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第7話-1
PSIMの首謀者の逮捕は世間を大いに騒がせた。
日本中で連日神崎鷹臣と戸倉要についての報道が飛び交い、警察には称賛と共に非難の声も集中した。
なにせ首謀者の一人は警視総監だ。
何故分からなかったのか、グルだったのではと抗議が殺到し、警視庁の電話窓口が二度目のパンクを起こしたのには溜息を隠せない。
事が落ち着いたのは、神崎に手錠をかけてから半年が過ぎた頃。
その頃には事件は過去のものとなり、逮捕当時まだ未解決であったPSIM関連の事件も全て解決に向かって進み始めていた。
今では凄惨な遺体を見ることも無くなり、やっと望んでいた日常が戻ってきたのだと平和を噛み締める毎日を過ごしている。
そんな日々の中、真宮はかつて神崎がいた席に腰を下ろす斎藤と対峙していた。
「はい却下」
ぐしゃりと音を立てて握りつぶされた退職願。
三度目の正直だと丁寧に書いたそれを斎藤は簡単にゴミ箱に放り投げた。
「何故ですか?辞職というのは本来労働者に認められている権利では?斎藤警視総監に止める権利は無いと思うのですが」
怒りを顕に捲し立てるように異を唱えるも斎藤には通じないらしい。
はいはいと適当にあしらわれると、真宮は眉を寄せ露骨に不機嫌な表情を見せた。
もうかれこれ一ヶ月はこの押し問答を続けているのだ。
事件は収束した、刑事の数も足りている。
自分がここに留まる理由はもう無いのだと告げても斎藤は全く聞く耳を持たず、真宮の主張を認めない姿勢を貫き続けていた。
「お前はPSIM解決の功労者だ、そんな優秀な人材に辞められるのは困るんだよ」
「ですが……本来、俺はここにいてはいけない人間です」
無意識に小さく唇を噛み、真宮は斎藤から顔を背ける。
神崎を逮捕した後、斎藤には過去の事件と自分の罪について打ち明けていた。
結果的に要が殺したわけではなく、当時の状況や年齢を加味しても情状酌量があるといえど、自分の意志で殺人の証拠を隠蔽しようとしたことには変わりない。
そんな人間が警察に留まる訳にはいかないと覚悟を決めて退職願を書いたというのに、斎藤は一度もそれを受け取ってくれないのだ。
「そもそもその事件は時効だし、刑事でいることが嫌な訳ではないんだろう?」
「それは、そうですけど……」
「どうしても気になるなら、自分の犯した罪以上に人を救えばいいさ」
軽い口調で告げられる斎藤の言葉には優しさが滲んでいた。
俯かせていた顔を斎藤に向けた真宮は、それでも心を決めきれずでもと小さく呟く。
もしも何かの拍子に真宮の過去が世間の目に晒されれば、多大な迷惑をかけるだろう。
そうすれば今度こそ、警察の信用は地に落ちてしまうかもしれない。
それでもいいのかと真宮は落ち着かなさげに手を遊ばせながら問いかける。
そんな真宮の姿に斎藤は少し面食らった顔を見せて、お前らしくないと口角を上げた。
「今まで通りやれ、面倒事は俺が引き受けてやる」
「……」
「な?」
立場が変わっても今までと変わらぬ斎藤に、何も返事を返さないまま真宮は背を向ける。
ああ、やはりこの人は苦手だ。
返事を返さないまま扉に手をかけた時、後ろから斎藤が名前を呼ぶ。
反応を示せば斎藤は口角を上げ、いつものように意地の悪い笑顔を見せた。
「退職願、何枚でも破るからな」
ゴミを増やすなよと続く軽口に、真宮は呆れた顔を見せ視線を少し下に落とす。
胸には新しくなった刑事の証である赤いバッジ。
小細工無しの本物の刑事の証に触れ、真宮は肩の力を抜くと小さく微笑んだ。
「もう書きません……それ、最後の便箋だったので」
扉を開ける真宮に、もう斎藤は言葉を連ねることはなかった。
きっと後ろでは大層満足げな顔をして真宮を見送っているのだろう。
その姿を想像すると何だか少しだけ癪だなんて思っていれば、警視総監室の扉の側でうろうろと落ち着かなさげな日野の姿が見えた。
日野は真宮が警視総監室から出てきたのを見つけると、まるで飼い主を見つけた犬のように嬉しそうに駆け寄ってくる。
「よかった!真宮さん辞めなくて……!」
「盗み聞きは良くないぞ、うぐ……」
真宮が小言を言い終わる前に強く抱きしめられ情けない声が漏れる。
離せと腕の中でもがいてみても、体格差のある日野の前では無意味なことだ。
日野が真宮を離す気がないと悟り早々に抵抗を止めると、嬉しそうな日野の笑顔が横目に見えた。
元々自分の心に素直に行動する男だったが、最近は随分とそれが顕著になったと思う。
初めに出会ったときのことを思い出し何だか感慨深く感じていれば、日野は真宮を抱きしめたまま扉へ尊敬の眼差しを向けた。
「真宮さんを止められるなんて、流石斎藤さん。ありがとう……」
「……」
声を弾ませる日野の口から出た斎藤の名に真宮が口を尖らせる。
PSIM解決後、日野も斎藤に自分の過去を話していた。
後に知ったが、日野が刑事を目指すきっかけとなった刑事は若い頃の斎藤だったのだとか。
