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第7話-2

「ほら、真宮さん着きましたよ」 「うう……」  ありがとうと言葉を紡ごうとした舌は言うことを聞かず、呻き声を上げるだけだった。 日野は真宮をベッドに下ろすと台所へと消えていく。 ひんやりとしたシーツの心地良さに微睡む真宮は、つい先程までの賑やかな飲み会の場を思い出していた。 特殊捜査班慰労会、もとい真宮残留祝いは随分な盛り上がりを見せた。 祝いだと次々注がれたビールを飲み干し続けていれば、あっという間にこのざまだ。 早々に潰れた真宮を日野に任せ、他の後輩たちは二次会へと繰り出したらしい。 若さと体力が羨ましいとぼんやりと天井を見つめていれば、視界の横から日野が顔を出した。 「真宮さん、ほらお水飲んで」 「んん……」  起き上がろうとすると上手く手で体を支えられずふてくされる真宮を、日野は笑い腕を引いて起き上がらせてくれる。 差し出された蓋の開いたミネラルウォーターを煽れば、体の中を冷たい液体が流れていくのを感じた。 何度かそうしていれば体の熱が少しずつ冷めて冴えてくる思考の中、ふと壁にかかるカレンダーが目に入る。 もう少しで夏が終わる。 すぐに季節は秋を迎え、瞬く間に冬になるだろう。 今までは冬になるとあの忌々しい夜を思い出していた。 だがこれからはきっと、PSIMが終わりを迎えた夜を思い出す。 「要の墓参り……行かないとな」  ぽつりと呟いた独り言に、隣でベッドに浅く腰掛けていた日野が反応した。 身寄りの無い要の墓は豪葬式墓地に埋葬されている。 だが自分は要の遺体が埋葬されてから、まだ一度も会いに行けていない。 それはきっと、心のどこかでまだ要が死んでしまったことを受け止められない自分がいたからだ。 でも、このままでは駄目だ。 事実を受け入れ進まなければ何も始まらない。 真宮の言葉を聞き、日野は墓参りの同行を申し出る。 二つ返事で了承すれば、日野は何かを思い返すように遠くへ視線を向け言葉を続けた。 「俺も……話したいことが沢山あります。それに、要さん宛てに預かっているものがあるんです」 「……?誰からだ?」 「神崎です」 予想もしない名前に体の熱が引いていく。 驚いた様子の真宮に日野は静かに語り出した。 今から少し前。 神崎の処遇が決まり拘置所から刑務所へ移送されてからしばらくした後、神崎から日野へ名指しで面会の申し出があったらしい。 警戒しつつも刑務所を訪れると、随分と憔悴した様子の神崎が日野へ一通の手紙を託した。 『彼に言いたいことが沢山あるんだ』 託されたそれは、手紙というには随分と分厚い封筒だったらしい。 いくら神崎といえど、故人を思いしたためた手紙を断ることはできない。 手紙を墓前に備えることを約束して、日野はその代わりにと神崎に疑問をぶつけた。 『何故、俺なんですか』 関わりの薄い自分に、ましてや神崎は母を殺した張本人。 普通に考えれば日野は自分を恨んでいると思うはずだ。 頼み事など断られる可能性もあるだろう。 それなのに何故と心のままに疑問をぶつければ、神崎は日野に視線を向ける。 そして神崎は、ただまっさらな瞳で日野を見つめたまま口を開いた。 『要くんの弟だから……それに、君は少しだけ要くんに似てる』 だから顔を見たくなった、そう言って神崎は笑う。 その微笑みは張り付けたような笑顔ではない。 悲しみの中に愛しさを滲ませた……そんな表情で日野を見つめていたという。 「そうか……でも、お前にしては随分と優しいじゃないか」 「うーん……真宮さんの癖が移ったのかも」  日野の言葉に笑みを零して、真宮はペットボトルの水を飲み干す。 神崎の実刑は禁錮付きの無期懲役。 起こした罪の大きさで言えば死刑が妥当ではあるものの、司法で定められた最高刑にて可決した。 死こそ最愛の証明と唱える人間にはこれが妥当だと、世間からも好意的な判決だったと思う。 死んでしまえば、神崎は解放される。 そう思うと生き長らえながら罪を償うことの方が、神崎にとって罰になるだろう。 「……あいつの苦しみはきっと、これから始まるんだな」  日野の肩に体を預けるように体を傾けると、日野は拒否することもなくそれを受け入れる。 神崎も計画の根本にあるのは『普通』になりたいという願いだ。 普通に笑って泣いて、誰かを愛したかった。 子供のように残酷を知らぬ心で求めた悲劇を思うと許すことなど到底できはしない。 だが、いつか許される時が来たのなら、今度こそ要と幸せになってほしいと要の親友としては考えてしまうのだ。 「真宮さん、眠いですか?」 「……いや、目が覚めた」  誰かさんが突然とんでもないことをを言うからと笑うと日野もつられて笑い、真宮は日野の肩に頭を乗せ部屋を見回す。 久しぶりに訪れた日野の部屋は、初めてここへ来たときよりもずっと温かな色を帯びていた。 額縁に飾られた表彰状、刑事課全員で撮った記念写真。 日野の刑事として生きている証が、この部屋に詰まっている。 「……目が覚めているのなら、今、少し話してもいいですか?」 「いいけど……何を?」 「……俺の気持ちを」  日野の言葉に真宮は一瞬息を止め、体を固くする。 あの日からずっと明確な言葉も無いままに、穏やかな日々を過ごしていた。 今日がその終わり。 真宮は静かに頷くと、体を起こし日野と向き合う。 