマホを構える者までいる。
「こら! 勝手に写真を撮るな! ホームルームでの使用は禁止だと言ったはずだぞ!」
すかさず海鋒が注意する。
「女装してほしい!」
「メイド服着て、ご主人様って言ってください!」
予想外の反応に、赤峰は呆然とするしかなかった。
隣に立つ海鋒が、溜息交じりに言う。
「おまえらなあ、気持ちはわかるが」
(え? わかっちゃうの?)
「きょとんとしてる顔もめっちゃかわいいです!」
「赤峰先生、自己紹介してください」
「あ、はい!」
海鋒に言われて、赤峰は生徒たちに背中を向ける。マーカーペンを手に取り、ホワイトボードにフルネームを丁寧に書いた。生徒たちに向き直り、改めて教室内を見回す。藍色を基調とした詰襟の学生服に身を包んだ男子生徒たちの視線が、赤峰に集まっていた。
無意識に、聖ルチアナ女子大学付属高校との違いを探している自分に気付く。前任の学校は、ホワイトボードではなく黒板だった。当然ながら、男子校にはセーラー服の女子生徒はいない。
赤峰は、明るい声を出すよう意識する。
「副担任を務めます。赤峰太陽です。三年生の英語も担当します。担任の海鋒先生とは、大学の同期です。よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げると、大きな拍手が教室中から沸き起こった。
「海鋒先生と同期ってことは、今年で二十四? 見えなーい!」
「わかる! 同級生って言われても違和感ない!」
どうやら初日から失態を犯さずにすみそうだ。赤峰は生徒たちの笑顔を見て安堵した。
無事にホームルームが終わり、海鋒と連れ立って教室を後にする。
「俺って、そんなに童顔かな?」
海鋒が苦笑しながら振り向く。
「童顔だよ。大学の体育館で初めて会った時、中学生にしか見えなかったから、部員の弟が見学に来てるのかと思った」
「そんなわけ……」
「ない」と言いかけた時、廊下の奥から悲鳴じみた歓声が聞こえた。
生徒たちは口々に言う。
「本物だ!」
「最近CMデビューしたよな」
「雑誌で見るよりかっこいい!」
「オーラが違う」
赤峰は息をするのも忘れて、その人物に見入っていた。白衣を着た女性教諭が、頬を赤らめて足を止めている。
「モデルの、望月 碧 だ」
リノリウムの廊下を歩く姿も、まるでランウェイを歩いているかのように、堂々としていた。
一八五センチの長身だが、成長期のためか、胴回りはまだ細い。肩に付くくらいの長さがあるさらさらの髪は、灰緑色に染められている。色素が薄く、どちらかと言えば垂れ目の瞳は、ぱっちりとした二重だ。高い鼻梁に薄く形のよい唇。色白であるため、一見すると西洋人のようだ。
中性的で、子供の頃はよく女の子に間違えられていたことを、赤峰は知っていた。
赤峰と目が合った瞬間、明るい茶色の瞳が、極限まで見開かれる。碧は、花がほころぶように破顔した。
雷に打たれたような衝撃が、頭の先から爪先まで駆け抜けた。
雑誌で見られるような営業スマイルではなく、心からの笑顔だとわかる。無防備な心臓を、ときめきの矢で射抜かれたみたいだ。心拍数が急上昇し、過去の記憶が鮮明に呼び覚まされる。
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