初めて会ったときに見覚えがあったのだと日野は腑に落ちた表情で語っており、本当世間は狭いと思わざるを得なかった。
それ以来日野は斎藤に心酔しているのだが、それは正直面白くないと感じているのは秘密にしておこう。
「はあ、これで肩の荷が下りました。安心して仕事ができます」
日野はやっと真宮を解放すると、真宮はそのままエレベーターへと向かう。
エレベーターのボタンを押し到着を待つ真宮の後ろをついてくるご機嫌な日野は、真宮が不機嫌な態度を露わにしても気にすらしていない。
退職願、ぽつりと呟いた声に日野が反応を示す。
どうかしたのかと頬を緩めたままの日野に、真宮は眉を寄せてじとりと日野を見た。
「お前に何枚破られたと思う」
「うーん、十枚くらいでしたっけ?」
「二十七枚」
そう、退職願は随分と前から書いていたのだ。
だがそれを毎度目ざとく見つける日野によって破り捨てられ、斎藤に無事に出せた分も含めれば計三十枚。
日野の目を何とかかいくぐり斎藤に提出しても却下されれば、自分はもう刑事として定年を迎える他ないと先程ついに腹を括ったのだ。
だってだってと言い訳を並べる日野に知らんぷりを決め込んでいれば、到着したエレベーターが扉を開き二人を迎え入れる。
中に乗り込む傍ら少しの仕返しとばかりに真宮が日野の額を指で弾けば、日野は嬉しそうに額を擦った。
「俺、真宮さんがいてくれるなら何でもしますよ」
「ああ、そう……」
もう今の日野には何を言っても無駄なのだろう。
二人きりになるとまたも真宮にじゃれつくように身を寄せてくる日野に大きな溜息を零せば、到着を知らせるアナウンスと共にエレベーターが動きを止める。
開いた扉の先には、書類の山を抱えた三村が立っていた。
「うわ、人が仕事してる間にいちゃついてる人達がいる……」
「いちゃついてない」
彼女がいない自分に当てつけかと恨みがましく呟く三村に否定をするも、三村はいつものように軽く聞き流すだけ。
ああなんだか、他人に指摘されると何だか恥ずかしくなってきた。
もう十分だろうと引き離そうとする真宮と、まだ離れたくないと縋る日野の攻防は中々決着がつかない。
だが三村にはその姿すらただじゃれついているように見えるらしく、じっと二人を見つめる三村は呆れた声音で言葉を続けた。
「それで退職の件は……って、日野くんの態度見れば分かりますね」
「ふふん、粘り勝ちです」
ピースサインを右手に掲げ誇らしげな日野に、三村は頬を緩める。
よかったと静かに呟く三村はどこか安心した表情をしていた。
三村からは直接真宮の行く末について言及されたことはなかったが、もしかしたらずっと気にかけてくれていたのかもしれない。
ありがとうと三村に素直に礼を述べれば、三村は少し驚いた顔をして頬をかいた。
「まあ……一応?尊敬する先輩ですし」
「三村……」
「これからもお願いします、真宮さん」
自分は本来ここにいてはいけない存在だとずっと思っていた。
だがこうして必要だと言ってくれる人達がいる、きっとこれはとても幸せなことだ。
だからこそこれからは必要としてくれる人達のためにも、刑事として責務を全うしようとを改めて心に決めていれば、三村はちらりと後ろに視線を向ける。
「ああでも……心配してたのは自分だけじゃないすよ」
「え?」
三村が笑うと刑事課の扉が勢いよく開いた。
突然のことに肩を揺らす真宮が視線を向ければ、開いた扉から刑事達が飛び出してくる。
共に死闘をくぐり抜けていた刑事達は、皆こちらに向かって一斉に駆け寄ってきた。
「真宮さん辞めるの辞めたって聞こえましたけど!?」
「よかった……!真宮さんいなくなったらどうしようかと思ってたんです……!」
あっという間に囲まれて、刑事達からは口々に喜びの声が上がる。
どうやら皆三人の会話に聞き耳を立てていたらしい。
盗み聞きは良くないと口では言いつつも、温かくなる胸に自然と真宮が頬を緩める。
廊下の真ん中で固まった刑事たちは、喜びを分かち合うように沸き立っていた。
「じゃ、今夜は飲み会ってことで。俺幹事やりまーす」
「おおー!」
やがて三村が場を収めるように手を叩くと、弾かれたように皆の視線が集まる。
男達の大きく太い声が廊下に響き渡り、通りがかりの他部署の警察官が肩をびくつかせる。
すみませんと一斉に謝る仲間達の姿に、真宮はPSIMを追っていた頃を思い出していた。
この仲間達でなければ事件は解決できず、今こうして笑い合うことなど出来なかっただろう。
これは皆で勝ち取った幸せだと目を細めていると、真宮の隣で日野が微笑む。
「飲み会、楽しみですね。俺こんなに大勢と食事するの初めてです」
「……そうだな」
店選びに花を咲かせる仲間達の姿を見つめていれば、ふと日野の指先が触れる。
言葉も無くそっと離れて、少し悩んで。
真宮が小指を日野の小指に絡ませれば、日野は嬉しそうに頬を綻ばせる。
賑やかな空間に響く楽しげな声は、偶然下に降りてきた斎藤がやかましいと叱るまで止むことはなかった。
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