ベッドに腰を下ろしたままの二人は互いに静かに顔を上げ、そして視線を絡ませると日野は覚悟を決めたように口を開いた。 「……俺は今まで、復讐のために生きてきました。真宮さんが共犯であると知ったとき、殺してしまいたいと……一瞬でも思ってしまいました」  日野の指先はそっと真宮の首をなぞる。 跡も残らず綺麗なそこに悲しげに眉を下げ、謝っても謝りきれないと呟く日野に真宮は大きく首を横に振った。 大切な人を失った人間ならば同じ感情を抱くだろう。 それに日野は、芽生えた殺人衝動を自らの意思で止めることができた。 日野に何も悪いところは無いと諭す真宮に、日野は微かに笑みを浮かべて静かに言葉を続けた。 「でも……俺、同時に気付いたんです、真宮さんは復讐ばかりで空っぽだった俺を人間にしてくれた。真宮さんに出会ったから、人と食べる食事が美味しいことも、人といることが心地いいことも……全て知ることができました」 真宮の存在は人生を変えた。 真宮がいなければ母の死の真相は隠されることはなく、早くに真犯人に辿り着いていただろう。 こんな風に復讐に人生を費やすこともなく、平凡で、だけど穏やかな人生を送っていたと思う。 だが真宮と出会って、自分の人生は今までの人生とは全く別のものとなった。 真宮は自分が得られることはないと思っていた沢山の幸せを与えてくれた。 誰かを愛して生きる喜びを、再び感じることができた。 「貴方のしたことは、きっと許せない……それでも、俺は貴方を愛しています。だから……」 「だから……俺と、一緒に生きて欲しいんです」 日野の出した答えは免罪でも、糾弾でもない。 日野が悩み抜いて出した愛の形だった。 いくら周りの人間が大丈夫だと言おうとも、許されないことをしたと自覚している。 犯した罪と責任はこれからも償っていくつもりだ。 だが、傲慢であろうとも……日野には、側にいることを認められたかった。 ぽろりと一粒零れた雫は、白いシーツへ染み込んでいく。 日野は優しい瞳のまま真宮を見つめていた。 ああ、日野がそう言ってくれるのなら自分も伝えていいだろうか。 心の奥底に仕舞い込んでいた、この思いを。 伸ばした手を日野が優しく包み込む。 大丈夫、どんな言葉でも受け止める。 そう言われた気がして、真宮は静かに言葉を紡いだ。 「……俺は、お前と出会う前はただ……贖罪のために生きてた……」  事件を解決して、人を救って。 その繰り返しの中で罪の意識と孤独を常に感じながら生きてきた。 そんなところに日野が現れた。 何事にも全力で、頑固で、見ているこっちが肝を冷やすような無茶ばかりする。 だが明るいその振る舞いとは裏腹に見え隠れする闇を抱えた心に、いつの間にか寄り添いたいと思うようになっていた。 きっと自分達は似ていないようでどこか似ているのだ……だからこそ惹かれあった。 ぽろぽろと落ちていく涙の雫を、日野は仕方ないなあなんて笑って指で受け止めてくれる。 ああ……きっと日野と一緒なら、こうして互いの悲しみや喜びを受け止めあいながら生きていける。 「俺もお前が好きだ……誰よりも、愛してる」  真宮の言葉に日野はぴたりと動きを止める。 え、なんて短い言葉と共に何度も瞬きをする日野は驚いた顔を隠そうともしない。 ああ、気付いていなかったのか。 相変わらず与えられる好意には鈍感な男だ。 真宮が慈愛の眼差しを向ければ、日野もまた真宮と同じように涙の粒を落とす。 日野がしてくれたように真宮も涙の粒を指で掬えば、日野が睫毛を震わせ込み上げるものを堪えるようにぐっと息を詰めた。 「……本当に?」 「本当だよ」 「ほんとに、ほんと……?」  溢れる涙の粒が真宮の指を伝い腕へと流れていくと、日野は絞り出すように声を震わせた。 額を寄せ合い、日野は何度も繰り返し確認するように真宮に問いかける。 その度に真宮は何度だって本当だと、愛していると繰り返した。 何度愛してると囁いただろう。 数えるのを止めたとき自然に唇が惹かれ合う。 もう言葉は要らない。 真宮が静かに瞼を下ろしたとき、二人の唇が重なり合った。 「ん……」  一度触れて、離して、もう一度。 子供のようなキスを繰り返しているともっと近付きたくなって腕を背中に回せば、日野もまた真宮を抱き締め返してくれる。 日野の顔が見たい、今はどんな顔をしているのだろう。 唇が離れた時に真宮が瞼を持ち上げれば、目の前には同じくこちらを見つめる日野がいる。 いつもとは違う、欲を滲ませた瞳。 熱を孕んだその瞳に射抜かれ、真宮は生唾を飲み込んだ。 「……続きは?」  こんなに側にいるのに、日野が恋しくてたまらない。 もう一度、お願いと柄にもなく甘い声音でおねだりをする。 日野はそんな真宮の姿にぐっと唇を噛み、真宮の顔を覗き込んだ。 「……いいんですか?」 「……日野と繋がりたい。誰も触れたことのない深くまで」 全部お前にやるから、だから。 小さくなっていく言葉尻と共に、血管の浮いた日野の手の甲をそっと撫でる。 その瞬間、日野の張り詰めていた我慢の糸がぷつりと切れた。 真宮の体は即座にベッドへと縫い付けられ、上から日野が真宮を見下ろすように覆い被さる。 「あ……」  漏れ出た声すら奪うように重ねられた唇。 日野の肉厚な舌は隙間を縫って入り込み、真宮の歯裏に沿う。 まるで確かめるように、ゆっくりと一本ずつ時間をかけて舌は歯裏をなぞっていった。

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